第十話 五百年眠っていた扉
王城へ向かう馬車の中。
私は窓の外を眺めながら、昨日見た公爵様の過去を思い出していた。
幼いアルベルト様。
赤い花。
そして――
『誰も信じなくていい』
あの声は誰だったのだろう。
「ミヤ」
「はい?」
向かいに座る公爵様が、じっと私を見ていた。
「昨日のことを気にしているのか?」
「……少しだけ」
「私の過去については、無理に聞かなくていい」
「はい」
「だが、いつか自分から話す」
その言葉に、私は少し驚いた。
「……ありがとうございます」
公爵様は窓の外を見た。
その横顔は、いつもより少し寂しそうだった。
『まあまあ』
私のポケットに入っている小さなスプーンが囁く。
『公爵様、頑張ってるわね』
「……今は黙ってて」
「何か言ったか?」
「スプーンです」
「そうか」
公爵様はもう驚かなくなっていた。
それどころか、最近は私が物と話していても普通に会話を続ける。
それが少しだけ嬉しかった。
王城に着くと、第二王子が待っていた。
「来たか、ミヤ」
「はい」
「今日は面白い場所へ案内しよう」
「面白い場所?」
「王城の古い保管庫だ」
王子に案内され、私たちは長い階段を下りていく。
地下。
そこには、何百年も前の家具や食器、武具などが並んでいた。
『わあ……』
私は思わず立ち止まる。
そこにある物たちが、一斉に話しかけてきた。
『久しぶりの人間だ!』
『この子、私たちの声が聞こえるわ!』
『聞いてくれ!』
「ちょっと待って!」
頭の中が一気に騒がしくなる。
王子が笑った。
「大丈夫か?」
「全然大丈夫じゃありません!」
そのとき――
『ミヤ』
奥から、低い声がした。
「……え?」
『こっちだ』
私は声のする方向へ歩いていく。
そこにあったのは、一枚の古い盾だった。
黒ずんでいて、ところどころ傷がある。
「あなた?」
『そうだ』
「何を知っているの?」
『五百年前、この城で起きたことを知っている』
「五百年前……?」
私が盾に触れた瞬間。
――ドクン。
視界が真っ白になった。
巨大な炎。
逃げ惑う人々。
王城の地下を走る男。
そして――
幼い少女が、一つの箱を抱えている。
「これは……?」
映像の中の少女が振り返る。
その瞳は――
公爵様と同じ、青い色だった。
「……公爵様?」
私は思わず呟いた。
すると映像の少女が、誰かに言う。
『これを、アルベルトに渡して』
私は息を呑んだ。
――アルベルト。
間違いない。
公爵様の名前だ。
その瞬間、映像が途切れた。
「ミヤ!」
王子が私の肩を支える。
「大丈夫か?」
「……はい」
私は震える手で盾を見る。
「五百年前のことを見ました」
公爵様が低い声で尋ねる。
「何を?」
「……公爵様の名前が出てきました」
公爵様の表情が変わる。
「私の?」
「はい」
そして盾が、静かに呟いた。
『あの少女は――』
その瞬間。
地下保管庫の奥から、
ガタン!
大きな音が響いた。
「何だ!?」
王子が振り返る。
古い箱がひとりでに動いている。
そして――
カチッ。
箱の蓋が開いた。
中には、一枚の古びた手紙。
公爵様が近づく。
「……これは」
手紙の封蝋には――
公爵家の紋章。
しかし、その横には見たことのないもう一つの紋章が刻まれていた。
私は恐る恐る手紙に触れる。
――ドクン。
また記憶が流れ込んだ。
『アルベルトを守って』
少女の声。
『あの子は何も知らない』
そして最後に――
『もし、この手紙が開かれる日が来たなら……』
映像の少女がこちらを見た。
『裏切り者が、まだ生きている』
「……!」
私は手を離した。
公爵様が私を見る。
「ミヤ、何を見た?」
私は答えた。
「……裏切り者が、まだ生きているそうです」
王子の表情が険しくなる。
「五百年前の裏切り者が?」
その瞬間。
地下の奥から、何かが落ちる音がした。
カラン。
全員が振り返る。
そこには――
一つの古い銀のナイフ。
『……あ』
ナイフが呟いた。
『まずい』
「何が?」
『今の話を……誰かに聞かれた』
「え?」
次の瞬間。
地下保管庫の扉が――
バタン!
大きな音を立てて閉まった。
公爵様が剣に手をかける。
「誰だ!」
返事はない。
しかし、私は聞いていた。
扉の向こうから――
『……ミヤを殺せ』
誰かの声ではない。
物に残された記憶の声だった。
私は背筋が凍った。
そして公爵様が、私の前に立つ。
「ミヤには指一本触れさせない」
その声だけは、今まで聞いたことがないほど冷たかった。




