第95話:商人の執念
翌日。
朝の辺境の村。
パンの焼ける匂い。
井戸から水を汲む音。
家畜の鳴き声。
平和な朝だった。
だが――
一人だけ目が血走っている男がいた。
ラザールである。
「レオン殿」
レオンはパンを食べていた。
「ん」
ラザールは机に紙束を置いた。
ドサッ。
レオンはちらっと見る。
「何それ」
「契約書です」
「多い」
「必要です」
レオンはパンをかじる。
「めんどくさい」
ラザールは笑顔を崩さない。
「読みません」
「そうでしょうね」
秘書が横で小声で言う。
「会長…」
「はい」
「昨日断られましたよね」
「はい」
「まだやるんですか」
ラザールは当然の顔で言う。
「商人ですよ?」
秘書は理解した顔をする。
「なるほど」
ラザールは椅子に座った。
「レオン殿」
レオン
「何」
ラザールは指を一本立てた。
「儲かります」
レオンは即答。
「興味ない」
予想通りだった。
ラザールは二本目の指を立てる。
「王都より金持ちになれます」
レオン
「いらない」
秘書がメモを取る。
(想定通り)
ラザールは三本目の指を立てた。
「名誉」
レオン
「いらない」
ラザールは頷く。
「ええ、知っています」
少し身を乗り出す。
「では質問です」
レオンはパンを食べながら答える。
「何」
ラザールは村を指差した。
畑。
井戸。
子供たち。
「この村」
レオンは頷く。
「うん」
ラザールは静かに言う。
「もっと楽にしたくありませんか?」
レオンの手が止まった。
「……」
ラザールは続ける。
「魔法具を売れば」
・金が入る
・道が整う
・物資が増える
「農具も良くなる」
「家も丈夫になる」
「冬も楽になる」
レオンは少し考えた。
村人が通りかかる。
「レオンさん!」
「ん?」
「昨日の水のやつ助かった!」
「ああ」
「ありがとう!」
そう言って走っていく。
ラザールは言う。
「あなたは」
静かに。
「世界を変える気はない」
レオン
「ない」
「ですが」
ラザールは微笑む。
「この村は変えたい」
レオンは少し考えた。
そして言った。
「……」
数秒。
「村が楽になるなら」
ラザールは身を乗り出す。
レオンは続ける。
「いい」
静かだった。
秘書が目を見開く。
ラザールはゆっくり笑った。
「契約成立ですね」
レオンは面倒そうに言う。
「ただし」
ラザール
「条件」
レオンは指を立てた。
「村優先」
「ここが困るなら売らない」
ラザールは頷く。
「当然です」
レオン
「あと」
ラザール
「はい」
レオンは言った。
「めんどくさいこと全部やれ」
ラザールは胸に手を当てる。
「喜んで」
秘書が呟く。
「会長…」
「はい」
「顔が怖いです」
ラザールは小さく笑う。
「当然でしょう」
目が光っていた。
「世界をひっくり返す商品を」
静かに言う。
「手に入れたのですから」
遠くで村の鐘が鳴った。
新しい一日の始まりだった。
そして――
この日。
世界を変える契約が
辺境の小さな村で結ばれた。




