第94話:取引提案
夕方。
辺境の村は静かだった。
畑から帰ってくる村人。
子供たちの笑い声。
家々から漂う夕食の匂い。
ラザールはその光景を眺めていた。
「……平和だ」
秘書が頷く。
「王都とは別世界ですね」
王都では今、問題が山積みだ。
物流の遅れ。
魔法設備の故障。
食糧不足。
だがここには――
焦りがない。
ラザールは小さく笑った。
「嵐の中心ほど静かなものさ」
視線の先。
レオンが木箱を運んでいた。
ただの村人のように。
ラザールは歩き出す。
「レオン殿」
レオンは振り向く。
「あ?」
相変わらず気の抜けた返事だった。
ラザールは微笑む。
「少しお時間を」
レオンは箱を地面に置く。
「何?」
ラザールは一歩近づく。
そして村を指した。
水路。
灯り。
魔法具。
畑の結界。
「これ」
レオンは首を傾げる。
「これ?」
「はい」
ラザールはゆっくり言う。
「あなたの技術です」
レオンはあっさり答えた。
「まあな」
ラザールは続ける。
「理解していますか?」
「何を」
「その価値を」
レオンは少し考える。
「便利」
それだけだった。
秘書が思わず吹き出しそうになるのを堪える。
ラザールは笑った。
「ええ。便利です」
「ですが」
声が低くなる。
「これは世界を変えます」
レオンは無表情。
「へえ」
興味がない。
ラザールは本題に入った。
「取引をしましょう」
レオンは眉を少し上げる。
「取引?」
「あなたの技術」
ラザールは指を立てた。
「世界に売りませんか?」
静かに言った。
風が吹く。
村の旗が揺れる。
レオンは少し考えた。
そして答えた。
「めんどくさい」
即答だった。
秘書が固まる。
ラザールも一瞬止まった。
だが次の瞬間。
大きく笑った。
「ははは!」
村人たちが何事かと振り向く。
ラザールは腹を押さえながら言う。
「最高だ」
レオンは不思議そうな顔。
「何が」
ラザールは目を細める。
「普通の技術者なら」
指を折る。
「名誉」
「金」
「王国の地位」
「全部欲しがる」
レオンは興味なさそうに答える。
「いらない」
ラザールは笑う。
「でしょうね」
そして少し真面目な顔になる。
「ですが」
村を見渡す。
「あなたはこの村を守りたい」
レオンは黙る。
否定しない。
ラザールは続ける。
「技術が広まれば」
・金が入る
・物資が来る
・人が集まる
「この村はもっと強くなる」
レオンは少し考える。
「……」
ラザールは畳み掛ける。
「あなたは何もしなくていい」
「作るだけ」
「売るのは私がやる」
商人の声だった。
「世界一の商会が」
静かに言う。
「あなたの代理人になります」
レオンはしばらく沈黙した。
村を見る。
畑。
家。
子供たち。
そして呟く。
「……」
ラザールは待つ。
数秒後。
レオンが言った。
「条件」
ラザールの口元が上がる。
「どうぞ」
レオンは淡々と言う。
「村優先」
「ここが困るなら売らない」
ラザールは即答。
「当然です」
レオン。
「あと」
ラザール。
「はい」
レオンは少し面倒そうに言った。
「めんどくさい仕事は全部やれ」
ラザールは深く頭を下げた。
「お任せください」
そして顔を上げる。
その目は――
完全に商人だった。
「では」
静かに宣言する。
「世界を少しだけ変えましょう」




