第93話:商人の直感
ラザールは黙って装置を見ていた。
木製の外装。
簡素な魔法陣。
小さな魔力結晶。
どれも高価ではない。
王都の魔法具なら、もっと豪華だ。
金属製の筐体。
複雑な魔法回路。
高純度の結晶。
だが――
ラザールは装置の内部を指でなぞる。
「……無駄がない」
魔力の流れ。
導線。
結晶の配置。
全てが最短距離だった。
秘書が小声で言う。
「王立研究院の魔法具より効率が良いのでは…?」
ラザールは即答した。
「良い」
断言だった。
「比較にならない」
秘書が息を飲む。
ラザールは装置をそっと戻した。
レオンは淡々と作業を続けている。
工具で小さなネジを締める。
カチッ。
魔力が流れる。
装置が静かに光った。
水が流れ始める。
ただそれだけ。
派手さはない。
奇跡もない。
だがラザールには分かった。
これが一番恐ろしい。
ラザールは立ち上がった。
そして周囲を見る。
畑。
家。
水路。
灯り。
この村の全てが同じ思想で作られている。
安く
壊れにくく
誰でも扱える
それでいて。
異常な効率。
ラザールの口元がゆっくり歪む。
商人の顔だった。
「なるほど」
小さく呟く。
秘書が聞いた。
「何がです?」
ラザールは村を見渡す。
「これが広まったら」
少し間を置く。
「世界が変わる」
秘書は首を傾げた。
「そこまでですか?」
ラザールは笑う。
「そこまでだ」
そして説明する。
「王国の魔法設備は高すぎる」
・城
・都市
・貴族領
金がある場所しか使えない。
だから普及しない。
ラザールは足元の水路を見る。
「だがこれは違う」
「村でも作れる」
「農民でも扱える」
「壊れても直せる」
秘書の顔が変わる。
「……それは」
ラザールは頷く。
「そうだ」
「文明が一段上がる」
静かに言った。
「しかも」
視線をレオンへ向ける。
「本人はその価値を理解していない」
レオンは今。
ただの村人と話していた。
「これ動かなくなった」
「魔力石替えればいい」
「そうなのか」
そんな会話。
王国を揺るがす技術者とは思えない。
ラザールは小さく笑った。
「最高だ」
秘書が困惑する。
「何がです?」
ラザールは答えた。
「こういう人間が一番危険なんだ」
そして確信する。
王都は気づいていない。
王は知らない。
王子は理解していない。
だが商人は分かる。
市場は分かる。
この男は――
剣でも魔法でもない。
もっと恐ろしい力を持っている。
ラザールは呟いた。
「これは…」
目が輝く。
「世界がひっくり返る」
そして。
商人ラザールは決めた。
この男と取引する。
何としてでも。




