第86話:王子の統治
王城、会議室。
長い石のテーブルの周囲に、王国の重臣たちが座っていた。
窓から差し込む光は冷たく、空気は重い。
テーブルの最奥。
王子が椅子に深く座り、腕を組んでいた。
「……で?」
退屈そうな声だった。
報告役の官僚が書類をめくる。
「南部農地の収穫量が、昨年比で三割減少しております」
「原因は?」
王子が短く聞く。
「農業結界の不調が続いており――」
王子は手を振った。
「技術者に任せておけ」
あっさりとした一言。
官僚は一瞬言葉を止める。
「……すでに調査は行われていますが、復旧の目処が――」
「任せておけと言った」
王子の声が少し強くなる。
沈黙。
別の役人が恐る恐る口を開く。
「北部の街道で盗賊の被害が増えております」
王子は眉をひそめた。
「騎士団は何をしている」
騎士団の代表が答える。
「巡回は増やしておりますが、魔法通信装置の故障が続いており、連携が――」
王子は机を軽く叩いた。
「だから修理させろ」
「そのための研究院だろう」
騎士団長は言葉を選ぶ。
「……その研究院からも報告が」
別の書類が差し出された。
官僚が読み上げる。
「王都魔法設備、故障件数増加」
「原因不明」
王子の顔がわずかに歪む。
「原因不明?」
研究院の代表が立ち上がった。
「はい……」
「設備は正常な理論で作られております」
「しかし、魔力の流れが安定せず――」
王子はため息をついた。
「つまり」
「お前たちが無能だと言うことか?」
研究者は言葉に詰まる。
会議室に重い空気が流れる。
別の官僚が、さらに報告書を出す。
「都市部では物価が上昇しております」
「物流遅延の影響で――」
「些細な問題だ」
王子は即座に言った。
官僚は黙る。
王子は椅子に背を預けた。
「王国は何百年も続いてきた」
「食糧が少し減った」
「設備が少し壊れた」
「盗賊が少し増えた」
王子は周囲を見渡す。
「それだけで国が揺らぐと思うのか?」
誰も答えない。
王子は続けた。
「騒ぎすぎだ」
「技術者に任せておけ」
「騎士団が対処する」
「農地もそのうち回復する」
簡単に言う。
だが――
会議室の誰も頷かなかった。
官僚の一人が、小さくつぶやく。
「……しかし」
王子が睨む。
「なんだ」
官僚は視線を落とす。
「いえ……」
言葉は続かなかった。
ただ一つ。
誰も口にしない名前が、全員の頭に浮かんでいた。
――レオン。
彼がいた頃。
こういう報告は、会議に上がる前に消えていた。
設備も。
結界も。
物流も。
なぜか自然と回っていた。
誰も深く考えなかった。
「当たり前」だったからだ。
だが今は違う。
報告書の山。
増え続ける問題。
止まらない小さな崩れ。
王子は気づかない。
それが――
「些細な問題」ではないことに。
会議は続く。
報告は増える。
そして王子は、同じ言葉を繰り返した。
「些細な問題だ」




