第83話:聖女の違和感
王都中央。
白い石で築かれた巨大な建物。
大神殿。
その奥、聖域と呼ばれる部屋で――
淡い光が広がっていた。
光の中心に立つのは、一人の少女。
聖女セレスティア。
長い金の髪。
白い神官衣。
手を胸の前で重ね、祈りを捧げている。
その前には――
鎖で拘束された魔物がいた。
黒い毛並みの狼型魔物。
王国騎士団が捕獲してきたものだ。
神官長が言う。
「では聖女様、浄化を」
セレスティアは静かに頷いた。
「はい」
目を閉じる。
祈りの言葉が紡がれる。
「――聖光よ」
「穢れを払い、闇を清めたまえ」
彼女の身体から光が広がる。
柔らかく、暖かな光。
それが魔物を包み込んだ。
通常なら――
ここで終わる。
光に包まれた魔物は苦しみ、やがて黒い瘴気が消え、穏やかな姿になる。
だが。
今回は違った。
魔物が、うなり声を上げる。
「グルルル……」
光の中で、魔物は暴れていた。
鎖が激しく鳴る。
神官が驚く。
「……!?」
光は確かに当たっている。
だが。
瘴気が消えない。
セレスティアの眉が僅かに動く。
魔力を強める。
光がさらに強くなる。
部屋が白く輝いた。
だが。
魔物は――
消えない。
むしろ、牙を剥いて咆哮した。
「ガアァァァ!」
騎士たちが慌てる。
「危険です!」
「鎖が――」
神官長が叫ぶ。
「聖女様、離れてください!」
セレスティアは一歩下がった。
光が消える。
部屋に重い沈黙が落ちる。
魔物はまだ暴れていた。
瘴気をまとったまま。
神官の一人が呟く。
「……そんな」
「浄化が……効いていない?」
騎士が剣を抜く。
「仕方ありません。討伐します」
剣が振り下ろされる。
魔物は悲鳴を上げて倒れた。
静寂。
誰も言葉を出さない。
神官長が慎重に口を開く。
「聖女様……」
「今のは……」
セレスティアは魔物の亡骸を見つめていた。
そして、小さく呟く。
「……こんなこと」
指先が震えている。
「今まで、ありませんでした」
神殿の者たちが顔を見合わせる。
聖女の浄化。
それは絶対だった。
瘴気の魔物。
呪われた土地。
穢れた聖遺物。
すべてを清める奇跡。
それが――
効かなかった。
神官の一人が言う。
「偶然でしょう」
「たまたま特殊な魔物だったのです」
別の神官も頷く。
「ええ、きっとそうです」
神官長もそれに乗った。
「その通りです」
「聖女様の力は神の奇跡」
「効かないなどありえません」
だが。
セレスティアは黙っていた。
胸の奥に、微かな違和感が残っていた。
祈りは正しかった。
魔力も十分だった。
それでも――
何かが噛み合わない。
彼女は小さく呟く。
「……おかしい」
神官長が聞き返す。
「聖女様?」
セレスティアは首を振った。
「いえ……」
「気のせいかもしれません」
神殿はその言葉に安心した。
「そうでしょう」
「きっと偶然です」
「次は問題ありません」
だが。
数日後。
王都近郊の村。
また同じ報告が届く。
浄化が効かない魔物。
さらに数日後。
騎士団からの報告。
浄化耐性を持つ魔物の増加。
神殿の会議室。
神官たちがざわめく。
「最近、報告が多すぎる」
「こんなことは今まで……」
「聖女様の力が弱まっているのでは?」
その言葉に神官長が怒鳴る。
「馬鹿を言うな!」
「聖女様は神の加護を受けた存在だ!」
沈黙。
だが。
誰もが気づき始めていた。
何かが変わっている。
聖女セレスティアは神殿の窓から外を見ていた。
遠くに王都の街並み。
静かな風。
彼女は胸に手を当てる。
「……どうして」
自分の祈りは、間違っていない。
それでも。
魔物の瘴気が、以前よりも――
深い。
その時。
セレスティアはまだ知らない。
かつて王都の結界や魔法装置を調整していた人物が、もういないことを。
そして。
その影響が、少しずつ――
世界に広がり始めていることを。




