第81話:王都の違和感
王城の会議室は、いつになく重たい空気に包まれていた。
長い円卓を囲む貴族たち。
壁には王国の紋章。
しかし、その威厳とは裏腹に、議論はどこか噛み合っていない。
「物流が三日遅れています」
報告をした官僚の声が小さく響く。
「南部穀倉地帯からの輸送が滞り、王都の備蓄が予定より減少しています」
ざわり、と席が揺れた。
「三日だと?」
「街道は整備されているはずだ」
「盗賊か?」
「いえ……原因がはっきりしません」
その言葉に、さらにざわめきが広がる。
別の官僚が立ち上がる。
「それだけではありません。王都魔法設備の出力が不安定になっています」
「結界塔の魔力循環が周期的に乱れています」
「農業結界も同様です。収穫量の予測が狂い始めています」
報告は続く。
だが、どれも決定的な原因がない。
ただ――
**“微妙なズレ”**が王国全体に広がっていた。
円卓の奥。
王子が椅子に深く座り、退屈そうに指を叩いた。
「……その程度のことか」
貴族たちが一斉に視線を向ける。
王子は軽く肩をすくめた。
「技術者に任せておけ」
それだけ言うと、興味を失ったように背もたれにもたれた。
「設備の問題なら専門家がいるだろう」
会議室は、一瞬だけ静まり返った。
やがて王子の言葉を受け、技術官が呼び出される。
魔法設備管理官。
結界技術者。
農業魔導士。
王国の中核を担う専門家たちだ。
だが。
彼らは顔を見合わせていた。
「……調査は進めています」
代表の技術官が慎重に言う。
「しかし、どの装置も故障しているわけではないのです」
「なら何が問題なのだ」
貴族の一人が苛立った声を上げた。
技術官は一瞬、言葉を迷う。
そして。
小さく口を開いた。
「……以前は」
「この種の微調整は、ある方が行っていました」
会議室の空気が止まる。
「誰だ?」
誰かが問う。
技術官は答えた。
「レオン様です」
その名前が落ちた瞬間。
ざわめきが広がった。
「……レオン?」
「追放されたあの男か」
「ただの研究者ではなかったのか?」
技術官は首を振る。
「研究者というより……」
言葉を探す。
そして、結局こう言った。
「調整役でした」
「調整?」
「はい」
技術官は説明する。
「物流管理魔法の転送効率」
「街道補修魔術の周期」
「結界の魔力循環」
「農業結界の土壌調整」
「魔導装置の共振誤差」
彼は続けた。
「どれも小さな問題です」
「ですが……」
ゆっくりと言う。
「レオン様は、それを全て把握していました」
貴族の一人が鼻で笑う。
「馬鹿な」
「一人でそんなことができるものか」
技術官は黙る。
別の技術者が、ぽつりと呟いた。
「……我々もそう思っていました」
「ですが」
書類を一枚差し出す。
そこには古い整備記録が並んでいた。
整備者欄。
そこに書かれている名前。
――レオン。
――レオン。
――レオン。
――レオン。
ページをめくっても。
また。
レオン。
「……」
会議室が静まり返る。
技術官が言う。
「我々はてっきり」
「誰かが指示していると思っていました」
「ですが」
苦い顔で続けた。
「指示書は存在しません」
「調整記録だけです」
貴族の一人が言った。
「つまり」
「偶然ということか?」
「いえ」
技術官は首を振る。
そして。
はっきり言った。
「偶然ではありません」
「誰かが、全体を見ていた」
沈黙。
王子が不機嫌そうに腕を組んだ。
「……くだらん」
「たかが一人の技術者だ」
「いなくても回る」
技術官は何も言わない。
だが。
会議室の誰もが気づき始めていた。
王国は今まで――
どうにかなっていた。
理由は分からない。
ただ、問題は起きても、なぜか解決していた。
物流は回り。
設備は動き。
結界は安定し。
農業は豊作だった。
それが今。
少しずつ。
ほんの少しずつ。
狂い始めている。
誰かがぽつりと言った。
「……偶然だろう」
別の者が頷く。
「そうだ」
「一人いなくなった程度で国家が揺らぐはずがない」
そう言いながら。
誰もが心の奥で、同じことを考えていた。
もし。
もしも。
本当に。
あの男が――
王子が椅子から立ち上がった。
「会議は終わりだ」
「小さな問題で騒ぎすぎだ」
「技術者が直せば済む」
そう言って部屋を出ていく。
扉が閉まる。
会議室には、重たい沈黙だけが残った。
技術官が小さく呟いた。
「……直せるのでしょうか」
誰も答えなかった。
王城の外では、王都の街がいつも通りに動いている。
人々は気づかない。
まだ。
ほんのわずかな違和感だからだ。
歯車は回っている。
だが。
その中心から、
一本の軸が抜けている。
そして王国はまだ、
それがどれほど大きな穴なのかを――
理解していなかった。




