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追放された悪役令嬢(♂)に転生した俺、チートを隠して辺境でスローライフするつもりが世界最適解になっていた件  作者: 南蛇井


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第79話:嵐の前夜

 夕暮れ。


 空は、

 どこまでも穏やかだった。


 西の空がゆっくり赤く染まり、

 森の影が長く伸びていく。


 グレイウッドの一日は、

 今日も変わらず終わろうとしていた。


 村の中央。


 焚き火のそばで、

 夕食の準備が進んでいる。


 鍋の中では

 野菜と肉のスープがぐつぐつと煮えていた。


 湯気と一緒に、

 温かい匂いが広がる。


「もうすぐできる」


 リィナが言った。


 木のスプーンで鍋をかき混ぜながら、

 真剣な顔をしている。


 料理は、

 彼女の仕事になりつつあった。


 命令されたわけではない。


 ただ――

 本人がやりたいと言ったからだ。


 セラは薪を足しながら言う。


「今日は多いな」


「新しい人が来たから」


 エルナが帳面を見ながら答える。


「流民が二人」


「元兵士が一人」


「あと……犬」


「犬?」


 レオンが顔を上げる。


 焚き火の向こうで、

 確かに一匹の犬が丸くなっていた。


 どこから来たのかはわからない。


 だが、

 村に残っている。


「追い出すか?」


 セラが聞く。


 レオンは少し考えてから言った。


「……放っておけばいい」


「食べ物は?」


「余ったら」


 それだけだった。


 犬は、

 静かに尻尾を振った。


 リィナがパンを持ってくる。


「焼けました」


 少し歪な形。


 だが、

 香ばしい匂いがする。


 エルナが嬉しそうに言う。


「前より上手」


 リィナは照れたように笑った。


 こうして並ぶと、

 村の夕食は少し賑やかだ。


 人が増えた。


 いつの間にか。


 レオンはそれを見ながら、

 静かに思う。


(……増えたな)


 最初は一人だった。


 次にセラ。


 リィナ。


 エルナ。


 そして今は、

 村と呼べるくらいの人数。


 焚き火の周りで、

 皆がそれぞれ勝手に座っている。


 誰も席を決めない。


 誰も順番を決めない。


 それでも、

 自然と回る。


 スープが配られる。


 パンが回る。


 笑い声が混じる。


「今日の畑、どうだった?」


 エルナが聞く。


 レオンは答える。


「まあまあ」


「それ、いつも言う」


 セラが笑う。


「実際どうなんだ?」


「まあまあ」


「適当だな」


 セラが肩をすくめる。


 リィナがスープを飲みながら言う。


「でも今日は、芽が増えてました」


「そうだな」


 レオンは頷いた。


 畑は、

 少しずつ広がっている。


 派手な成功はない。


 だが、

 失敗も減っている。


 それで十分だった。


 焚き火がパチパチと音を立てる。


 夜の空気が少し冷えてきた。


 犬が、

 火の近くに移動する。


 セラがそれを見て言う。


「完全に住む気だな」


「追い出さないなら、

 村の犬になる」


 エルナが笑う。


「村の犬か」


「名前つける?」


 リィナが聞く。


 レオンは首を振る。


「つけなくていい」


「なんで?」


「名前があると、

 責任が増える」


 少し沈黙。


 それから、

 皆が笑った。


 犬はよくわからない顔をして、

 尻尾を振っている。


 その時。


 レオンの視界の端で、

 何かが微かに揺れた。


 ――UI。


 ほんの一瞬だけ。


 だが、

 レオンは気づいた。


 新しい表示。


 小さな文字。


 【世界補正:再計算中】


 レオンは、

 何も言わない。


 スープを一口飲む。


 温かい。


 少し塩が足りない。


「塩、もう少し入れる?」


 リィナが聞く。


「このくらいでいい」


 レオンは答えた。


 焚き火の向こうで、

 セラがパンをかじる。


 エルナが帳面を閉じる。


 犬が欠伸をする。


 いつも通りの夕食。


 いつも通りの村。


 誰も知らない。


 この世界のどこかで、

 何かが動き始めていることを。


 レオンは空を見上げる。


 星が出始めていた。


(……来るな)


 確信がある。


 だが、

 焦りはない。


 今はまだ。


 この時間がある。


 スープの匂い。


 焚き火の音。


 誰かの笑い声。


 レオンはもう一口スープを飲んだ。


 そして静かに思う。


(……悪くない)


 たとえ明日、

 世界が動き出しても。


 この夜は、

 確かにここにある。


 嵐の前の――


 静かな、

 いつも通りの夕食だった。

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