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追放された悪役令嬢(♂)に転生した俺、チートを隠して辺境でスローライフするつもりが世界最適解になっていた件  作者: 南蛇井


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第78話:世界の揺らぎ

 その夜。


 王都の地下深く。


 王城のさらに下にある、

 一般の人間は決して立ち入らない場所。


 石造りの長い通路の先に、

 一つの部屋があった。


 扉には古い紋章が刻まれている。


 観測院。


 王国の歴史の裏側で、

 世界そのものを観測する組織。


 その部屋の中央には、

 巨大な水晶が浮かんでいた。


 淡く光り、ゆっくりと脈動している。


 水晶の表面には、

 無数の文字と数値が流れていた。


 それを見ていた男が、

 突然顔を上げた。


「……おかしい」


 白髪の老学者だった。


 隣にいた若い研究員が振り向く。


「何がです?」


 老学者は水晶を指差した。


「補正値だ」


 若い研究員は画面を確認する。


 数値の列。


 世界補正。


 物語補正。


 役割整合率。


 それらの値が、

 ある地点だけ乱れていた。


「グレイウッド……」


 研究員が呟く。


「またですか」


「また、ではない」


 老学者は首を振った。


「これは初めてだ」


 水晶の中に、

 一つの点が映る。


 辺境の小さな村。


 グレイウッド。


 そこから波紋のように、

 数値の歪みが広がっている。


「補正が効いていない」


 老学者は言った。


「ありえません」


 研究員は即答した。


「世界補正は絶対です」


「そうだ」


 老学者は頷く。


「本来ならな」


 水晶の数値が、

 また一つ変化した。


 【役割整合率:低下】


 【物語進行:停滞】


 研究員は眉をひそめる。


「原因は?」


 老学者はしばらく考えた。


 そしてゆっくり言う。


「人間関係だ」


「……は?」


「この村」


 水晶の中に人影が映る。


 レオン。


 セラ。


 リィナ。


 エルナ。


 そして村人たち。


「役割が固定されていない」


 老学者は続ける。


「役割?」


「王子なら王子」


「騎士なら騎士」


「聖女なら聖女」


「悪役なら悪役」


 研究員は頷く。


「はい。それが世界の構造です」


「だが」


 老学者は水晶を指差す。


「この村にはそれがない」


 画面に関係図が表示される。


 普通の社会なら、

 線は上下に伸びる。


 上司。


 部下。


 主。


 従者。


 王。


 臣下。


 だが――


 グレイウッドの図は違った。


 線が円のように繋がっている。


 中心がない。


「……なんだこれは」


 研究員が呟く。


 老学者は静かに言った。


「役割社会ではない」


 その言葉に、

 研究員は眉をひそめる。


「ですが世界は――」


「そう」


 老学者は頷く。


「この世界は“役割”で動く」


 王子が聖女を愛する。


 悪役が妨害する。


 断罪される。


 追放される。


 それが物語。


 それが世界。


 それが補正。


「だが」


 水晶の光が揺れた。


 グレイウッドの映像が、

 静かに映し出される。


 畑。


 家。


 焚き火。


 笑い声。


 誰も命令していない。


 誰も従っていない。


 それでも動いている。


「彼らは役割で動いていない」


 老学者は言った。


「意思で動いている」


 研究員は困惑した顔になる。


「それは普通では?」


 老学者は首を振る。


「この世界では普通ではない」


 少し沈黙。


 やがて研究員が小さく言う。


「……つまり?」


 老学者は水晶を見つめた。


 グレイウッドの中心。


 そこに一人の人物がいる。


 レオン。


「彼だ」


 老学者は言う。


「彼が原因だ」


 画面にデータが表示される。


 【対象:レオン】


 【ロール:悪役令嬢】


 【性別:男性】


 研究員が目を丸くした。


「……は?」


「最初から例外だった」


 老学者は静かに言う。


「役割と個体が一致していない」


「その時点で、歪みが生まれた」


 さらにデータが出る。


 【役割遵守率:低】


 【物語参加率:低】


 【社会依存:低】


 研究員が呟く。


「つまり……」


 老学者は言った。


「彼は役割で生きていない」


 水晶の光が、

 ゆっくりと不安定になる。


 グレイウッドの映像。


 村人たちの笑い声。


 焚き火。


 畑。


 普通の生活。


「役割を拒否する人間」


 老学者は続ける。


「それ自体は珍しくない」


「だが」


 水晶の数値がまた変わる。


 【影響範囲:拡大】


 【同調者:増加】


 研究員の顔が青くなる。


「……周囲まで?」


「そうだ」


 老学者は静かに頷いた。


「彼の周囲の人間も、役割から外れ始めている」


 セラ。


 剣士なのに戦わない。


 リィナ。


 奴隷なのに命令を待たない。


 エルナ。


 領主なのに支配しない。


 村人たち。


 誰も従わない。


 誰も支配しない。


 それでも成立している。


「世界補正は」


 老学者は言った。


「役割に干渉する」


「だが」


 水晶を指差す。


「役割が存在しない場合」


 研究員が小さく呟いた。


「……補正できない」


 老学者は頷いた。


「その通りだ」


 しばらく二人は黙っていた。


 水晶の光が、

 ゆっくり揺れている。


 やがて研究員が言う。


「では、どうします?」


 老学者は答えなかった。


 ただ、画面を見る。


 グレイウッド。


 そしてレオン。


 その視線の先で、

 レオンが畑を耕していた。


 老学者は静かに言った。


「……世界が揺れている」


 それは恐怖ではなかった。


 どちらかと言えば――


 興味だった。


「面白い」


 水晶の画面に、

 新しい表示が現れる。


 【世界安定度:低下】


 【補正プロトコル:準備中】


 そして最後に。


 【対象:グレイウッド】


 【優先観測対象に指定】


 その頃。


 グレイウッドでは――


 レオンが畑でくしゃみをしていた。


「……寒い」


 セラが言う。


「風邪じゃないか」


「違うと思う」


 リィナが笑う。


「パン焼けました」


 エルナが叫ぶ。


「休憩!」


 いつも通りの村。


 だがその下で。


 世界そのものが、

 静かに揺れ始めていた。

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