第76話:レオンの覚悟
夜だった。
村はもう静かだ。
灯りはまばらで、
遠くからは川の音だけが聞こえる。
レオンは外に出ていた。
まだ温かい焚き火の前に腰を下ろし、
ぼんやりと炎を眺めている。
昼間の出来事を、
頭の中で整理していた。
役人。
調査。
そして――
あの表示。
視界の端に、
まだ消えきらないUIが残っている。
【役割拒否集団】
【物語進行阻害要因】
【対象:レオン】
レオンは小さく息を吐いた。
「……まあ、そうなるか」
驚きは、あまりない。
むしろ納得していた。
この世界は最初からおかしかった。
人の感情が数値になり、
役割が割り当てられ、
物語の通りに人生が進む。
王子は王子らしく。
聖女は聖女らしく。
悪役は――
悪役らしく。
そこから外れれば、
当然“エラー”になる。
レオンは火に薪をくべた。
パチ、と小さな音が鳴る。
「……でも」
小さく呟く。
この村のことを思い浮かべた。
畑。
風呂。
夜の食事。
何気ない会話。
セラが薪を運び、
リィナが料理をして、
エルナが帳簿を眺めて頭を抱える。
誰も命令していない。
誰も役割を決めていない。
それでも回っている。
それでも笑っている。
レオンは、焚き火を見つめたまま言った。
「……ようやく見つけたんだよな」
声は静かだった。
怒りも、熱もない。
ただ事実を確認するような声。
「普通の暮らし」
前世では無かったもの。
会社の都合。
上司の都合。
誰かの役に立たなければ
価値がないと思い込んでいた人生。
そしてこの世界でも、
最初は同じだった。
悪役令嬢という役割。
決められた破滅。
決められた追放。
だが――
ここに来て、
ようやく終わった。
役割から外れた。
誰も期待しない。
誰も命令しない。
ただ、生きている。
それだけの場所。
レオンは静かに笑った。
「……悪くない」
その時。
背後から足音がした。
「こんなところにいたのか」
セラだった。
剣を背負ったまま、
隣に腰を下ろす。
「眠れないのか?」
「いや」
レオンは首を振った。
「ちょっと考え事」
セラは焚き火を見つめた。
「昼の役人か」
「まあ、それもある」
少し沈黙。
火の音だけが続く。
やがてセラが言った。
「……もしさ」
「うん?」
「中央が何かしてきたら」
レオンはすぐ答えなかった。
火が揺れる。
影が揺れる。
セラは続けた。
「戦うのか?」
レオンは少し考えた。
そして首を振る。
「いや」
「逃げるのか?」
「それも違う」
セラは眉をひそめた。
「じゃあどうする」
レオンは少しだけ空を見上げた。
星が出ている。
静かな夜だった。
そして言った。
「守る」
短い言葉。
セラは少し驚いた顔をする。
「お前、そういうタイプだったか?」
「正義とかじゃない」
レオンは肩をすくめた。
「英雄でもないし」
少し間を置いて。
「ただ」
焚き火を見つめる。
「壊されたくないだけ」
それだけだった。
この村を守りたい。
世界を救いたいわけじゃない。
正義のためでもない。
ただ。
ここが気に入っている。
それだけだ。
セラはしばらく黙っていた。
やがて小さく笑う。
「なるほど」
「何?」
「それなら納得だ」
セラは薪を火に入れた。
「英雄が守るって言ったら、信用しない」
「ひどいな」
「でも」
セラは肩を回す。
「気に入ってる場所を守るって言うなら」
少し笑う。
「付き合ってやる」
レオンは小さく息を吐いた。
「戦う準備はしないけどな」
「知ってる」
「逃げる準備しかしない」
「それも知ってる」
セラは笑った。
「でも、最後は戦うだろ」
レオンは答えなかった。
ただ、焚き火を見つめる。
その時。
視界のUIが、
静かに光った。
【観測継続】
【対象行動:解析中】
【役割逸脱度:上昇】
表示は、
さらに一行増える。
【修正確率:算出中】
レオンはそれを見て、
小さく呟いた。
「……来るなら来い」
声は静かだった。
怒りも、恐怖もない。
ただ決めただけ。
この場所を、
壊させない。
正義でもない。
悪でもない。
ただ――
自分の人生だから。




