第74話:村の選択
朝。
村は、いつも通りだった。
畑ではセラが鍬を振るい、
リィナは井戸の水を汲み、
エルナは帳面を広げて数字と睨み合っている。
風は穏やかで、
鳥の声が遠くから聞こえる。
――平和だ。
だが、レオンは知っている。
この平穏の外側で、
何かが動き始めていることを。
昨日から、
村の外れに見慣れない足跡が増えた。
魔物ではない。
人間のものだ。
そして今朝。
村の入り口に、
一人の男が立っていた。
王都の役人らしい服装。
だが、
埃まみれで、
明らかに長旅をしてきた様子だった。
男は村を見渡し、
信じられないものを見るような顔をした。
「……ここが、グレイウッドか」
廃村のはずだった。
地図には、
そう記されている。
だが目の前には、
畑があり、
家があり、
煙突から煙が上がっている。
男はゆっくり歩き、
村の中央に来ると声を上げた。
「王都より通達だ!」
その声に、
村人たちが少しだけ顔を上げる。
だが、
誰も急がない。
作業の手を止める者も、
ほとんどいない。
役人は少し戸惑いながら、
羊皮紙を広げた。
「グレイウッド村の住民に告ぐ!」
咳払い。
「王国は現在、
辺境再編政策を実施している!」
誰も反応しない。
役人は少し声を大きくした。
「この地域の住民は、
王都近郊の新規開拓地へ移住することが
推奨される!」
沈黙。
「住居、
食料、
安全は王国が保証する!」
セラが、
畑から顔を上げた。
「……保証?」
役人は頷く。
「もちろんだ。
王都の管理下に入れば、
魔物の危険もない」
セラは、
少し考えてから言う。
「ここにも、
そんなに来ない」
再び鍬を振るう。
役人は、
戸惑う。
エルナが近づいた。
元領主の娘として、
こういう役は慣れている。
「移住は、
義務ですか?」
「いや……
推奨だ」
「なら、
選択は自由ですね」
「もちろん」
役人は言いながら、
内心では確信していた。
この辺境に残りたい者など、
いるはずがない。
だが。
エルナは振り返り、
村人たちを見た。
「どうします?」
質問は、
それだけ。
命令ではない。
誘導でもない。
ただの問い。
最初に答えたのは、
川で網を直していた老人だった。
「……わしは残る」
理由は言わない。
ただ、
それだけ。
次に、
若い男。
「俺も」
リィナは、
少し考えてから言った。
「……ここが、
好きです」
セラは笑った。
「今さら王都は、
うるさそうだ」
畑の土を払いながら言う。
次々と、
同じ答えが続いた。
残る。
残る。
残る。
理由は、
皆違う。
だが結論は同じだった。
役人は、
唖然とした。
「ま、待て……
ここは辺境だぞ」
誰も答えない。
「魔物もいる!」
セラが言う。
「うん」
「冬は厳しい!」
リィナが言う。
「知ってます」
「王都の方が、
絶対に暮らしやすい!」
沈黙。
そして。
一人の男が言った。
「でも、
あっちは息苦しそうだ」
その言葉で、
すべてが決まった。
エルナは、
役人に向き直る。
「ということです」
役人は、
言葉を失った。
こんな選択をする人間が、
本当にいるのか。
その時。
村の端で、
レオンが静かに立っていた。
何も言わない。
何も決めない。
ただ、
皆の選択を見ていた。
そして思う。
(……そうか)
これは、
自分の村ではない。
誰かの領地でもない。
それぞれが
自分で選んでいる場所だ。
だからこそ――
ここは、
強い。
その瞬間。
レオンの視界の端で、
UIが一瞬だけ光った。
今まで見たことのない表示。
ほんの一瞬。
だが確かに、
そこに文字が浮かんだ。
【異常値検知】
【物語収束率:低下】
【修正処理を開始します】
表示は、
すぐに消えた。
だがレオンは、
空を見上げて呟く。
「……来るな」
静かな村の上で、
世界が
ゆっくりと動き始めていた。




