第73話:それでも守りたい日常
朝。
空は穏やかで、
雲の流れもゆっくりだった。
それなのに――
レオンは、
確信していた。
(……近いな)
昨日より、
UIの気配がはっきりしている。
表示はない。
だが、
“こちらを前提に組み直している”
感覚がある。
世界が、
自分を物語に
戻そうとしている。
だからこそ、
レオンは決めた。
――戦わない。
剣を取らない。
魔法を鍛えない。
世界に対抗する力を
集めない。
それは、
世界の土俵に
上がるということだからだ。
代わりに。
レオンは、
静かに準備を始める。
逃げる準備だ。
食料の量を、
頭の中で整理する。
乾燥させた保存食。
水の確保。
背負える重さ。
道。
川沿い。
森の中。
人の来ない方向。
ここを捨てる覚悟ではない。
だが、
「いつでも離れられる」
という選択肢を
持っておく。
それだけで、
心が軽くなる。
セラは、
その様子を見ていた。
「……何か、
来るのか?」
短い問い。
レオンは、
正直に答える。
「来るかもしれない」
「敵か?」
「たぶん……
世界そのもの」
セラは、
少し考え、
剣に手を伸ばしかけて――
やめた。
「なら、
斬れないな」
それだけ言って、
薪運びに戻る。
リィナは、
荷物が増えていることに
気づいた。
不安そうに
見上げてくる。
レオンは、
穏やかに言う。
「大丈夫だ。
これは“逃げ道”だ」
「……逃げる、
んですか?」
「選べるように、
するだけ」
リィナは、
少し考え、
頷いた。
命令じゃない。
強制でもない。
だから、
自分で理解する。
エルナは、
帳面を閉じて、
レオンを見る。
「戦力を集めなくて、
いいの?」
「集めた瞬間、
巻き込む」
それだけで、
十分だった。
この村は、
誰かの戦場じゃない。
誰かの物語の
舞台でもない。
守りたいのは、
土地じゃない。
制度でもない。
――この日常だ。
何も起きない朝。
雨の日に、
何もしなくていい時間。
沈黙が、
責められない空気。
それを守るために、
戦うのは、
きっと違う。
戦えば、
物語になる。
物語になれば、
役割が生まれる。
だから、
逃げる。
逃げ続ける。
世界が追いつけない
速さで。
夜。
レオンは、
外を見てから
戸を閉める。
UIは、
まだ消えない。
だが、
こちらの準備を
妨げもしない。
(……それでいい)
世界が、
何を仕掛けてきても。
自分は、
“戦わない”という選択を
捨てない。
それでも守りたい日常が、
ここにはある。
だから、
剣は取らない。
拳も握らない。
ただ、
歩き出せるように
しておくだけだ。
それが、
レオンなりの
抵抗だった。




