第61話:セラの剣が錆びる
朝。
セラは、
剣を抜いた。
陽の光を受けて、
刃が鈍く反射する。
「……錆びてるな」
独り言だった。
ほんの薄い錆。
致命的ではない。
だが、
確実に手入れを怠った痕跡。
以前の彼女なら、
考えられなかった。
剣は、
命そのものだった。
眠る前も、
起きた直後も、
必ず確認していた。
今は――
違う。
セラは、
剣を見つめながら、
不思議な感覚に包まれる。
(……焦らない)
錆びたことに、
恐怖がない。
戦場なら、
死に直結する。
ここでは、
そうじゃない。
彼女は、
剣を鞘に戻した。
磨かない。
今すぐは。
畑へ向かう。
レオンが、
黙って土を返している。
「……いいのか?」
セラは、
ふと聞いた。
「剣、錆びてきた」
「そうか」
それだけ。
「戦えなくなるぞ」
「必要になったら、
磨けばいい」
セラは、
その言葉に、
小さく笑った。
「……随分、
楽観的だな」
「戦わない方が、
楽だ」
畑仕事は、
単調だ。
だが、
命の取り合いはない。
汗はかくが、
血は流れない。
昼。
セラは、
川で手を洗いながら、
自分の手を見る。
剣だこは、
少し柔らいでいる。
(……弱くなってる?)
そんな不安が、
一瞬、浮かぶ。
だが、
すぐに消えた。
(弱くなってるんじゃない)
(……戦う必要が、
減ってるだけだ)
午後。
子どもが、
転んで泣いた。
セラは、
反射的に駆け寄る。
剣ではなく、
手を伸ばす。
「大丈夫だ」
傷は浅い。
布で拭き、
声をかける。
泣き止む。
その一連の動きに、
剣は必要なかった。
夕方。
セラは、
もう一度剣を抜いた。
錆は、
朝と変わらない。
だが――
気持ちは、違う。
「……明日、
磨くか」
急ぐ必要はない。
剣が錆びる。
それは、
怠慢ではない。
戦わなくなった証だった。
夜。
焚き火の前で、
セラはレオンに言う。
「……ここにいると、
剣が道具になる」
「前は?」
「前は、
存在理由だった」
レオンは、
少し考えてから答える。
「道具の方が、
楽だろ」
「……ああ」
セラは、
剣を膝に置いた。
錆びた刃は、
もう、
彼女を責めていない。
それは、
この村が、
人を“戦う役割”から
解放している証でもあった。
セラは、
火を見つめながら、
静かに息を吐いた。
――今日も、
剣を抜かずに、
一日が終わった。




