第62話:リィナが「自分で」選ぶ
朝。
リィナは、
目を覚ましても、
すぐに動かなかった。
以前なら、
考えられないことだ。
(……何を、
すればいいんだろう)
命令は、ない。
指示も、ない。
それが、
まだ少し怖い。
外から、
畑を耕す音が聞こえる。
木を削る音。
水を汲む音。
皆、
何かをしている。
(……行かなきゃ、
いけない?)
リィナは、
布団の中で、
小さく息を吸った。
そして――
起きた。
だが、
すぐ外へは出ない。
少し考える。
(今日は……
畑、じゃない)
理由は、
うまく言葉にできない。
ただ、
身体がそう言っていた。
リィナは、
焚き火のそばへ行き、
水を温め始めた。
洗濯だ。
誰にも、
頼まれていない。
だが、
必要だと思った。
しばらくして、
エルナが通りかかる。
「あら、
今日は畑じゃないの?」
リィナは、
一瞬、身をすくめかけて、
止まった。
「……はい」
それだけ言う。
理由を、
説明しない。
エルナも、
追及しない。
「そう。
じゃあ、
私は帳面を続けるわね」
それだけ。
責められない。
評価も、されない。
リィナは、
胸の奥が、
少し温かくなるのを感じた。
昼。
洗濯は、
思ったより時間がかかった。
指が、
ふやける。
(……疲れた)
以前なら、
ここで倒れても、
やめなかった。
やめるという選択肢が、
なかった。
今は――
違う。
リィナは、
洗いかけの布を置いた。
木陰に座る。
休む。
誰も、
何も言わない。
セラが、
通りがかって、
一瞬だけ足を止める。
「……休憩?」
リィナは、
小さく頷いた。
「うん。
それがいい」
それだけ言って、
セラは去る。
午後。
リィナは、
残りの洗濯を終えた。
完璧じゃない。
少し雑。
それでも、
干す。
夕方。
焚き火のそばで、
レオンが座っている。
リィナは、
一瞬迷ってから、
口を開いた。
「……あの」
「ん?」
「今日は、
畑に行きませんでした」
報告。
でも、
言い訳じゃない。
レオンは、
火を見たまま答える。
「そうか」
それだけ。
リィナは、
少し驚く。
「……いいんですか?」
「何が?」
「……それで」
レオンは、
リィナの方を見た。
「自分で決めたなら」
短い言葉。
だが、
リィナの胸に、
深く落ちた。
夜。
布団に入り、
今日を思い返す。
仕事を、選んだ。
休みを、選んだ。
言葉を、選んだ。
誰の許可も、
取っていない。
怒られていない。
罰も、ない。
リィナは、
小さく、
でも確かに笑った。
(……怖いけど)
(……嬉しい)
「自分で選ぶ」。
それは、
剣よりも、
命令よりも、
ずっと重い。
でも――
初めて、
自分のものだった。
その夜、
リィナは、
少しだけ、
深く眠れた。




