第59話:家づくり
朝。
木を切る音が、
村に響いていた。
誰かが合図を出したわけじゃない。
計画書もない。
ただ――
家が必要だと、
皆が気づいただけだった。
新しく来た家族が、
仮の天幕で寝ている。
それを見て、
誰かが木を切った。
それを見て、
誰かが運んだ。
それだけ。
レオンは、
少し離れた場所で、
木材を削っていた。
設計図は、
頭の中。
完璧じゃない。
だが、
雨風はしのげる。
セラが、
梁を担いでくる。
「ここでいいか?」
「少し、右」
それ以上は、
言わない。
元兵士たちは、
黙って土台を固める。
元流民の老人は、
縄を編んでいる。
子どもたちは、
木屑を集めて遊んでいる。
エルナは、
最初、戸惑っていた。
(……私、
何をすればいいの?)
指示を出そうとして、
やめる。
ここでは、
それは不要だった。
彼女は、
近くにあった木材を持ち上げる。
重い。
だが、
誰も止めない。
誰も、
「それはあなたの仕事じゃない」と
言わない。
しばらくして、
エルナは、気づく。
自然と、
自分が向いている作業に
回っていることに。
数を数える。
不足を見つける。
余りを配分する。
(……ああ)
これは、
私がやれることだ。
昼。
壁が立ち上がる。
歪んでいる。
傾いている。
だが、
誰も気にしない。
「直す?」
「後で」
「じゃあ、次」
完璧より、
進行。
夕方。
屋根が、
一応、乗った。
隙間だらけ。
だが、
今日の雨は防げる。
新しく来た家族が、
頭を下げる。
「……ありがとう」
誰も、
返事をしない。
代わりに、
誰かが釘を片付け、
誰かが焚き火を起こす。
レオンは、
完成した家を見上げる。
(……十分だ)
期待に応える家じゃない。
評価される家でもない。
住める家。
それでいい。
エルナは、
汗を拭きながら言った。
「指示しなかったの、
初めてかもしれない」
「楽だったか?」
「……ええ」
少し考えて、
続ける。
「責任も、
重くない」
レオンは、
頷いた。
「分けてないからな」
「役割も?」
「責任も」
家は、
皆で建てた。
だから、
誰のものでもあり、
誰の責任でもある。
夜。
焚き火の前。
疲労はあるが、
嫌な疲れじゃない。
セラが言う。
「……この村、
変だな」
「そうか?」
「普通、
こうはならない」
レオンは、
火を見つめたまま答える。
「普通は、
誰かが上に立つ」
「ここは?」
「……立ってない」
家づくりは、
終わった。
だが、
この村の形は、
また一つ、
静かに固まっていた。
誰も指示しないのに、
ちゃんと形になる。
それが、
ここでの“当たり前”だった。




