第55話:おかしな速度
エルナは、朝の見回りで立ち止まった。
昨日まで、
ただの空き地だった場所。
――そこに、
骨組みが立っている。
(……一晩で?)
木材は粗い。
作りも簡素。
だが、確実に「家」だった。
振り返ると、
別の場所では畑が増えている。
さらに奥では、
元兵士たちが自然と交代しながら、
見張りをしていた。
誰かが命じたわけではない。
それなのに――
噛み合いすぎている。
「……早すぎない?」
エルナの呟きに、
セラが肩をすくめた。
「傭兵団より早いな」
「笑い事じゃないわ」
エルナは、帳面を開く。
人口。
物資。
労働量。
どれも、
計算が合わない。
(理論上、
こうはならない)
人は、
もっと怠ける。
揉める。
サボる。
指示を待つ。
――それが、普通だ。
だが、この村では。
「……誰も、
無理してないのよね」
エルナは、レオンを探す。
彼は、
いつもと同じ場所で、
畑を耕していた。
何かを指揮する様子もない。
「レオン」
「ん?」
「……この村、
成長が早すぎる」
「そうか?」
「そうよ」
エルナは、
言葉を選びながら続ける。
「まるで――
最初から、
“こうなる”って
決まってたみたいに」
レオンは、
鍬を止めた。
ほんの一瞬。
その瞬間、
視界の端が揺れた。
半透明のUI。
普段は沈黙しているそれが、
一瞬だけ、
ノイズを走らせる。
――数値が、見えかける。
【安定度】
【人口】
【発展段階】
すぐに、消える。
(……今の)
レオンは、
何も言わなかった。
言えなかった。
エルナも、
気づいた様子はない。
「偶然だと思う」
レオンは、
あえて軽く言った。
「人が集まれば、
こうなることもある」
「……そう、ね」
だが、
エルナの表情は晴れない。
(偶然にしては、
整いすぎている)
その夜。
焚き火の数は、
さらに増えていた。
子どもの笑い声。
食器の音。
低い歌声。
平和だ。
――あまりに。
レオンは、
一人、少し離れた場所で、
夜空を見上げる。
(世界補正……?)
学園で感じていた、
あの気配。
「役割」を
正しい位置に戻そうとする、
あの圧。
ここでも、
働き始めているのか。
――だが。
(俺は、
何もしてないぞ)
支配していない。
導いていない。
期待も、命令も、していない。
それでも、
世界は勝手に
「物語」を進めようとする。
レオンは、
小さく息を吐いた。
「……厄介だな」
復興が早すぎる。
それは、
祝福ではなく。
世界が、この村を
“舞台”として
認識し始めた兆候だった。
焚き火の向こうで、
誰かが笑う。
その平穏が、
長く続かないことを、
レオンだけが、
うっすらと感じていた。




