第50話:領主娘エルナ登場
馬の足音が聞こえたのは、昼を少し過ぎた頃だった。
辺境では珍しい音だ。
セラが最初に気づき、
レオンは、その反応で察する。
「……人だな」
「しかも、貴族」
やがて、道の向こうから姿を現したのは――
小さな一団だった。
馬車は一台。
護衛は二人だけ。
どれも、最低限。
馬車が止まり、
中から降りてきたのは、若い女性だった。
簡素だが上質な服。
派手さはない。
だが、立ち姿に、
はっきりとした“育ち”がある。
「……ここが、グレイウッド?」
少しだけ、疲れた声。
レオンは答える。
「そうだと思う。
間違ってなければ」
女性は、周囲を見渡す。
廃屋。
畑。
焚き火の跡。
想像していた以上に、
何もない。
だが、
落胆より先に、
諦めに近い納得が浮かんだ。
「……やっぱりね」
小さく、苦笑する。
「エルナ・ヴァルグレイス。
一応、この辺境の名目上の領主の娘よ」
セラが、眉をひそめる。
「“名目上”?」
「ええ。
実質は――」
言葉を切り、
エルナは肩をすくめた。
「視察という名の、左遷」
その言い方には、
怒りも悲壮感もない。
ただ、事実として受け入れている響き。
「王都で余計なことを言いすぎたの。
領政に口を出すな、ってね」
レオンは、内心で頷いた。
(なるほど。
扱いに困るタイプだ)
エルナは、レオンを見る。
「あなたたちが、
ここに住んでる人?」
「まあ」
「追放者?」
「それも、まあ」
即答だった。
エルナは、一瞬だけ目を丸くし、
それから、ふっと笑う。
「奇遇ね」
そして、こう続けた。
「私も、同じようなものよ」
護衛の一人が、困ったように咳払いする。
「お嬢様……」
「いいの」
エルナは、手を振る。
「ここでは、
肩書きは役に立たないでしょ」
その言葉に、
セラが少しだけ口元を緩めた。
レオンは、エルナを観察する。
逃げてきたわけじゃない。
戦いに来たわけでもない。
ただ――
押し出されてきた人間。
「……で」
レオンが言う。
「何をしに来た?」
エルナは、空を見上げる。
「形式上は、視察。
実際は……」
一拍置いて、
はっきり言った。
「何も期待されてない場所を、
“それなり”に保つ役」
レオンは、少しだけ笑った。
「それ、得意じゃない」
「私も」
二人の間に、
妙な共感が生まれる。
エルナは、辺境を見渡し、
そして、静かに言った。
「……悪くないわね」
それは、
自分に言い聞かせるような声だった。
追放された者。
役割を失った剣士。
自由に怯える元奴隷。
そして――
視察という名で送られた、領主の娘。
この辺境に、
また一人。
“押し出された人間”が、
増えた。
だが、
誰もそれを、
不幸だとは断定しなかった。




