第45話:リィナの混乱
夜が、長く感じられた。
リィナは、ほとんど眠れなかった。
横になっても、目を閉じても、
頭の中が静かにならない。
(……今日も、命令されなかった)
それが、胸の奥で重く沈んでいる。
朝になっても、状況は変わらない。
レオンは、いつも通り起きて、
いつも通り外に出ていく。
声をかけられない。
指示もない。
リィナは、立ち上がり、
また立ち尽くす。
何をすればいいのか分からない。
(掃除?
料理?
洗濯?)
勝手にやって、
怒られたらどうする?
許可を取らずに動くのは、
「逆らう」ことだった。
体が、自然とすくむ。
昼前、ついに耐えきれず、
リィナはセラに声をかけた。
「あの……私は……」
言葉が続かない。
セラは、剣の手入れをしながら、
ちらりと視線を向ける。
「何だ」
「……ここにいて、
いいんでしょうか」
消え入りそうな声。
セラは、少し考えた後、
短く答えた。
「追い出されてないだろ」
「でも……役に立ってません」
その言葉は、
まるで罪の告白だった。
セラは、手を止める。
「役に立たないと、
存在しちゃいけないのか?」
リィナは、反射的に頷いた。
「……はい」
即答だった。
セラは、思わず舌打ちする。
「面倒な考え方だな」
だが、責める調子ではない。
「ここじゃ、
そんな決まりはない」
「……それが、分からないんです」
リィナの声が、震える。
「何をすればいいか、
言われないのが……怖い」
その言葉に、
セラは何も返せなかった。
夕方。
リィナは、焚き火の前で、
再び膝を抱えていた。
レオンが近くに来ても、
顔を上げない。
「……どうした」
低く、短い問い。
リィナは、しばらく黙っていたが、
やがて絞り出すように言った。
「自由、が……」
言葉を探す。
「一番、怖いです」
レオンは、すぐに答えなかった。
焚き火が、ぱちりと音を立てる。
「命令がないと、
間違える気がして」
「間違えたら、
捨てられる気がして」
涙は出ていない。
だが、声は限界だった。
レオンは、静かに言う。
「……間違えても、
ここでは何も起きない」
断言ではない。
保証でもない。
ただの事実として。
「自由は、
慣れるまで、怖い」
リィナは、ゆっくり顔を上げる。
「俺も、そうだった」
短い言葉。
だが、それだけで――
リィナの胸の中で、
何かが少し緩んだ。
自由は、優しいものだと思っていた。
夢みたいなものだと思っていた。
でも、違う。
選ばされない代わりに、
選ばなきゃいけない。
責任も、正解も、
自分の中にしかない。
それが、
こんなにも怖いなんて――
知らなかった。
リィナは、小さく息を吐く。
「……今日は、
何もしなくて、いいですか」
レオンは、頷く。
「いい」
たった一言。
その夜、
リィナは初めて、
少しだけ眠れた。
自由が怖いと、
口に出しても、
罰を受けなかったから。
それだけで――
世界は、ほんの少しだけ、
優しくなった気がした。




