第107話:研究院崩壊
王都。
王立魔法研究院。
かつて王国最高の頭脳が集まる場所だった。
巨大な石造りの建物。
無数の実験室。
魔法陣の刻まれた床。
だが今、その空気は重かった。
研究室。
机の上には魔導具の部品が散らばっている。
研究者たちが頭を抱えていた。
「……動かない」
魔法陣は正しい。
魔力供給も正常。
だが装置は沈黙したままだった。
若い研究者が言う。
「理論は合ってるはずなんです」
年配の研究者が腕を組む。
「だが動かない」
沈黙。
最近、こんなことばかりだった。
研究が進まない。
装置が完成しない。
論文も出ない。
王立魔法研究院は、王国の誇りだった。
だが今は――
停滞していた。
別の研究室。
机の上に一つの魔導具が置かれている。
小さな筒。
簡単な魔法陣。
浄水魔導具。
最近市場に出回っているものだ。
研究者が言う。
「これ、本当に人間が作ったのか?」
別の研究者が答える。
「辺境で量産されてるらしい」
「辺境?」
研究者は眉をひそめる。
「研究院でも作れないぞ」
魔法陣は単純。
だが効率が異常だった。
魔力消費が少ない。
構造も無駄がない。
研究者は呟く。
「……誰が設計した」
資料が机に置かれる。
そこには名前が書かれていた。
レオン。
部屋が静まり返る。
誰もがその名前を知っていた。
会議室。
研究院の幹部たちが集まっている。
空気は暗い。
院長が言う。
「研究成果が出ていない」
誰も反論しない。
事実だった。
別の幹部が言う。
「設備の故障も増えています」
魔力循環装置。
結界調整。
魔導炉。
細かいトラブルが続いていた。
そして。
なぜか。
原因が分からない。
院長が机を叩く。
「なぜだ!」
沈黙。
やがて一人の老研究者が言った。
「……院長」
「何だ」
老人はゆっくり言う。
「昔は」
少し間。
「こういう問題が起きても」
さらに沈黙。
誰もが思い出していた。
研究院の裏方。
誰よりも設備に詳しく。
誰よりも魔法陣に詳しかった男。
目立たないが、確実に問題を解決していた。
老研究者が呟く。
「レオンがいた」
空気が凍る。
誰も言葉を出さない。
だが。
全員が分かっていた。
研究院が回っていた理由。
その一部が――
彼だったことを。
若い研究者が小さく言う。
「……呼び戻せませんか」
誰も答えない。
院長は目を閉じた。
そして重い声で言った。
「無理だ」
レオンは。
追放された。
王国が自ら。
その才能を捨てた。
会議室は沈黙に包まれる。
老研究者がぽつりと言った。
「……今さらだな」
王立魔法研究院。
王国最高の知の殿堂。
その中心は今――
静かに崩れ始めていた。




