第99話:竜族の視線
世界の北東。
雲よりも高い山脈の奥。
そこには、ほとんど誰も近づかない場所がある。
人間も。
魔族も。
亜人も。
理由は単純だった。
竜がいるからだ。
その山の頂。
巨大な影が岩の上に横たわっていた。
鱗は黒銀色。
翼は山の尾根ほどもある。
長い時を生きた存在。
古竜。
その瞳がゆっくりと開いた。
黄金の瞳。
世界の流れを何百年も見てきた目だった。
古竜は退屈していた。
人間の戦争。
魔族の争い。
国家の興亡。
どれも似たようなもの。
百年も見れば飽きる。
古竜は空を見上げる。
雲がゆっくり流れる。
「……退屈だ」
低い声が山に響く。
その時だった。
空を小さな鳥が横切る。
古竜は視線を向ける。
ただの鳥ではない。
観測使い魔。
人間の魔導具を運んでいた。
小さな箱。
古竜は指先ほどの魔力を動かした。
空間が歪む。
箱が消える。
次の瞬間。
古竜の前に落ちていた。
カラン。
小さな金属音。
古竜は首を傾げる。
「……魔導具か」
爪で持ち上げる。
小さな筒。
簡単な魔法陣。
古竜は少し魔力を流す。
すると。
内部の術式が動いた。
古竜の瞳が細くなる。
「ほう」
魔力の流れ。
効率。
構造。
すぐに理解した。
これは。
普通ではない。
古竜は水を作る。
小さな魔法。
器に入れる。
そこへ魔導具を入れる。
一瞬。
水が澄む。
古竜は静かに笑った。
「……面白い」
人間の魔導具はよく知っている。
複雑。
高価。
無駄が多い。
だがこれは違う。
単純。
合理的。
無駄がない。
古竜は呟いた。
「誰が作った」
魔力を読み取る。
残留魔力。
その方向。
遠く。
人間の王国。
さらに奥。
辺境。
古竜の目が少し楽しそうに細まる。
「人間にしては」
間。
「面白い」
翼がわずかに動く。
巨大な風が山を揺らした。
だが飛ばない。
今はまだ。
古竜は再び横になる。
魔導具を指先で転がす。
「少し」
静かに言う。
「観察してみるか」
黄金の瞳が遠くを見る。
王国の辺境。
小さな村。
そこで暮らしている男。
レオン。
彼はまだ知らない。
人間。
魔族。
そして竜。
世界の視線が
ゆっくりと集まり始めていることを。




