↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フェイタル・フェイト:フィクサー 〜名前を呼ばれただけで詰む無理ゲー世界で、最弱ステの俺は破滅の筋書きを覆す〜  作者: 霞見


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/46

39話 『蜘蛛の目』

 しばらく歩いたところで、ミランダが口を開いた。


「ねぇ、ピピム。案内のついでに、一ついいかしら」


 猫のように気だるげな声で、しかし、わざと言葉を選ぶように続ける。


「わたし、探し物があるの。……まっとうなお店なら、裸足で逃げ出すような代物よ。危ない魔物素材で――できれば、派手に爆ぜてくれるような、物騒なのをね。そういうの置いてる店、この市なら一軒くらいあるでしょ?」


 ピピムは、低く口笛を鳴らした。


「へぇ……爆発物かぁ。可愛い顔して、ずいぶん物騒なご注文だ。姉さん、見かけによらねぇな」


 そう言いつつ、満更でもなさそうに顎を撫でる。


「ま、心当たりがないわけじゃねぇ。けど、そういうのは扱う店が限られててな。ちょいと、聞いて回るとするか」


 ピピムは、何軒かの店に声をかけて回った。


 ミランダの用件を聞くなり、最初の店主は「うちじゃ扱ってねぇ」と、こちらを見もせずに手を振った。早すぎる返事だった。


 次の店では、店主が言葉に詰まり、ちらりと店の奥を振り返った。誰かに、許しを請うように。


 さらに別の店の主は、値も量も聞かなかった。代わりに、低い声で問うてくる。


「そいつは……どこの、誰に頼まれた品だい」


 ピピムは、いつもの軽口で受け流し、さっさとその店を離れた。離れ際、店先の小さな子供が、ぱっと路地の奥へ駆けていったのを、俺は見逃さなかった。


 どの店でも、店主が気にしているのは、黒仮面の俺ではなかった。その後ろの、連れの顔ぶれだ。誰を連れているのか――それを、確かめているのだ。


 ある露店の、亜人の売り子は、何かを言いかけて――口をつぐんだ。代わりに、目だけで、通りの向こうを示してみせた。


 軽口を絶やさなかったピピムも、そういう店の前では、一瞬だけ声が落ちた。


 やがて、ひときわ声を低くして、こう漏らす。


「……前はもっと、ゆるい場所だったんだがな。最近は、目が多くてかなわねぇや」


「誰の目だ」


 俺の問いに、ピピムは声を一段落とした。


「蜘蛛《くも》の連中だよ。この市の隅から隅まで、糸を張ってやがる。妙な品を欲しがる客がいりゃあ、すぐにやつらへ筒抜けさ」


 その「蜘蛛」という一言に、ガロの拳が、ぎちりと鳴った。


 肩が、前へ出かかる。


 マルコが、その腕に手を置いた。何も言わない。ただ、それだけで、ガロの足は止まった。


 俺は、その一部始終を、頭の中で繋ぎ合わせていた。


 即答で断る店。奥を窺う店。誰の差し金《さしがね》かを問う店。路地へ走る子供。連れを検める目。――これは、ただの商売の駆け引きではない。


 物騒な素材を一つ欲しがっただけで、これだけの糸が震える。この市は、張り巡らせた網の中にあるらしい。


 ひとしきり聞いて回った末に、ピピムは肚《はら》をくくったらしい。


「ま、結局はあそこか」


 そう呟いて、通りの外れへ足を向けた。


 たどり着いたのは、ひときわ雑多な品を積み上げた、一軒の露店だった。


 店主は、犬のような顔立ちの獣人だ。垂れた耳に、黒い鼻面。身につけているのは、この国では見慣れない、東方《とうほう》風の装束。目深に巻いた布の隙間から、細い目だけが覗いている。表通りでは、まず店を構えさせてもらえまい。だからこうして、片目市の隅で露店を張っているのだろう。


 並ぶ品は、雑多で、そして珍しかった。


 煙玉。撒けば足を止める、棘付きの鉄菱《てつびし》。目を潰す粉。匂いを消す香。細い刃物に、鉤縄《かぎなわ》。古い運搬用の、フック付きの滑車《かっしゃ》。罠を外すための、用途の知れない小道具の数々。見たこともない品から、どこかで拾ってきただけであろうガラクタまで。表の店では、まずお目にかかれない代物ばかりだ。


 ミランダが、店主へ顔を向けた。


「ねぇ、あなた。危ない魔物素材を探しているの。扱いを間違えれば、派手に爆ぜるような――そういう、物騒なのはあるかしら?」


 店主は、細い目をちらと動かし、ミランダの顔をうかがった。それから、布の下で、こくりと顎を引く。


 奥から取り出されたのは、油に浸した、赤い粒の入った小瓶だった。


「火燐粉《かりんぷん》だ。油から上げりゃあ、すぐ爆ぜる。素人にゃ勧めねぇがね」


 ミランダの目が、輝いた。


 小瓶を光にかざし、赤い粒の沈み具合を確かめる。危ない代物を前にして、まるで菓子でも選ぶような顔だ。


 だが、その指先が品を検める間も、こいつは店主の手元と、通りのこちらを窺う影とを、しっかり拾っていた。はしゃぎながら、どこか冷めている。それが、この女だ。


 その横顔に、ピピムが、そろそろとにじり寄った。


「いやぁ、しかし。物騒な趣味の別嬪《べっぴん》さんってのは、オイラ、嫌いじゃ――」


 軽口で気を引きながら、その手が、こっそりと、ミランダの尻のあたりへ伸びていく。


 ところが、指先が触れる、すんでのところで。


 ミランダの視線が、すっと横へ流れた。


 ただ、それだけだ。


 刃物も、声も、何ひとつ向けてはいない。それでも、その一瞥《いちべつ》に乗った何かに、ピピムの全身の毛が、ぶわりと逆立った。


「――ひっ」


 軽口も、伸ばした手も、宙ぶらりんのまま固まる。


 気づけば、ピピムは積み上げた木箱の陰まで飛び退いていた。隅から、顔半分だけを覗かせている。


「な、なんつう女だ……。今の、絶対、殺《や》る気だったろ……」


 ミランダは、薄く笑った。


「気をつけなさい。火遊びの代償は、いつだって高くつくものよ」


 言いながら、その指は、手にした小瓶を、もてあそぶように転がしている。空気に晒せば爆ぜる、本物の火種を。


 その間に、俺も店の品を物色していた。


 まず、店先に吊るされた鉤縄を手に取る。


「この鉤縄、もっと長いものはないか」


 店主は、俺の手元を見た。


「どれくらい要る」


「今の倍以上は欲しい」


 細い目が、わずかに動く。


「……奥にある。少し待て」


 店主が露店の奥へ引っ込む。


 その間にも、俺の手は止まらなかった。


 煙玉。棘付きの鉄菱。古い滑車。小さな鉤。匂い消し。留め具。薄い刃を仕込んだ革紐。鍵穴へ差し込むためらしい細工道具。罠を外すための、用途の知れない金具。


 目につく端から手に取り、重さを確かめ、脇へ寄せていく。


 ひとつひとつは小さい。


 だが、気づけば露店の布の上には、抱えきれないほどの品が積み上がっていた。


 店主が戻ってくる。


 肩に抱えていたのは、太い縄を巻いた大きな鉤縄だった。先端の鉤は黒ずんでいるが、編み目はまだ生きている。


「こいつなら足りるか? 古いが、丈夫だ」


 俺は縄を受け取り、指先で編み目を確かめた。


「十分だ。こちらに寄せた品も、全て貰おう」


 店主は、俺が脇へ寄せた品を見下ろした。


 脈絡のない取り合わせに、けげんそうに眉を寄せた。


「……本気か? 俺の店は安くないぞ」


「旦那。そんなガラクタばっかり、いったいどこで使う気だ?」


 木箱の陰から、ピピムも顔を出す。


「ってか、物取りじゃねぇんだからさ。普通、盗人だってもう少し選んでもってくぜ」


「戦でも、おっぱじめる気かよ」


 ガロまでが、口を挟んでくる。


 俺は、手の中の小さな滑車を検めながら、短く答えた。


「手段はいくらあってもいい」


 それを、脇の山へ加える。


「こういうものは、必要になってから探すのでは遅い。備えられるうちに、備えておくものだ」


 ピピムは、木箱の陰から半分だけ顔を出したまま、呆れたように息を吐いた。


「はぁ……。仮面の旦那は、変わってんなぁ」


 店主は何も言わず、選ばれた品を一つずつ布の上へまとめ始めた。


 魔法の鞄がある以上、重量に制限はない。であれば、こうした局所でこそ生きる変わり種はあればあるだけ良い。それは取りも直さず、俺の手札――選択肢に直結する。


 俺のやり取りを聞きつけて、ミランダが、横から品を抱え込んできた。


 火燐粉だけではない。甘い香りの香油に、見るからに怪しい干し草、それに、上等そうな調合瓶を数本。


「あんたが買い込むなら、わたしも遠慮しないわ」


「……いや待て。目的の物は見つかっただろう。お前は遠慮しろ」


「あら。あんた、ついさっき自分でなんて言ったかしら」


 小瓶を指先でくるりと回しながら、ミランダは悪戯っぽく続けた。


「『必要になってから探すのでは遅い』。模範的な生徒が、教えをきちんと守っているだけよ。……もう少し、優しくしてくれてもいいんじゃない?」


 自分の口にした理屈を、そっくりそのまま突き返された格好だ。俺は、返す言葉に詰まった。


 ミランダは、それを見ても勝ち誇るふうはなく、こともなげに言い添える。


「それに……きっといつか感謝するわよ、この買い物に」


 結局、断りきれなかった。俺は、ミランダの選んだ品の代金まで、まとめて払う羽目になった。


 会計を済ませるなり、ミランダは抱えた品を、当然のように俺の腕へ押しつけてくる。


「はい。あんたの鞄に入れといて」


 断る間もない。俺は黙って受け取り、魔法の鞄へ品を収めていった。


 ミランダは、もう身ひとつで軽やかだ。削れていくのは、俺の財布と、気力だけ。

 どうやら俺は、この女の道具持ちまで兼任することになったらしい。


 買い物を終え、店を後にする。


 通りへ出た瞬間、俺は、空気の質が変わっていることに気づいた。


 市に入った時、四人へ向けられていたのは、好奇の視線だった。よそ者は誰だ、何者だ――その程度の、値踏みの目。


 だが、今は違う。


 あの黒仮面の連れが、火燐粉を買った。暗器を、滑車を、縄を買い込んだ。それを見ていた目は、もう、ただ眺めるだけのものではない。


 報告の目だ。


 さっき露店の前で見かけた子供が、今度は、一本隔てた路地の角に立っている。こちらを確かめると、また、どこかへ駆けていった。


 ある店の奥で、誰かが、誰かへ向けて指を二度立てた。合図だ。


 安酒屋の二階。半分閉じた窓の隙間から、誰かがこちらを見下ろし、すぐにまた引っ込んだ。


 案内するピピムも、いくつかの店の前だけは、わざと足早に通り過ぎた。軽口も、その間は止まる。


 路地の売り子が一人、広げた品を放り出すように畳むと、通りの奥へ小走りに消えていった。


 もはや、俺たちはただの客ではない。物騒なものを買い集めた、注視すべき一団だ。糸の震えが、はっきりと、こちらを向いている。


 俺は、それを拾う。


 ミランダも、軽やかな足取りのまま、同じものを拾っているはずだ。横顔は涼しいが、その指は、いつでも懐の香へ伸ばせる位置にあった。


 マルコが、低く呟いた。


「……前に来た時は、こんなじゃなかった。市ってのは、もっと風通しのいいもんだったはずだ」


 昔を知る者の声だった。古巣が、知らぬ間に、別の何かへ塗り替えられている。その居心地の悪さが、声に滲んでいた。


 ガロは、何も言わない。


 ただ、絡みつく気配を払うように、低く舌を打った。


 誰も、こちらへ近づいてはこない。


 蜘蛛は、まだ、糸の上から見ているだけだ。


 だが、その目が、もう四人を「客」とは見ていないことだけは、確かだった。


 買い物は、これで一区切りだ。


 糸の震えを背に受けながら、次の手をどう運ぶか――そう思案していた矢先、マルコが、ふと足を緩めた。


「なぁ、大将」


 声は、低い。


「今回は偵察のつもりだったんだろう。だが……俺の知ってる片目市と、今のここは、違いすぎる」


 通りに張り巡らされた視線を確かめるように、マルコは周囲を見回した。


「今後もここを使っていくつもりなら、一度、顔役《かおやく》に会っておいた方がいい。きちんと筋を通して、話をつけておきてぇんだ」


 もっともな話だった。


 偵察で得たのは、品だけではない。この市が、もう昔のままではないという事実。ここを「裏の捌け口《はけぐち》」の一つに組み込むつもりなら、その主と、話をつけておく必要がある。


「わかった」


 俺は、短く応じた。


「お前の言う顔役に、会っておこう」


 マルコは、すぐ脇のピピムへ向き直った。


「ピピム。ドム爺に会いてぇ。今、どこにいる」


 その名を聞いた途端、ピピムの足が止まった。


 ずっと絶やさなかった軽口が、ふっと消える。お調子者の顔から、いっとき、子供じみた軽さが抜け落ちた。


「ドム爺か……」


 短く言って、空を見上げる。何かを測るような間があった。


「今なら、きっと……あそこだな」


 ピピムは、それきり多くを語らず、来た道とは別の方へ折れた。


 進むにつれ、市の喧騒が、背後へ遠ざかっていく。露店の呼び込みも、賭場のざわめきも、薄れていく。道は次第に狭まり、足元の石は、湿り気を増した。水の匂いが、濃い。


 すれ違う顔ぶれも、変わっていった。日銭《ひぜに》を追う物売りや、ひやかしの客は減り、代わりに、潮に灼《や》けた古い船乗りや、荷運びで身を持ち崩したような男たちが目につく。この市に、ずっと根を張ってきた古株の匂いがした。


 やがて、一軒の酒場の前に出た。


 看板は半ば落ちかけ、文字も掠れて読めない。建物そのものも年季が入って、心なしか傾いて見えるほどだ。


 だが、その古びた佇まいに反して――中からは、昼間とは思えないほどの賑わいが漏れていた。


 笑い声。誰かの怒鳴り声。杯のぶつかる音。古い船乗りや市の古株たちが、日の高いうちから、遠慮なく酒をあおっている。


 市の表通りとは、活気の質が違った。客寄せの喧騒ではない。長くこの市に根を張った者だけが集う、奥まった一角の、こもった熱気だ。


 ピピムが、声を落とした。


「……ここだ。言っとくが、中じゃ軽口は控えろよ。オイラからの、忠告だ」


 あれだけ騒がしい店を前にして、その一言は、やけに重く響いた。


 マルコの顔が、硬くなっている。


 ガロも、余計な軽口を引っ込めた。


 俺は、黒仮面の下から、その古い酒場を見上げた。


 賑やかな露店も、物騒な買い物も、蜘蛛の糸も――ここまでは、まだ片目市の"表"に過ぎなかったのかもしれない。


 この、騒がしくも揺るがない店の奥にこそ、市の本当の芯がある。


 俺たちは、いま――片目市の、いちばん奥深い場所へ、足を踏み入れようとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。