そして、出会う
それから数日経ち、ジャックたちは何度か魔物と会敵しながらも砂糖菓子が入った袋を投げては森を出る日々を過ごしていた。だが砂糖菓子は高級品であり、数を揃えることも難しくなる。今はまだジャックの持っていたもので済んでいるが、購入するにしても資金が豊富にあるわけでもない。魔物に渡せる回数は限られてくるだろう。
「どうされますか?このままでは砂糖菓子がなくなって終わり、振り出しに戻ってしまいます。どうにかあの魔物が目こぼししてくれるなり、森の先に進めさせていただかなければ…。」
「ああ、最初の頃よりは警戒心が薄れているような気がする。袋を投げる前に、打診してみるしかない。」
セドリックは頷き、一つため息をつく。
「王都への報告はどうされますか?森から生きて帰ることはできているものの、内部についてわかったことなどないも等しいですし…。魔物が砂糖菓子を好む、などとあげようものなら頭をいじられたと思われそうです。」
「魔物と遭遇、負傷したため一時帰還したとでも上げておけ。再度内部に調査中とでも書けばいい。」
「ふふ、まさか魔物を懐柔しようしているなんてかけらも思わないでしょうね。」
何も期待していないだろう王都のことなんて考えたところで無駄だ、とジャックはいい明日の準備をする。明日こそなにか変わればと。
その翌日、ジャックは森の戦闘地点にいた。同行者は最初に調査に入ったのと同じセドリック、ロジェ、ケヴィンにクリストフだ。
今回は魔物に対して交渉をする必要がある。僅かな緊張を悟られないようにいつものように中心に行き、袋を掲げる。今日もどこからか視線を感じるがその姿は見ることがない。
ジャックは大きく息を吸い、叫ぶように言う。
「コレを持ってきた!だが今日は先に話を」
交渉を持ちかけようとしたとき、木々の上の方から枝葉が揺れる音がする。とっさに言葉を止め、そちらを見ると、大きな茶色い塊から金色の目がギラギラとこちらを見ていた。
木々の枝葉に隠れその全容を捉えることはできないが、人より大きい存在なのは確かだ。セドリックたちが抜剣し、戦闘態勢に入る。
だが獣はこちらを見るだけで、動かない。
「…お前たち、剣をしまえ。」
ジャックがそう言うと一瞬逡巡するも従い全員が剣をしまう。だがいつでも抜けるように警戒態勢は解かない。
「こちらに攻撃の意思はない!姿を見せてはくれないか!」
ジャックは攻撃の意思がないことを示すかのように両腕を広げ、剣から手を離す。すると獣の姿が一瞬見えなくなったかと思うと、目の前に現れる。
そこには短い体毛に細長い体躯の獣が現れる。金色の目は爛々とし、警戒と興味が見て取れる。最大の特徴は前足の爪とは逆側に大きな鎌のような刃がついていることと、しっぽもまた鋭利な刃物となっていることだ。体の大きさとほぼ変わらないその刃物は動きづらそうにも見えるが、その行動を阻害していないようなのは今目の前に俊敏に移動したことからもわかる。
ジャックはその姿を目にして、ゴクリとつばを飲むが平静を装い話しかけようとするが、獣はすぐに背を向け姿を見せたままどこかに向かう。そして少しばかり離れると、低く唸る。
「ついてこいって言われているみたいッスね…。」
クリストフの言う通り、こちらが動かなければ獣も動く気配がない。こちらを見ながら時折低く唸るのだ。
「ついていってみよう。この際罠でも構わん、今日は何かしら持ち帰れる。」
不安を感じながらも、ついていくしかない。
ジャックたちは獣の跡を追うのだった。
獣を追い初めて夜を森で過ごし、朝日が昇りまた移動して数刻たつ。獣はいまだ前を歩きながら時折後ろを振り返り様子を見てくる。
ジャックたちは疲労感を感じていた。魔の森で夜を過ごすことを覚悟していないわけではなかったが、突然だったため心の準備が足りていなかった。休むことなく歩きつづけるのは普段から鍛えている彼らにも肉体的な疲労が蓄積する。
また、魔の森の中を歩く際に獣とは別の魔物を見る機会もあったのだ。
空高くから柱が落ちているかと思えば、それは巨大な蜘蛛の足で。
人の話し声が下かと思えば花々がおしゃべりをしていたり。
闇の中木々の間から真っ白な顔が大量に浮かんでいるかと思えば大量の猿に囲まれていたり。
森の中では一切警戒が解けず、またいつ殺されてもおかしくない状況から精神的にも疲労を感じていたのだ。
「どこでもいいッスからどっかついてくんないッスかね…。」
「鍛錬が足りないぞ、この程度でへばるな。」
クリストフの言葉にケヴィンが厳しく言う。普段から人一倍鍛えているケヴィンは、これだけ歩いていてもまだ疲労感は見えない。
「余裕そうなのはケヴィンだけッスよ!そう思いません、セドリックサン!」
「ふふ、流石に寝る以外は休憩なしですからね。ですがまだ私は大丈夫ですよ。」
クリストフは味方を探し比較的体が細いセドリックに声をかけるが、セドリックは涼しい顔で受け流す。多少の汗はかいているようだが、息が上がっている様子は見られない。クリストフは味方がいないとガックリ肩を落とす。まるで無警戒のようだが、周囲の安全確認の視線は緩めていない。
しばらく歩いていると、周辺が明るくなったように感じる、森が一旦途切れるようだ。前を歩いていた獣が走り出し、消える。
「クリストフ、どうやらどこかについたようだ。」
ジャックの言葉に会話が止み、全員前を向く。その先に何が待っているか誰もわからない。どれだけ警戒してもしたりないことはないだろう。
問題ないことを確認した後、ジャックは森の出口に足を踏み入れた。
誰も言葉が出なかった。
開けた先には巨大な大木がそびえ立っていた。見上げると首が痛くなりそうでその途方もない大きさが実感される。大木の足元は泉となっているのか水面が見える。その周り生えた青々とした緑は森とは違い生き生きと光り輝いており、みずみずしさを感じる。色とりどりの花がまじり生えており、正しく天国かのようだった。
ふと獣の高い鳴き声がする。今まで聞いていた低いものとは全く違い、甘えるような震える声だ。獣が目を細め、大きな体を小さくしながら撫でられている。その人はまるで作り物のようにすべてが整っていた。手足は長く、森の中にいるのにどんな貴族よりも清く見える。長く絹のような銀髪は揺れるたびに光を反射しキラキラと輝き、その宝石のような赤い瞳は優しげな光を宿し、獣を大切にしていることが見て取れる。
こちらの視線を感じ取ったのか、彼女の視線が彼らを貫く。何も言えず、動けなくなった彼らをみて微笑む。
「お待ちしておりました。」
白いワンピースが揺れる。世界初の、世界樹とその調整者と人間の初の邂逅となる。




