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世界樹の役割と取引

柔らかな緑に囲まれ、清い空気が流れる。どこよりも生命に満ちているかのような空間で、ジャックたちは彼女と対面していた。声をかけられるまで見入ってしまっていた面々はその意識を取り戻すと、泉の近くまで誘導された。そこには小さな白いテーブルと椅子が置いてあり、普段から使われている形跡を感じられる。獣は女性から一通り撫でられると、大木を登り見えなくなったがおそらくどこからかは監視されているだろう。

ジャックたちは清潔感は普段より意識しているものの女性に怖がられるときのほうが多く、そんな男が数人近くにいても彼女から恐怖心や警戒心は感じられなかった。進められた着席を断っても、表情が変わることはない。その姿からは、多くの人が命を落としたとされる魔の森に住むものとは到底思えない。


「森の外のヒトと会うことはあまりないのですが、あの子がどうしてもというので今回お呼びいたしました。突然のお誘いに困惑されたことでしょう。」

「…この魔の森の中で貴方のような女性がいることのほうが驚きだ。」


女性からの問いかけにジャックが簡素に答える。

混乱する思考をなんとか押し留め、冷静を装わなければならないからだ。ジャックたちは最終的に魔の森の生命力の根源を手に入れることが目的であり、その過程で発生する犠牲は厭われない。もしこの女性がこの森について何かしら知っているのならば、危害を加えることも考えられるのだ。

また、はじめはその美しさと清廉さから目を奪われたものの、この魔の森の中で生きている以上普通の民間人の可能性は0に等しいのだ。場合によっては人間ですらないかもしれない。

セドリックも普段どおりの微笑みを絶やさないが、クリストフやロジェは警戒心からかその表情は硬い。


「このような見た目ですが、世界樹とともに生きているんですよ?私はスィフル。世界樹の調整者をしております。先程貴方達をここまで導いたのがヴィーです。」


スィフルは大木を見上げ獣を紹介する。するとどこからか低い唸り声が聞こえる。


「お気になさらず。あまり外のヒトを信用していない子なので…。貴方のお名前をお伺いしてもよろしいですか。」

「ジャック・ブルットだ。エンラッド王国第4近衛師団団長を務めている。彼らは俺の部下だ。」

「まあ、そちらの国はエンラッド王国というのですね。ではそちらの近衛師団の方がこの森に来た要件を先に聞かせていただいても構いませんか?」

「その前に聞かせていただきたい。貴方は何者なのか。」


スィフルからの直球の質問を躱す。質問に答えず、また逆に質問してくるジャックに大きな目を瞬くと、クスクスと軽やかに笑い始める。


「なにがおかしいんスか。」


ジャックが眉を寄せるのも気にせず笑っているスィフルに、クリストフが耐えきれず言葉を発する声に怒気こそは乗っていないものの、異常とも言える現状に恐怖と疑心がありありと感じ取れる。


「ふふ、何者なのか、なんておかしい。私は世界樹の調整者。それ以上でもそれ以下でもありませんもの。」

「…その世界樹の調整者とは一体なんのことだ。」

「調整者とは世界樹が整える生命を支える者。ときによってはその世界樹の手足となる者です。私の言動は世界樹と共に在ります。…それにしても、本当にヒトは世界樹のことを忘れてしまったのですね。いえ、そもそも興味もなかったのでしょうけど…。」

「世界樹のことは知っている。だがそれは伝説上の植物であり、現実には存在しない。」

「まあ、目の前にある樹を見てなおそんなことが仰ってるんですね。数百年前まではまだ世界中にその欠片がヒトと共にあったというのに…。残念なことです。」

「まさかこの大木は…、世界樹だというのですか…!?」


呆れを隠さないスィフルの言葉に、セドリックが驚愕を顕にする。ジャックたちにとって世界樹とは伝説として伝わるもので、現実にはない空想上のものだと考えられていた。またその伝説も一部の人間が教養として知るもので、多くの市民はその伝説すら忘れられていた。セドリックやジャックはかすかに記憶にあるものの、クリストフやケヴィンは思い当たらないようだ。首を捻っている。

セドリックが大木を見つめ、その存在を確かめながらもそれが本当に世界樹なのかはわからず疑惑の目で見ている。だが、彼ら全員これほど大きな樹を見ることは初めてで、雄大さと触れなくても感じ取れる生命力に嘘だと否定できなかった。


「世界樹が本当に存在した…?。伝説では世界樹は大陸全土の生命の根幹だとかかれていたが、それは正しいのか?」

「そうですね、そこまで相違はないと思います。」

「ではこの森の外では多くの草木が育たなくっているのは世界樹に関係しているということか。」

「関係はしておりますね。」


ジャックが険しい顔をして問いただしても、スィフルは濁したような返答を返す。


「…その理由を話すつもりはない、と?」

「いえそんな。ただまるで世界樹が悪いみたいな言い方されるから、本当に何も知らないのだなと思いまして。」

「なに…?」

「森の外でどこまで生命が育たなくなっているのかは全ては把握はしておりませんが、その原因は貴方がたヒトの行いによるものでしょう?」

「一体何のことを言っている。」


スィフルはジャックたちに視線を向け、その瞳に今まであった慈愛が消えどこか遠くを見るように話し始める。


「かつて世界にはこの世界樹の苗木が多くの場所で植えられていました。それは世界樹が大陸中に根を伸ばし、生命の循環を助け淀みを浄化するための基礎となるもの。世界樹と苗木が大陸各地に在ることで、生命は育まれておりました。」


「ですがいつしかヒトがその苗木を刈るようにようになったのです。時が経つに連れてその数は少なくなっていき、今や数えられる程しかありません。苗木がなくなれば世界樹のその土地への影響力は弱まり、いつしか生命が枯れていく。」


「はじめは偶然の出来事だと思いました。ですがヒトの街の近くから順に苗木がなくなっていけば故意に刈り取られていることは察せられます。貴方がたヒトが何故苗木を刈り取ったのかは知りませんが、世界樹に影響が弱まればその土地を生き返らせることはできないのです。」


歌うように言葉を紡ぐスィフルにジャックたちは言葉をつまらせる。

世界樹の苗木があること、その苗木が人間の手によって刈り取られていることなど初めて知ったからだ。


「待てよ、じゃあもう一度その苗木ってやつ植えればいいだろ!?」


どこか考えの読めない態度に我慢できずクリストフが叫ぶ。

クリストフの粗粗しい言葉にジャックがうなずき、スィフルを見やるもその表情からは何も読み取れない。ただ微笑みが在るだけだ。


「それでまた貴方がたが苗木を刈り取るのですか?」

「そんなんするわけないだろッ!このままじゃ皆死んじまうのに!」

「それを私に信用しろというのでしょうか?刈り取った貴方がたが?」

「落ち着け!」


激高するクリストフをケヴィンがなだめる。それを横目にセドリックが話し出す。


「私たちはその苗木が刈り取られたということを知りません。一部の人間が行った行為だったとしても、そのようにおっしゃられるのでしょうか?」

「ふふふ、本当におかしい方たちですね。貴方がたとかつて苗木を刈り取ったヒトと違いがあるとでも言うのですか?私はヒトが苗木を刈り取るという選択をした、という認識をしています。ヒトという種の選択だと。だってだれも刈り取ることを止めなかったんでしょう?そんな大事なものなんて()()()()()()()()。」

「それは…。」

「何も伝わっていないのが確かな証明ではないでしょうか。知らなかったから考えなかった。それだけです。世界樹についても、苗木についても、調整者についても。無知による選択だったというだけ。ヒトの選択を踏まえて、私達も選択しているのです。ヒトの文明が在る限り、今管理できている以外に苗木を植えることはしないと。」


スィフルの言葉に何も言えるものがいなかった。

知らないから、どこかのだれかに責任を押し付けて許しを請うこともできなかった。

知らないから、スィフル達世界樹の選択に異を唱えることもできなかった。

知らないから、どうすればいいのかわからなかった。

突然草木が枯れ始めたと思っていたが、始まりは人間にあったこと。そのことすらも、何も知らなかったこと。無知が無知を呼び、何も知らなかったのだ。


ジャックは真っ白になった頭を振り、また考え始める。このまま今知ったことを嘆いても仕方がない。スィフルから、世界樹がどうにか苗木を植えてもいいと思えるように考えなければならない。

黙り込んだセドリックや考え込むジャックをよそに、スィフルは話し始める。


「さて、そちらのお話はよろしいでしょうか?よろしければ、次に私が貴方がたをこちらにお呼びした件で話をさせていただきたいです。」

「…獣、ヴィーと言ったか。要件があると言っていたが。」

「はい。こちらの袋を頂いていたと思うのですが、中に入っていた甘味を大層ヴィーが気に入りまして…。よろしければ時折森にいらしていただいて、交換していただけないかと思いまして。」

「…何と交換するというのだ?」


袋から砂糖菓子を取り出し、机の上に固めて並べる。シィフルは中身の無くなった袋をおもむろに両手の手のひらで包むように隠し息を吹きかける。する指の隙間からまばゆい光が漏れ出す。


「こちらの種では如何がでしょうか。苗木ではありませんが、この種は死んでしまっている土地でも芽を出すことができます。大量というわけでもありませんが、果実もなります。」


何も入っていなかった袋が膨らみ、その中から一つの種を取り出し、ジャックたちに手渡す。魔法とは違った奇跡のような光景に見惚れていたジャックは差し出された種を見つめる。果実。そんな物今ではめったに食べられない物だ。どんな種も育たないと言われていた中でこの種が本当に芽を出せるのかは疑問だったが、先程の光景がまぶたから離れない。


「っ砂糖菓子は高価なもので、今後も持ってこれるか俺だけでは判断できない。報告したのち決めさせてもらってもいいか。」

「もちろん。こちらは今までの分としてお渡しします。」


ニコリと笑いスィフルはジャックに袋を渡す。

小さな袋だったがジャックはとてつもなく重く感じ、丁重に他の袋に入れるのだった。


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