第四十二話「不和の理由(SIDE:クロウ)」
ルビィに騒いでいるヒポグリフ……たしかポポとかいう名前を付けたんだったな……をどうにかするように言いつけた後、俺はサロンにやってきた。
少し飲み足りなかったから、一人で酒でも飲もうと思ったのだ。
ところが、そこには先客がいた。
「おや、兄さん」
シャルだ。
カウチに座るシャルの手にはワイングラス。
どうやらこいつも飲み足りなかったらしい。
俺は無言でシャルの対面に腰を下ろす。
持ってきたグラスをテーブルに置くと、シャルが「どうぞ」とボトルからワインを注いだ。
血のように赤いワインがグラスを満たす。
「ああ」
俺は短く返して、グラスに口をつけた。
「兄さん……」
こちらを窺うように、シャルが口を開く。
「どうした?」
「ルビィさんのこと……すみませんでした」
「……なんの話だ?」
いや、本当はわかっている。
シャルが謝罪しているのは、自分があの女の血を吸ってしまったからだろう。
吸血鬼……特に俺たちのような純血種以上の吸血鬼の家族には、暗黙の了解めいたものが存在する。
それは、『お互い同じ相手から吸血しない』というものだ。
なぜそんな習慣があるのかは知らない。とにかく何百年も前から存在しているのだ。
正直、俺はそこまで気にしたことはなかった。
シャルが俺と同じ人間から血を吸っても、特になんの感慨も抱かないだろうと思っていた。
「私がルビィさんから吸血したこと……兄さん、怒っている様子でしたから」
「怒ってなどいない」
「ですが夕食のとき……」
ルビィにワインを勧める俺をやんわりと止めようとしたシャルに、おかしな態度を取ってしまったのは認める。
そうだ、おかしい。俺はどうしたんだ。
呼び名の件といい、まるで……いいや、そんな馬鹿な。
かぶりを振って、馬鹿げた考えを振り払う。
「兄さん?」
「ん、ああ……どうした」
「いや、兄さんこそどうかしたんですか?」
シャルが心配するような眼差しを向けてくる。
「なんでもない。それからルビィの件は気にするな。あいつの血を吸わなければ、お前の身が危なかったのだろう」
シャルがルビィから吸血したのは、不可抗力のようなものだ。
二人が行った町には、他にも人間はいくらでもいただろう。
だが、シャルは町の人間からは血を吸わなかった。
ルビィの目を気にして?
……違う。
町の人間から怪しまれないために?
……それも否だ。
シャルが町の人間から吸血しなかったのは、そうしたところで無意味だからだ。
歴史書に軽く目を通して判明したのだが、この時代を生きる人間は魔力を持っていないらしい。
俺たちが生きた時代から二〇〇年が過ぎたこの世界は、魔法というものが衰退してしまったようなのだ。
そうなった経緯はまだ不明だが、とにかく魔法は伝説上の存在になってしまった。
俺たち吸血鬼が人間から血を吸うのは、そこに宿る魔力を摂取するための行為だ。
だから魔力を有していない人間から吸血しても、意味がない。
吸血鬼は魔力の気配に敏感だ。
シャルも、町の人間を目にして気がついただろう。
この人間たちは、魔力を持っていないと。
だから限界まで耐える羽目になってしまった。
そして、ルビィの血を吸うしかなかったのだ。
魔法が衰退してしまった世界……
ルビィは俺たち吸血鬼にとって、重要な存在となってしまったわけだ。
父上の復活について研究するより先に、俺たちが生きていくための術を見つけ出さなければならないだろう……
「クロウさん、ちょっといいですか」
不意に降ってきた声に、思考が中断される。
顔を上げると、そこにはメイド姿のルビィが立っていた。




