第三十七話「メイド」
「ささ、冷めないうちに料理をどうぞ」
クロウとシャルさんに食事を勧める。
「ルビィ、食べる前に一つ言っておく」
「なんでしょうか」
温かいうちに早く食べて欲しいんですけど。
「正直なところ、俺は味にうるさいぞ」
「え、はぁ……」
つまり、わたしの料理が口に合わなかったらブチ切れたりしちゃうのかな。
ちょっと怖いけど、大丈夫。料理の腕には自信がある。根拠はないけど。
「覚悟はいいか」
なんの? と思いつつ、わたしは頷く。
クロウがスプーンを手にした。
ポトフのお皿から、スープを掬って一口。
「…………」
クロウは無言のまま、次はお肉と野菜も口に運んだ。
咀嚼して、飲み込んだ様子が伝わってくる。
「…………」
クロウはそのまま、どんどん食を進めていく。
ちょっとちょっと、感想は?
「私も頂きます」
様子を見ていたシャルさんもスプーンを持ってポトフを食べ始めた。
「これは……とても美味しいですよ、ルビィさん」
「あ、ありがとうございます」
褒められると、素直に嬉しい。
「クロウさんはどうなんですか?」
無言でポトフを食べ続けるクロウに、たまらず訊いてみる。
「……まあまあだな」
などと仰る割に、クロウのお皿はすでにからっぽだった。
「おかわり、いかがですか」
「……もらおう」
クロウのお皿に、鍋からポトフをよそう。
「どうぞ」
「ああ」
「ところで、美味しいですか」
二杯目のポトフを食べにかかるクロウに、わたしは改めて感想を求めた。
「…………悔しいが、うまい」
「よしっ」
思わずガッツポーズをしてしまう。
おっと、はしたないですわ。なんて今更な気もするけど。
さてさて、わたしも食べようっと。
ようやく自分の分を食べ始める。
うん、やっぱり我ながら美味しい。パンとチーズも最高だ。
「ところでルビィ」
パンを頬張っていると、不意にクロウが声をかけてきた。
口内のパンを飲み込んでから、わたしは「はい?」と返す。
「お前、今後も俺たちと行動を共にするんだったな?」
「えっと……はい、そのつもりです」
行くあてもない。
外の世界には魔物とかいるみたいだし、一人で放り出されたら困る。
「つまりは、この屋敷に住まうんだな?」
「そうですね……住まわせてもらえるなら助かります」
「よし、ならば条件がある」
一瞬、ニヤリとクロウが口角を上げた。
なんだろ、なんか言質を取られたような気がする。
「条件……ですか?」
あれかな。血を寄越せとか。
うーん、頻繁に吸われるのはちょっと辛いかも。
身体的にじゃなくて、精神的によろしくない。
なんというかアレ、すっごく恥ずかしいのだ。
「ルビィ、お前――メイドになれ」
「――え?」
いきなりなにを言い出してるんだ、このお方は。
「メイドって……あのメイドですか?」
お帰りなさいませ、ご主人様的な。
「なるほど……いい考えですね、兄さん」
おお、シャルさんも乗っかってきた。
さっきまでクロウと妙な空気だったのに。
そもそもなんだけど……
「なんで、わたしがメイドに?」
「自慢じゃないが、完璧な俺様も家事だけはできん」
それはもはや完璧とは言わないのでは。
まあ、たしかに自室も酷い有様だもんね。
「そして、シャルも似たようなものだ」
「恥ずかしながら……」
で、現在この屋敷には家事をしてくれるメイドがいないと。
だから、わたしに白羽の矢を立てたわけだ。
「お二人とも家事ができないということは、もちろん屋敷には使用人がいたんですよね?」
シャルさんも、「使用人はもういない」みたいなことを話していたような。
「ああ、執事やメイドがいた」
うーん、あんまりちゃんと覚えていないけど、あの日――
わたしが前世の記憶を取り戻した日、屋敷には使用人らしき姿はなかった気がする。
「あの、儀式の日なんですけど……執事もメイドも見当たらなかったような」
「当然だ。あの日は使用人を全員、屋敷の外に出させたからな」
「なるほど……」
「それで、どうなんだ?」
クロウが、わたしに返答を促す。
メイドになれという条件を出すってつまり、あれだよね。
料理の腕前を認めてくれたんだよね、たぶん。
それはちょっと、悪い気はしない。
ううん。正直、かなり嬉しい。
それによく考えると、無条件で屋敷に置いてもらうのは気が引ける。
だからってメイドになる必要があるのかは、ちょっと謎だけど。
だって家事なら、わざわざ『メイド』という立場にならなくてもできるわけだし。
でもまあ、こういうのは形が大事なのかもしれない。
うん、決めた。
「なります」
わたしは、吸血鬼兄弟のメイドになったのだった。




