表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

40/71

第三十五話「ちゃん」

 さて、結果から言うと料理は大成功したと思う。


 ――だけど、ちょっと大変だった。


 厨房に来て最初にしたのは、調理器具の点検。これはすぐに済んだ。

 次は準備だけど、ここからが手間取った。

 この厨房には、水道もコンロも存在しないからだ。

 あるのは大きな暖炉と、かまど。薪で火を起こさないといけないやつ。

 薪は厨房に使えるものが残っていたから、それを使った。

 火を起こすのに、少し苦労した。火の魔法とか使えたら楽だったのかな。


 次は水だ。屋敷の裏庭に井戸があるとシャルさんに教えてもらったので、そこから汲んできた。涸れてないか不安だったけど。


 準備には少し手間取ったけど、料理自体はスムーズに進んだ。

 前世で慣れているし、そこまで難しいものは作ってないからだと思うけど。

 火にかけた鍋の中でグツグツと煮込まれている「それ」の様子を確かめる。


「もういいかな」


 鍋の中身をお玉で少量だけ掬って、小皿に注ぐ。

 それを口に含んで、味を確認する。


「うん、我ながら美味しい。あとは……パンとチーズもいるよね」


 うーん、お酒もあった方がいいのかな。

 わたしは苦手だから飲めないけど。

 でも厨房には、お酒の類いは見当たらないんだよね。

 料理用とかに置いてありそうなものだけど。

 シャルさんかクロウに確認してみよう。

 人数分の盛り付けをして、運搬用のワゴンに乗せる。

 ワゴンを押して、わたしはダイニングルームに移動した。

 広いダイニングルームの大きなテーブルに、食事の用意を調えていく。


「よし、完璧」


 準備は万端、後は二人を呼んでくるだけだ。

 あ、お酒についても確認しなきゃだっけ。

 とりあえずサロンに行ってみよう。

 二人がまだそこに居てくれたらいいんだけど。



 サロンに行ってみると、シャルさんしか居なかった。


「おやルビィさん、どうしました」


「食事の用意ができたので呼びに来たんですけど……クロウ様は?」


「兄さんは部屋に戻ってしまいました。先ほどの歴史書に目を通しているのでしょう」


「ああ、なるほど。じゃあ呼んでくるので、シャルさんはダイニングで待っていてもらえますか?」


「わかりました」


 あ、そうだ。その前に確認しなきゃだった。


「シャルさん、お酒ってあったりしますか?」


「お酒ですか」


「はい、夕食にあった方がいいかなと思って」


「たしかに、あれば嬉しいですね。では、探して持っていきましょう」


「お願いします」


 お酒はシャルさんに任せて、わたしはクロウの自室へ向かう。

 扉の前に立ってノックをすると、すぐに声が返ってきた。


「入れ」


「失礼します」


 扉を開けて、中に入る。

 ……うーん、やっぱり散らかってるなぁ。


「なにか用か?」


 机で歴史書に目を落としながら、クロウは問いかけてきた。


「クロウ様、食事の準備ができました」


「わかった」


 本を閉じて、椅子から立ち上がる。

 近くまで来たクロウが、ふと足を止めた。

 わたしの顔をジッと見つめてくる。

 な、なに? もしかして、また血を吸いたいとか言い出さないよね。


「ルビィ」


 低い声で、クロウはわたしの名前を口にする。


「は、はい」


「お前、さっきシャルを『シャルさん』と呼んでいたな?」


「え?」


 いきなり、なんの話だろう。

 たしかに町での調査以降、シャルさんって呼んでるけど。

 もしかして、怒ってるのかな。ちょっと不機嫌な感じだし。

 弟を馴れ馴れしく呼ぶな、とか。


「えっと……ごめんなさい」


「なぜ謝る?」


「いや、そう呼んじゃいけないのかなと」


「別に構わん。シャルは了承しているのだろう」


 はい、とわたしは頷く。

 うーん、クロウがなにを言いたいのかわからない。

 問題ないなら、なんでわざわざ指摘してきたんだろう。


「構わんが……気に食わない」


「え、やっぱり駄目なんですか?」


 どっちだよ、と突っ込みたくなる。


「いいや。気に食わんのは、俺様に対する呼び方だ」


「クロウ様の呼び方、ですか?」


 なんだろう。もっと敬った呼び方をしろっていうのかな。

 様付け以外になんかある?


「そうだ。なぜ俺だけ『クロウ様』なんだ? まあ、俺様を敬いたくなる気持ちはよくわかる。滲み出てしまっているものな、威厳と気品が」


「えーと……」


 つまり、どういうことなの?


「……もしかして、なんですけど。自分もシャルさんみたいに呼べと仰ってますか?」


 そう訊ねると、なぜかクロウは真顔になった。


「言ってない」


 なんだそれ!

 と、声を張り上げたいけど胸の内に留めておく。


「……だがまあ、お前がどうしてもと懇願するなら、特別に許可してやらんでもない」


「ええ?」


「だから、俺もシャルのように呼ぶという話だ」


 それはわかってる。だけど……


「懇願まではしないです」


 別に「クロウ様」と呼ぶのに抵抗もないし。

 わたしが答えると、クロウは信じられないというような目をした。


「この俺が許可すると言っているのに……?」


 そこまで声を戦慄かせるような事態なのか。


「えっとですね。シャルさんの場合は調査上、必要性があって仕方なくそう呼ぶようにしただけで……」


「そんなことはどうだっていい」


 ぴしゃりと言葉を遮られる。


「俺だけ『違う』というのが気に入らんのだ」


 もしかして意外と子供っぽい?


「……ならば、これは命令だ。ルビィ、俺様もシャルのように親しみを込めて呼べ」


 別にわたしはクロウの家来でもなんでもないので、命令に従う謂れはないのだけど……

 ま、いいか。これ以上、話が長引くと料理が冷めてしまう。


「わかりました。それでは……クロちゃんでいいですか」


「いいわけないだろう、アホか」


 なんで?


「親しみを込めろと仰ったじゃないですか」


「だからといって『クロちゃん』はないだろ」


「じゃあ、クーちゃんでいいですか」


「よくない。無意味に縮めるな」


 文句が多いなぁ。


「では、クロウちゃん……」


「ちゃん付けもよせ」


「わかりましたよ。だったら、クロウさんでいいですかいいですね」


 無難だけど、これ以外にないでしょ。


「おい、投げやりになってないか……だが、まあいいだろう」


「ではクロウさん、早くダイニングに行きましょう。せっかくの夕食が冷めてしまいますから」


 ようやく納得してくれたクロウと連れ立って、ダイニングルームに戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=49427196&si
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ