第三十三話「帰着」
森の入口に着く頃には、すっかり日が沈んでしまっていた。
「あ、おねえさーん!」
「ポポちゃん!」
モフモフの丸っこい姿が、わたしたちを出迎えてくれる。
「……ああ、やはり愛らしい」
背後でシャルさんがそう呟いていた。
本当に好きだな。気持ちは大いに理解できますけど。
「……あれ?」
ポポちゃんが、わたしに顔を近づけてくる。
「うん? どうかした、ポポちゃん?」
「おねえさん、どこかけがでもしたの?」
「え?」
心配そうな眼差しで、ポポちゃんがわたしを見つめてくる。
ウルウルとした瞳が、わたしを……わたしを……!
うん。落ち着こう。
「怪我なんてしてないよ」
あ、いや、待てよ。
わたし、シャルさんに噛まれたじゃない。でも、その傷はもう薬で治ってる。
だから、やっぱり怪我はしていないはずだけど……
「でも、おねえさんからちのにおいがするよ。それに、えりのところもよごれてるし」
あ、本当だ。外套の襟に、わたしの血が付着している。
「……もしかして」
ポポちゃんが、ギロリとシャルさんを睨めつける。
「きんぱつきゅうけつきに、ちをすわれた?」
ポポちゃん、鋭い。
「おねえさんにつらいおもいをさせるなんて……ゆるさなーい!」
ドガガガガ! と、ものすごい音が響く。
シャルさんの額を、ポポちゃんが嘴で何度も突いた音だ。
「ぐはぁ!」
持っていた荷物を宙に放り投げながら、シャルさんが仰向けに倒れた。
うわぁ、めちゃくちゃ痛そう。
「だ、大丈夫ですか」
倒れたシャルさんを覗き込む。
「ふふ……怒った姿も愛らしい」
あ、なんかまったく問題なさそう。
額がすごく真っ赤になってるけど。それだけで済むっていうのもすごい。
「おねえさん、やしきまでぼくにのっていって!」
「いいの?」
「もちろん!」
まだ歩けるぐらいの元気は残っているんだけど……ポポちゃんに乗せてもらえるというのは魅力的な提案だ。
ポポちゃんが少し身体を屈めてくれる。
「それじゃあ失礼して……よっと」
すごい。見た目通り、乗り心地もフカフカだ。
「なんて羨ましい……!」
音もなく起き上がっていたシャルさんが悔しそうに呻くのだった。
ポポちゃんの上は、とても快適だった。
「とうちゃーく」
暗い森の中を進み、屋敷の前に帰り着く。
「よいしょ」
わたしは、ポポちゃんから降りる。
「ありがとう、ポポちゃん」
「どういたしまして~」
ポポちゃんの頭を撫でる。うーん、やっぱり癒されるなぁ。
「……何事もなかったですね」
シャルさんが安堵したようにそう口にした。
そういえば、森に入ってからやたらと周りを気にしていたみたいだったけど……
「どうかしたんですか、シャルさん?」
「ルビィさんは、なにか感じませんでしたか」
「いえ、特には……ちょっと不気味だなってぐらいですね」
「そうですか……」
「え、なにかあるんですか?」
シャルさんが背後を振り返る。
「昼間とは違い、なにか妙な気配があるような気がしまして」
「それって、魔物ですか?」
「おそらくは……」
言葉の歯切れがよくない。確信が持てていないような感じだ。
「おかしいなぁ」
と、ポポちゃんが漏らす。
「どうしたの?」
「このもりに、まものなんていなかったはずなんだけどなぁ」
「そうなんだ……あれ、でもポポちゃんは?」
「ええ?」
「ポポちゃん……ヒポグリフは大別すれば魔物だってクロウ様が言っていたような」
「ははっ」
あれ、もしかして笑って誤魔化した?
「ルビィさん、ポポはなんと?」
「この森に魔物なんていなかったはず、だそうです」
「ふむ……もしかしたら、これもまた聖女の封印が関係しているのかもしれませんね」
「聖女の、ですか?」
「ええ。この森には聖女の封印が存在していた。それが、魔物除けになっていたのではないかと」
なるほど。でも封印が消えちゃったから、魔物が寄ってきたのかな。
「……いきなり襲ってきたりしないですよね」
「おねえさん、まものがでても、ぼくがおいはらうよ!」
なんとも頼もしい。
「屋敷の近くにいる限りは大丈夫でしょう。ですがルビィさん、決して一人で出歩いたりしないように」
「わ、わかりました」
魔物が出ても、今のわたしには対抗手段がない。
……この世界で生きていくなら、なにか考えないと駄目だ。




