第三十二話「不調②」
やがて、シャルさんはゆっくりとわたしから離れる。
振り向くと、シャルさんは恍惚とした表情で口元の血を拭っていた。
「ル……ルビィさん……」
ハッとした顔になって、シャルさんはわたしに近づこうとする。
わたしは反射的に、身を強張らせた。
シャルさんが動きを止めて、眉尻を下げる。
「……すみません、私は……」
「……いえ。大丈夫、です」
わたしは、なんとか笑ってみせる。
とはいえ、ちょっと怖かったというのが本音だけど。
「シャルさんは、もう平気ですか」
「は、はい、おかげさまで……」
気まずそうに、シャルさんが答える。
「ならよかった」
そこで脱力感に襲われて、ふらつきを感じた。
「ルビィさん!」
駆け寄ってきたシャルさんが、わたしを支えてくれる。
「本当に申し訳ありません、私のせいで……」
謝るシャルさんに促されて、今度はわたしが岩に腰かけた。
うーん、クラクラする。
クロウに吸われたときより辛い。
「……大丈夫ですか?」
「すいません、ちょっと大丈夫じゃないです」
わたしはきっぱりと答える。
「シャルさん、休んでいってもいいですか? また帰りが遅くなっちゃいますけど」
「もちろん……そもそも私の責任です」
シャルさんは目を閉じて、わたしに頭を下げる。
うーん……この世界の吸血鬼ってもっとこう、「人間はエサだぜゲハハハハ!」みたいな印象だったんだけどな。
いや待てよ、クロウとシャルさんはそうでもなかったっけ?
記憶が曖昧だ。それに頭がボンヤリしてる。
……あ、そうだ。
はたと思い出して、外套のポケットに手をいれた。
「あった」
ポケットの中から、それを取り出す。
手のひらサイズの小さな瓶だ。
中に詰まっているのは透明な液体。
「ルビィさん、もしかしてそれは……」
「はい。クロウ様にもらった薬です」
クロウから血を吸われた後に飲んだ薬。
この薬には噛まれた傷の治癒と、魔力を回復する効果がある。
出発前に、念のためにと渡されていたんだった。
きっとクロウは、シャルさんがこうなることを見越していたんだろう。
瓶の栓を抜いて、中身を一気に飲み干す。
うぅ……やっぱり苦い……。
でも効果は抜群だ。シャルさんに噛まれた傷が、たちどころに治っていくのがわかる。眩暈もマシになってきた。
「……ふぅ。シャルさん、少し休んだら出発しましょう」
「平気なのですか?」
「はい、歩けるぐらいには回復するので」
前回もそうだったし。
「あ、でも……」
わたしは地面に置かれた荷物に目をやる。
さすがに持って帰るのは、まだきついと思う。
「荷物でしたら、私が持ちます」
察しのいいシャルさんだった。
「でも、結構ありますよ?」
「問題ありません。これぐらいは、させて頂きたいのです」
決然と言われて、わたしは頷く。
しばらく休んでから、わたしたちは出発するのだった。




