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第三十一話「不調」

 市場で買い物をしていたら、すっかり夕暮れ時になっていた。

 荷物を持ったわたしとシャルさんは町を出て、街道を歩く。

 屋敷に帰る頃にはもう日が沈んでいそうだ。


「……ふう」


 ちょっと荷物が重いかも。

 はりきって買いすぎたかな。でも食べる物は必要だもんね。

 でも、シャルさんにも持たせちゃったのは申し訳なかったかな。


「シャルさん、荷物重くないですか?」


 少し前を歩くシャルさんに声をかける。

 ……あれ。返事がない。聞こえてないのかな。


「おーい、シャルさーん」


「……ああ、すみません。少しボンヤリしていました。どうかしましたか?」


 今度は反応があった。でも、なんだか様子がおかしい気がする。

 わたしは歩調を早めて、シャルさんの前に回り込んだ。

 驚いたように、シャルさんが足を止める。


「ルビィさん?」


 わたしは、じっとシャルさんの顔を覗き込む。

 夕日が差して少しわかりにくいけど、ちょっと顔色が悪い気がする。


「シャルさん、もしかして体調が悪いんじゃないですか」


「……いいえ、私はすこぶる快調ですよ」


「本当にですか」


 ずい、とシャルさんに寄った。


「……ええ、本当です。まったく問題ありません。ほら、早く帰りましょう」


 わたしを避けて、シャルさんは前に進もうとする。


「待った!」


 行かせるか、と再びシャルさんの前に回り込む。


「少し休憩しましょう」


「しかし、もう日が暮れて……」


「ちょっとぐらい平気ですって」


 これ以上ポポちゃんを待たせるのは、気が引けるけども。


「シャルさんが倒れても、わたし運んで行けませんよ」


 胸を張って宣言する。


「つまり困るので、休みましょう。ほら、ちょうどあそこに、おあつらえ向きの場所がありますし」


 わたしが指さした先にあるのは、いい感じの木陰と椅子代わりにできそうな岩だ。


「……わかりました」


 困ったように微笑みつつ、シャルさんは了承してくれた。

 二人で木陰まで歩いていく。岩はひとつしかない。


「シャルさん、座ってください」


「ありがとうございます」


 シャルさんは荷物を置いて、岩に腰かけた。

 わたしも荷物を地面に下ろして、うーんと伸びをする。

 ちらりとシャルさんに目を向けてみた。


「……は……は……っ」


 あれ、なんだか悪化してる……?

 シャルさんは胸を押さえ、辛そうな呼吸をしていた。


「ちょ、ちょっとシャルさん、大丈夫ですか?」


「……は……来ないでください!」


 鋭い声音に、わたしは身を固くした。


「……はぁ……は……あっ……ルビィさん……理解しているかわかりませんが、私も吸血鬼なんですよ」


 ――ああ、そうか。

 無意識に考えないようにしていたのかも。

 シャルさんだって、クロウと同じなんだ。

 吸血鬼は、活動するだけで多くの魔力を消費してしまう、らしい。

 だから魔力が多く含まれる血液を吸わなければならない。

 そうしないと理性をなくしちゃうんだった、よね。

 なら、わたしが今やるべきことはひとつだけだ。


「あの、シャルさん……」


 口を開くと同時。

 わたしの背後でカラスのような鳴き声が大きく響いた。

 驚いて、思わず身体ごと後ろを振り向く。

 するとそこに立っていた木から、大きな鳥が羽ばたいて行った。


「び、びっくりした……」


 心臓がバクバクいってる。

 さて話の続きを……と向き直ろうとしたところで、不意に後ろから抱きとめられた。


「シャ、シャルさん……!?」


 戸惑うわたしの顎に、シャルさんの手が触れた。

 なにこの状況。さっきより心臓が暴れてる。


「……はっ……あ……」


 シャルさんの口から、苦しそうな息がこぼれる。


「ちょ、ちょっと……シャルさん?」


「ルビィさん、すみません……貴女に負担をかけるのは心苦しいのですが、しかし……私はもう限界のようです……」


 か細い声で口にしながら、シャルさんはわたしの外套の掴み、首筋を露出させた。


「シャ、シャルさん……!」


 わたしは身体を動かして、シャルさんを引き離そうと試みる。

 たしかに血を提供しようとはしたけど、こんな強引な形でなんて考えてなかった。

 なんとか抵抗してみるけど、シャルさんはビクともしない。

 そうするうちに、シャルさんが頭を動かす。

 わたしの首筋に顔を近づけて、シャルさんは口を開いた。

 鋭い牙が、わたしの首にブツリと食い込む。


「い……た……」


 鈍い痛み。血を、魔力を吸われている感覚。

 じゅる、ごく……と、血を啜り嚥下する音が耳朶に響く。


「――……っ」


 なんだか恥ずかしい気持ちになり、わたしは両目をきつく閉じた。

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