第三十話B「礼拝堂にて(SIDE:ミカエラ)」
教会に入ったオレは、まっすぐに礼拝堂へと向かう。
会いたい人物は、きっとそこにいるはずだ。
「さっきのお姉さん、面白かったね」
後ろをついてきているライオネルが、楽しげに声を弾ませた。
オレは狼であるライオネルと会話を交わすことができる。
いや、狼だけじゃない。昔から、色んな動物と話すことができた。
「珍しいな、お前が気に入るなんて」
ライオネルはオレ以外の人間に、ほとんど気を許さない。
今日は槍でも降るんじゃねえか。
「あのお姉さんは、いい匂いがしたんだ」
「いい匂い? 食うのか?」
「違うよ! 肉食だけど、人間は食べないし!」
知ってる。単なる軽口だ。
「なんだろう……説明は難しいけど、優しくてあったかい匂いだよ」
「ふーん……」
まるでわからねえ。変な女って気はしたが。
「そっちも楽しそうに話してたじゃない、ミカちゃん」
「は? 気のせいだろ。あとミカちゃんはやめろ」
からかうような口調のライオネルを睨む。
くそ、あの女……妙な呼び方しやがって。
そうこうするうちにオレたちは礼拝堂の奥まで進み、目当ての人物の前に立った。
「おや、ミカエラくん」
こちらに気がついたそいつが、少し意外そうな声を出す。
カソックを着た、温厚そうな顔をしている男だ。
年齢を聞いたことはねえが、見た感じ三十代ぐらいだろう。
こいつは服装の通り、この教会の神父を務めている。
「珍しいですね。『依頼』がないのに、町へ顔を出すなんて」
「……まあな」
普段、オレは「依頼」がなければ町を訪れない。
他人は苦手だし、住人が狼のライオネルを怖がるからだ。
たまに、さっきの女みたいに犬と勘違いするやつもいるが。
「どうかしたのですか?」
「ここらで最近、変わったことは起きてねえか」
オレの質問に、神父は顎に手を当て考え込む。
「変わったこと……例えば、どのような?」
「まあ、オレが出向いてくるようなもんだな」
神父は緩やかに首を横に振った。
「いや、最近だと魔物やらの被害は出ていないはずだよ」
「そうか……」
オレは魔物狩りを生業としている。
代々、そういう家系に生まれたからだ。
どうもオレの家は聖女プリムラの子孫……らしい。
同じく魔物狩りだった両親から聞かされた話だから、嘘か本当かはわからない。
ただ、聖女プリムラもオレみたいに動物と会話ができたという言い伝えがある。
だからなんだという話なんだが。
「もしかして、なにか感じたのかい?」
神父が眉をひそめ、オレに訊ねる。
「ああ」
昔から、よくない気配に敏感だった。
魔物だの亡者だのが出やがるときは、決まって胸糞悪い感覚が纏わりつく。
そんな嫌悪感を、町の周囲に感じ取ったのだ。
「ふむ……なら、気をつけておくよ。町の衛兵にも警戒をするように伝える」
「そうしてくれ。ところで、この辺りにはたしか曰く付きの場所があったよな」
「魔の森と、魔法使いの塔跡かい?」
「ああ、そいつだ」
どっちも聖女プリムラの伝説が残ってるとか聞いたような気がする。
魔の森には吸血鬼を封印したって話だったか。
魔法使いの塔跡は、聖女と戦った悪の魔法使いの根城だったらしい。
「そこがどうかしたのかい?」
「どっちが町から近い?」
「うーん……両方そう変わらないと思うね。でもまあ、どちらかといえば魔法使いの塔跡が近いんじゃないかな」
「わかった。じゃあな」
別れを告げて、神父に背を向ける。
「ミカエラくん」
歩き出したオレに、神父が声を投げかけてきた。
「ありがとう」
なんの礼かは知らないが、オレは立ち止まらずに背を向けたまま片手をあげて応える。
そのまま、礼拝堂を後にするのだった。
「なにカッコつけてんの?」
「うるせえよ」
礼拝堂を出た途端、ライオネルが絡んでくる。
まったく口の減らないやつだ。
「行くぞ」
「ねえ、なんとかの跡ってとこになにしに行くの?」
「魔法使いの塔跡な。念のための確認だよ」
ライオネルが不思議そうに頭を捻る。
「確認って?」
「あそこには妙な噂もあるみてえだしな。夜になると亡霊が出るとかなんとか」
「ふーん。じゃあ、その亡霊がミカエラの感じた気配の正体なのかな」
「わからねえ」
だから、それを確かめに行く。
なにもなければ、それでよし。
もしもなにか出やがったときは……オレは背中に背負った剣の柄を握る。
なにが出ようと、叩き斬ればいい。
「ちょっとミカエラ、こんな場所で剣なんか抜いたら危ないよ」
「抜かねえよ」
「じゃあなんで柄を握ってんの?」
「いやこれは」
「あ、わかった。またカッコつけてたんでしょ」
違うし。気分を高めてただけだし。
「本当にミカエラってば格好付けなんだから」
「……ライオネル、今晩飯抜きな」
「なんで!?」
そんなやり取りをしながら町を出て、魔法使いの塔跡を目指す。
できれば何事もなけりゃいいんだが。




