第二十九話「ミカエラ」
「どうかしました?」
「……ミカエラは、オレの名前だ」
「――あっ」
そういう。なるほど。
「なんか、ごめんなさい」
とりあえず、わたしは謝る。
「ちなみに、狼ちゃんのお名前は?」
「クソ、始めからそう訊きやがれよ……ライオネルだ」
「ライオネル」
思ったよりも勇ましいお名前だった。
「ライオネルか……じゃあ、ライちゃんだね」
「ガウ!」
「勝手に縮めるな」
「そうなると貴方は……ミカちゃんですね」
「やめろ」
心の底から嫌そうな反応をされてしまった。
「……ところで、名前は?」
「わたしですか?」
「ああ、こっちだけ名乗るのは不公平だろうが」
たしかに、それもそうかもしれない。
「ルビィです」
フルネームを名乗るのは避ける。ちょっとだけ気は引けるけど。
「……ルビィか。あんまりボサっとしてんなよ、ルビィ」
「気をつけます……」
背後に音もなく立たれたら気をつけようがないけど。
「じゃあな。行くぞ、ライオネル」
「ガウ!」
ミカエラさんが歩き出す。その後に、ライちゃんも駆け足でついて行く。
一度だけこちらを振り返ったライちゃんに、わたしは小さく手を振った。
「教会に行くみたいだけど……どんな用事なんだろう?」
どこからどう見ても、聖職者って感じではない。
お祈りとか、懺悔をしに来たとか?
うーん……失礼だけど、それもなさそう。
「ま、いいか」
これ以上、考えてもしょうがないだろう。
ミカエラさんとライちゃんの後ろ姿を眺めていると、ちょうど教会の扉からシスターが出てきた。
シスターがミカエラさんの前で立ち止まり、頭を下げる。
ミカエラさんは、そのまま教会の中に消えていった。
本当に何者なんだろう。
そう思っていると、シスターがわたしの前までやってくる。
「お待たせしました」
「いえ、ぜんぜん大丈夫です」
気になるし、シスターに訊いてみようかな。
「シスター、さっき教会に入った男の人って……」
「ミカエラ様ですか?」
「はい、そのミカエラさんって、どういう人なんですか?」
シスターは頬に手を当てて、小さく首を傾げる。
「実は、わたくしもよく知らないのです」
「そうなんですか」
「ええ。神父様のお知り合いのようで、時々教会にいらっしゃるのですけれど……あまりお話をしたことはありません」
そうなのか。ただまあ、悪い人ではなさそうだけど。
「ミカエラ様が、どうかなさいましたか?」
「あはは、大きい剣とか背負ってるから気になっちゃって」
「たしかに、あの剣はわたくしも常々物騒だなと思っているのですけど……」
なんだろう。ミカエラさん、なにか気になるんだよなあ。
特に銀色の髪と琥珀色の瞳が、誰かに似ているような気がする。
誰なのかは思い出せないけど。
◆
シスターの案内で、寂れた通りを歩いていく。
「そういえば貴女……えっと……」
わたしの目を見ながら、シスターは固まった。
もしかして名前かな。
「ルビィです」
「ルビィさん。素敵なお名前ね」
「ありがとうございます」
真正面から素敵な名前とか言われると、なんだか気恥ずかしい。
「わたくしはミリアといいます。改めて、よろしくお願いしますね」
シスター……ミリアさんが、たおやかに微笑んだ。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
あ、しまった。
わたしも「綺麗なお名前ですね」とか付け加えるべきだったかな。
実際、綺麗な響きの名前だし。
「それでルビィさん」
悶々としている間にも、ミリアさんは会話を続ける。
完全にタイミングを失ってしまった。
「な、なんでしょう」
「ルビィさんは、どうしてリスルムに?」
「リスルム?」
やや遅れて、それがこの町の名前だと思い至る。
「えーっと……わたし、旅をしていて、この町にはたまたま立ち寄ったというか」
「そうなのですね。さきほど、はぐれてしまったと仰っていた方と旅をなさっているのですか?」
ミリアさんが言っているのは、シャルさんのことだろう。
さっき状況を説明するときに「人とはぐれちゃって」と、わたしが話したのだ。
「ええ、そうです」
「ルビィさん。どうですか、この町は」
「いい町だと思います」
本心からそう感じている。
酒場の店主も、ミリアさんもいい人だし。
ご飯も美味しかったし。
「ふふ、そう言っていただけると、わたくしも嬉しいです」
会話をしながら歩くうちに、わたしたちは市場の前までやって来ていた。
「ありがとうございました」
ミリアさんに頭を下げる。
「もう大丈夫ですか? よければわたくしも一緒に、お連れの方を捜しましょうか?」
「いえいえいえ、そこまでしてもらったら悪いですから!」
さすがに遠慮してしまう。
「本当に大丈夫ですか?」
ミリアさんは、どこか不安げな眼差しだ。
わたしって、そんなに頼りなさそうに見えるのかな。
だとしたら……もうちょっと、ちゃんとした方がいいのかもしれない。
「ええ、平気です。お世話になりました」
背筋を伸ばし、改めてお礼の言葉を口にする。
「……わかりました。機会があれば、いつでも教会に立ち寄ってくださいね」
お互い手を振って、別れる。
わたしは、ミリアさんが雑踏の中に消えるのを見届けた。




