第十七話「吸血」
「ど、どうしたんです?」
「…………」
クロウは無言で、わたしの方へ近づいてきた。
「あ、あの……?」
わたしは、目の前に立ったクロウを見上げる。
「クロウ様……?」
こちらを見下ろすクロウの赤い双眸は、なんだか爛々と輝いているような。
「……ルビィ」
わたしの名前を口にしながら、クロウがこちらに手を伸ばす。
「……っ!」
クロウの手が、わたしの手首を掴んだ。少し痛い。
な、なになに、なんなの?
「ずっと思っていたんだ」
「……え?」
「お前の血は美味そうだと」
妖しげな笑みを浮かべ、クロウがわたしの顔に自分の顔を近づけてくる。
ちょちょちょちょちょおっ!
「ま、待って! まだ許可してないですってば!」
血を吸っていいだなんて、一言も口にしてない。してないよね?
「もう許可など求めていない。どうやら俺は限界だ。このままじゃ理性を失う。このままではお前を襲って、壊してしまうかもしれない。それは困るだろう?」
「う……」
たしかに困るけど。
「血を吸われるのも困ります!」
「どうしてだ? さっきも言っただろう。痛みなら、それほど強くない。……ああ、もしかして、痕が残ると心配しているのか?」
たしかに、それも気になるけど……
「安心しろ、気になるようならば痕は消してやる」
「そっ、そうじゃなくてですね……!」
「ではなぜ、そこまで拒む?」
だ、だって……
「吸血鬼に血を吸われたら……」
「吸われたら……なんだ?」
「わたしも吸血鬼になっちゃうじゃないですか!」
吸血鬼に噛まれた人間って、だいたい吸血鬼になってるよね。
クロウに血を吸わせるために噛まれたら、わたしもそうなってしまうかも。
それはちょっと勘弁して欲しい。わたしは人間をやめたくないぞーっ!
「……ルビィ」
わたしの言葉に、クロウは呆れたような顔になった。
掴まれていた手首が離される。クロウは額に手を当てて、やれやれと大仰にかぶりを振ってみえてきた。
「お前、本当にこの世界の人間か?」
「えっ――」
クロウの言葉に心臓が跳ねる。
もしかして、わたしの秘密がバレた? でも、なんで?
「常識という物がなさ過ぎる。魔法学校でなにを学んでいたんだ?」
あれ……バレたわけじゃないのかな? よかった。
ひとまず、わたしは胸を撫で下ろす。まだ安心できる状況じゃないけども。
「噛んだ人間を吸血鬼に変えるのは、真祖だけが持つ能力だ」
「そ、そうなんですか?」
「ああ。吸血鬼についての常識だ。魔法学校で教わるはずなんだがな」
「あ、あはは……」
『ルベーリア』の記憶にはあったのかも。探る余裕なかったからなあ。
落ち着いたら、『ルベーリア』の記憶を色々と探って、この世界について勉強した方がいいかもしれない。
とりあえず……今は、この状況をどうしよう。
「えと……クロウ様は純血種、でしたっけ」
「そうだ」
「つまり、クロウ様が血を吸っても、わたしは吸血鬼にならないんですね?」
「ならん」
うーん……だったら、いい……のかな。
やっぱり、ちょっと怖いけど……でも、クロウが自我を失う方が困るよね。なにしろ襲われたくないし。
――よ、よし。
わたしは意を決して口を開く。
「ク、クロウ様……っ!」
声を詰まらせた。
クロウが、わたしの顎を指で軽く持ち上げたからだ。
え、え、え、え?
いやこれ、血を吸おうとしているんだよね?
なんというか、その……キ、キスしようとしている風に思えなくもない。
クロウが身を屈め、顔を近づけてくる。鼓動が早鐘を打ち始めた。
落ち着け、わたし。
これは……そう。献血だ。単なる献血だと考えよう。
「お前……いい香りだな」
わたしの耳元で、クロウがそう囁いた。
あ。ごめんなさい、無理です。献血とか思えないです。ドキドキしてしまいます。
クロウがわたしの後頭部に手を回す。
それから一気に引き寄せられたかと思うと――
「いっ――」
首筋に痛みが走った。
クロウが、わたしの首に噛みついている。
二本の牙が、わたしの首に食い込む。
痛みは少ない。でも、血を……魔力を吸われているんだという感覚は強くある。
ゴク、と嚥下する音が聞こえてきた。
クロウが、わたしの血を飲み込む音。
「あ……」
全身から力が抜ける。
わたしは、思わずクロウに手を回してしがみついてしまった。そうしないと、立っていられなさそうだったから。
どれぐらい、そうしていたんだろう。
数秒か、数十秒?
満足したらしいクロウが、わたしの首から顔を離す。
口元が少し赤く染まっている。わたしの血だ。
「思った通り……いや、それ以上だ」
クロウが赤く染まった口の端を吊り上げる。
「お前の血は魔力が濃くて美味い」
そんな感想を告げられても、どう反応すればいいの?
「は、はあ……そうですか、それはよかったですね」
俯きながら、わたしはそう返した。




