マサヤ、葛藤の果てに
「ダークエルフの真の目的って、何なんですか……?」
僕は、お風呂にいるというのに緊張で喉が乾いていくように感じた。ティエル女王は一つ頷いて、続ける。
「ダークエルフの村に密偵を放っていたのですが、そこからの報告に彼女たちの真の目的が上がってきたのです。それは――魔族との取引に使う、ということでした」
「魔族――!!」
その瞬間、ざばぁっとお湯を弾けさせてリアが立ち上がる。表情は憤怒に彩られていた。
「ど、どうしたのさ、リア」
「――そっか、マサヤは知らないのよね。魔族がこの世界でどれだけ忌み嫌われているのか」
そっとリアの肢体から目をそらしながら、頷く。するとリアは多少落ち着いたのか、再び腰を落ち着けた。
「魔族はね、人族や亜人種達をさらって奴隷にしたり、村や街を襲ったりそれは非道な事ばかり繰り返しているのよ」
語りながらも口調には苛立たしさがにじみ出ている。正義の勇者としては、とても許せる所業ではないのだろう。僕はと言えば、正に今聞いたばかりの話だったので全く実感がない。しかしそれを責められるのは酷というものだろう、何しろ、僕はこの世界に来たばかりで実際に魔族の被害に合った人を見たことがないのだから。
「勇者リアの言う通り、魔族は悪逆非道な一族です。その頂点に魔王を戴き、魔王の指示に従って各地の人族、亜人種族の領土を奪おうと暗躍しているのです。現在は国境線で小競り合いが続いて小康状態ですが、それに業を煮やしたのか我が国を攻略することに決めたのでしょう」
なるほど、同族同士を相争わせて、そのついでに勇者に必要な聖剣も奪うという作戦なのだろう。
「しかし何故ダークエルフはそんな取引に乗ったんですか? 彼女たちにとっても魔族は敵なのではないんですか?」
素朴な疑問に、ティエル女王は苦悩の表情を浮かべる。その仕草は何かを伝えるべきか迷っているようであり、僕とリアは沈黙を通した。
「……お恥ずかしい話ですが、我が国の一部に、ダークエルフは魔族の一族であると蔑む風潮があるのです」
「えっ?」
「彼女たちの肌が黒いのは、昔に同胞を裏切った為に呪いを受けたのだと……もちろん、我々の長い歴史の中でそのような事実はありません。しかし何故ダークエルフという種族が生まれたのか、それがわかっていないんです」
「そんなことで差別をするんですか!?」
あんまりな理由に思わず声を荒げる。ティエル女王は静かに首肯した。
「お怒りはごもっともです。特に、勇者殿の異世界では差別に特に厳しいという話も伝え聞いております」
「そ、それは――」
彼女の言葉に、僕は思わず声を失った。何故なら僕のいた地球ですら、未だに争いや諍いがなくなっておらず、その根底には差別意識があることもまた否めなかったからだ。理想郷のように語るティエル女王に、思わず恥ずかしくなってしまい下を向く。
「どうされたのです、勇者殿」
「そうよマサヤ、どうしたの?」
「……二人の夢を壊すようで悪いけど、魔王なんていうものがいなくても、僕たちの世界は差別に満ちているんだ。それどころか同じ人間の国同士でしょっちゅう戦争をしている有様なんだ。それが恥ずかしくて……」
正直な気持ちを吐露すると、二人は刹那ポカンとした顔をしたが、やがて優しげな表情へと移り変わった。
「マサヤ、あなたはあの異世界では国を自由に動かせる程の権力者なの?」
「ううん、ただの一般市民だけど――」
「それならば、勇者殿が責任を感じる必要なんてないでしょう? あなたは、その恥ずかしく思う志をなくさず、まっすぐに生きてくださればそれでいいのです」
僕は――思わず涙を流していた。
「マ、マサヤ?! どうしたの!」
「勇者殿、私何か失礼なことを言ってしまったのでしょうか?」
「違う、違うんだよ――」
そして僕は懺悔した。リアは既に知っているだろうけど、一回でもこの世界を見捨てて自分の世界さえ良ければいいと考えたことを。だというのに、異世界の住人である僕に真っ直ぐに生きて欲しいという言葉に、僕は自分勝手さに嫌気がさしたことを。
「だから、僕はそんな立派な人間じゃないんだ――」
羞恥の余り顔をあげられない。そこへ、リアの鋭い声が飛ぶ。
「マサヤ! 顔をあげなさい!」
「えっ?」
反射的にリアの方を向くと、彼女の両手がバチンと僕の両頬を結構な勢いで挟み込み、ぐぐっと顔を近づけてくる。
「マサヤ、あなたは弱っちいわ。私なんかよりずっとずっと」
「い、いひゃい……」
「聞きなさい!」
「ひゃい」
リアの、真っ直ぐしたギラギラした目に覗き込まれて、僕はその瞳に飲まれそうになる。
「でもねマサヤ、あなたはたった一人、私達のために、この世界のために来てくれた。それは、あなたの世界が危ないっていう理由もあったんだと思う。でも、それでも私達は、ヴァールスの住人はあなたを勇者として認めてる。見も知らない世界にやってきた勇気あるものとして。それはきっと、誰にでも出来ることじゃないわ」
リアが、真摯な気持ちを僕にぶつけてくる。僕の恥ずかしさに塗りつぶされていた心が、リアの真っ赤な髪色のように熱く染め上げられていく。
「だからあなたは誇っていいの。この世界のために今日だってがんばってたじゃない。だからあなたは、誇っていいの!」
またしても僕は涙する。女の子の前で泣くなんて、これ以上ないくらい情けない。しかし、今だけは許して欲しかった。彼女に、この世界の住人に認められたということに。リアはそっと頬から手を離して、にこりと花のような笑みで涙に応える。
「そうですよ、勇者殿。我が国を代表して、昨夜の活躍には敬意と感謝の念を伝えさせて頂きます」
ティエル女王もまた、湯に顔が着くんじゃないかと思う程、頭を下げてくる。
「そ、そんな! あれは僕一人の力ではなくて、助力してくれた警備兵の皆さんのお力もあっての事ですよ!」
「そう言えるあなただからこそ、私達は感謝しているのですよ、勇者殿」
いつもの柔和な微笑みを浮かべるティエル女王。僕は、決意を新たにした。
「……二人の気持ち、ありがたく頂戴するよ。そして誓う。この事件を解決して、魔王を倒して、この世界に平和を取り戻してみせる!」
「マサヤ!」
「勇者殿!」
「情けない姿を見せるのも、これで最後だよ。ありがとう、二人共」
照れ笑いを隠しきれずに、二人に礼を言う。僕は、この世界を守るために理由に改めて気付かされた。いや、気付かせてくれたのだ。だから、今できることを必死にやろう。この世界の人々のために!
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