可能性の種
「女神様、あなたには聞きたい事が山程あるんですが」
早速本題を切り出そうとした俺に、女神様はゆったりとした動作で自分の向いの席を指し示した。
「まあまあ、少々長い話になってしまうでしょうし、お茶でも飲みながらお話しましょう」
「……」
はあ、と溜息を吐いて、僕は黙ったまま女神様の向かいに腰を下ろしてジロリと見つめる。すると女神様はぽっと頬を染めてうつむいた。
「いやその反応おかしいから!? あなた女神様でしょチョロかったら駄目でしょ!」
「チョ、チョロっ……っ!? わ、私はチョロくなんてありませんよ!?」
「はいはいチョロくないチョロくない」
「不敬ですよ、不敬! 謝って下さい!」
「反省してまーす」
完全に舐めきった態度の僕に、女神様は剣呑な目を向けてきた。しまった、やりすぎたと思った時には既に遅し。
「不埒者がどうなるか、まだ体に解らせる必要があるようですね?」
「あ、いえっ、あの今のはその!」
「天罰覿面!!」
バッシャーン! と眼前をオレンジ色の光がスパークしていく。奇跡的に椅子から落ちること無く、テーブルに突っ伏して煙を上げる僕。
「神の威光をその身に感じましたか?」
「威光というか、稲光というか……」
「ふむ、まだ余裕ありそうですね。まあ手加減したんですけど」
「いえ、もう結構です!?」
雲海の果てまで轟く声で僕は叫び声を上げた。
こほん、と女神様は仕切り直しとばかりに咳払いを一つした。
「さて、とりあえずあなたが知りたいことについてお聞きしましょう」
「まずは……トラムスのことです」
僕が何よりも先にその名前を出したことを意外に思ったのか、女神様はティーカップに添えようとしていた手を止めた。
「彼の事……ですか?」
「はい。彼はあまりにも不遇です……出来るなら、両親に会わせてあげたい」
「ふむ……。そうですねー。それを教えるのは簡単なことでしょう」
「だったら!」
気色ばんだ僕に、女神様は手で制止するように動く。
「まあまあ、話は最後まで聞くものですよー」
「……はい」
浮き上がりかけた腰を再び椅子に下ろし、聞く姿勢になったのを確認し、女神様はにっこりと微笑んだ。
「確かに簡単に教えられますけど、それでは意味がないのです」
「意味……ですか?」
不審がる気持ちを隠そうともせずに声に乗せると、女神様は予想していたかのように苦笑した。
「そうですねえ、例えばですが……カガリ・マサヤさん。あなたには妹さんがいましたよね?」
「はい、咲のことですよね。今は聖女の修行中だとかいう……」
「もし、あなたがこの世界に咲さんが来ていると知らされずにいたまま、偶然出会ったらどうなると思います?」
「そりゃあ……驚くでしょうね」
特に咲の場合は飛びかかってきて大泣きしそうな姿が……姿が……、あれ? どうして僕はレバーに拳を叩き込まれている姿しか思い浮かばないんだ?
「そういうことです」
納得しました? と言わんばかりに紅茶に口をつける女神様。一方の僕は頭に疑問符しか思い浮かばなかった。しかし、一つの可能性に至った時に僕は思わずぞっとした。
「ま、待って下さい。だとすれば女神様、あなたは“演出のために”僕にトラムスの事を教えないと?」
「趣味の悪い言い方をすればそうなりますねー」
「そんな勝手な……っ!」
憤る僕に、女神様は冷淡な笑みを浮かべて僕の声を遮るようにつぶやいた。
「マサヤさん、あなたと咲さんは異世界から私が連れてきてしまった責任があります。しかしトラムスは完全にヴァールスの住人です。本来はあり得ない知識を与えて、特別扱いするのは“他の不幸な人々”に対して余りにも不公平だと、そうは思いませんか?」
「ぐっ……」
僕は、それで理解してしまった。確かにトラムスだけを助けるというのであれば、それはトラムスを特別扱いするということ。
「それに、私はヴァールスの民に“加護”という名の奇跡を与えているではありませんか。自分の道を、切りひらける手助けは既にしているのですよ? 私これでも優しい女神様ですからねー」
言い方がすこぶるムカつくが、それで逆に肩の力が抜けた。僕は、はあっと大きな溜息をついて、次の質問に移る。
「じゃあ、ティエル女王が言っていた加護をいくつか持っているという話については?」
この問に対しては、じとっとした目で僕を睨む女神様。
「あなた、“自分と他者の願いを叶える魔法”なんてチートも良いところのものをもらっておきながらそれ以上を望むんですか? それは傲慢というものですよ?」
「いやいや、僕のことはいいんです。リアの事ですよ」
「ああ、あの子は“発芽”が遅いようですね?」
「“発芽”?」
意味が解らずに問い返すと、女神様はぷくっと頬を膨らませて不満をあらわにする。
「あの子にも複数の“可能性の種”をもたせています。時がくれば自然と加護を身につけるはずだったのに……」
そこでわなわなと震える女神様。
「だというのに! あの子は剣を鍛えるばっかりで他のことは! 一切何もしなかったんですよどう思いますかひどいと思いませんか!?」
ぐわっとテーブルから身を乗り出して顔を近づけてくる女神様。
「あ、ああ、はい。ひどいと思います」
冷や汗を吹きながら答えると、少しは気が収まったのか、女神様はふうっと憂鬱げに一息ついて行儀悪く片肘をテーブルに乗せて頬杖をついて、明後日の方向に三白眼を向けながらぼやいた。
「だからその件に関しては私は知ったこっちゃないですよー。努力してこなかったあの子が悪いんですからねっ!」
「それはその……重々承知しました、はい」
そしてしばしの沈黙の後、僕はこれから聞こうと思っていた事についてももはや諦め半分にたずねてみる。
「それじゃあダークエルフがなんで聖剣を欲しているかとかは……」
「教えませんよー。それを解決してこその勇者でしょー」
「ですよねー」
解っていたこととはいえ、落胆は隠せない。そんな僕を、仏頂面ながらちらちらと横目で気にしている風な女神様は、んんっとわざとらしい咳払いをする。
「あー、これは独り言ですけどー」
「はい……?」
突然のことに顔をあげると、女神様は相変わらず明後日の方向を向きながらも、独り言というには余りにも大きな声を上げる。
「ダークエルフってあんまり頭良くないんですよねー。もしかしたら誰かになにか吹き込まれたのかも……なんてこともあるかもしれませんねー」
「め、女神様!」
思わず笑みを浮かべ立ち上がった僕に、女神様は煩わしそうにフリフリと手を振った。
「はいはい、知りたいことは大体知れたでしょ! 早くこの世界の平和を取り戻してくださいね!」
「ちょ、待って、まだお礼を――」
きゅぽん、と謎の音がしたかと思うと、僕の足元に真っ暗な穴が空いていた。
「め、女神様あああぁぁぁぁぁぁ!?」
ドップラー効果を残して穴に落ちていく僕に、女神様はふりふりと笑顔で手を振りながら一言だけ、呟いた。
「また、お茶をご一緒しましょう?」
次回は14時更新です




