第46話
「準備をして待ってろ」
ルミナリスは右肩にベリトを乗せると、崖を蹴って登り始めた。風は止み、お互いの様子は全て見えている。チェスリンも壁を降りて向かっていった。身体には小さくなった黒い風を纏う。ルミナリスは右肩に乗ったベリトを左手で撫でた。
「合図を出したらあいつに噛みつくんだ、いいな?」
ベリトが舌を出すのを見ると、ルミナリスは安心したように前を向いた。
二人がぶつかり合う。チェスリンは爪の伸びた手をルミナリスの頭に突き刺すが、しゃがんでかわされる。そのまま背後に回り込まれ、ついていくように後ろに身体を回す。起き上がろうとするルミナリスの腹を狙って蹴りを入れるが、これも横にかわされる。チェスリンの身体は大きくなり、動きも格段に早くなっているにも関わらず、まるで予知しているかのようにかわされてルミナリスには当たらない。チェスリンは口を大きく開いて叫び、怒りの咆哮が大地に響き渡る。ルミナリスはいつもの狂気じみた笑顔に戻っていた。
「聞こえてないだろうけど教えといてやるよ。キレは増しても動きは経験で読める。お前レベルなら直感で十分だ」
チェスリンは怒りに任せてルミナリスに突っ込んでいく。水しぶきが起こり、右拳に纏うオーラが頬を掠めて血しぶきが飛んだ。
「後は任せたぞ」
顔を上げて崖の上に立つプリシラを見る。ベリトがチェスリンの伸びた腕に移り、噛み付いた。ルミナリスが素早くベリトを掴み、その場から立ち去る。
チェスリンはいつのまにか滝の下に立っていた。足を上げようとするが、痺れて上手く動かせずにバランスを崩して倒れる。
「コノ……」
「アイスウェイブ!」
プリシラが崖の上から呪文を叫ぶ。滝に沿って氷の波が上から下に、チェスリンの元へ一気に下る。激流は止まり、一面が真っ白の氷で埋め尽くされた。
「……テイドデッ!!」
チェスリンを閉じ込めた氷の世界は一瞬で崩れ落ちる。怒りのこもった目を上のプリシラに向けた時にはもう遅かった。
上からは空を覆う程大量の岩が落ちてくる。岩の間の僅かに見える先を見ると、崖が破壊され、同時にプリシラも飛び降りていた。チェスリンの周りに黒い風が巻き起こる。触れる岩は次々に破壊されていくが、数が多さに勝てずに消滅する前に岩が覆い尽くす。
最後に落ちていく大きな岩の一つにプリシラは飛び乗った。右手に持つ杖は岩と同じ色、ツヤをしている。その杖を思いっきり振り上げて叫んだ。
「これで、終わりだぁああっ‼︎」
力強く地面に突き刺す。細長い杖は青く光り、ぶつかる先から砕けて岩と一つの光になる。
すると、プリシラの足元まで大きく光り出した。それは岩全体へ広がる。杖を突き刺す間にも岩はチェスリンを閉じ込める岩山に落ちて行く。
右手と一緒に短くなった杖を全て岩へと打ちつけた。握った拳は潰れ、岩に亀裂が入る。岩山に落ちて、全てが青く光り、爆発が起こった。
爆発によりプリシラは飛ばされ、地面に落ちそうになる。ギリギリの所でルミナリスが受け止めた。
「上手くいったか?」
ルミナリスの腕から降りて立ち上がると、自分の右手を見ながら呟く。
「もう大丈夫」
爆発の中心地にはチェスリンが立っていた。大きな傷こそみられないが自分の両肩の盛り上がりを抑えて苦しんでいる。両肩には小さな岩の破片がいくつか刺さり、魔法臓器が異常なほど強く、濃い青色に輝く一方で全身がヘドロのように変色していた。
二人がチェスリンの元に歩いて近づく。チェスリンの頭がずるりと首から落ちた。急な出来事に驚いて足を止める。よく見ると、頭には小さく、異常にか細い胴体や手足が付いてきている。
「小人ではあったみたいだな」
ルミナリスが呟くと、オットガルよりも頭と身体が不釣り合いな男は両手を地面につけて立ち上がる。
「私はここでは終われない、まだやり残したことが……」
大きすぎるその頭に身体が支えきれず、再び倒れてしまった。
「もうあなたには次は無いよ。私のお父さんとお母さんと一緒」
プリシラが足元を見下ろすと、チェスリンは笑った。
「……確かにそうかもな。だが、俺を崇拝するやつらが『無限の書』に入っていた一部の魔獣を使って色んな所で実験しているぞ。俺の研究は継がれていくんだ……」
「そう。他人の心配してる余裕はないんじゃない?」
チェスリンの目がゆっくりと閉じられていく。
「それも、そうだな。じゃあ、オットガルにでも会いに行くか……」
チェスリンはとうとう動かなくなった。




