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破呪の巫女  作者: 日室千種


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3/3

第3話

「カゼル!!」

 自分を呼ぶ声というより悲鳴を聞いて、陣を描き終わったのかと、余裕を持って振り返ったつもりだった。

 強い衝撃が来て、地面が右側に見えた。

 世界が横倒しになった。いや、自分が倒れたのだと、歴戦のつわものは理解する。

 視界の左隅には、仮面のように凍った表情のまま真っ二つに割れた闇精が、手を振り上げていた。

 右半身が動かない。一気に腕と足の筋からなにからやられたらしい。

 冷静に分析しながら、歯を折るほどに食いしばり、左手で地面をがむしゃらに突き放して、体を転がした。だが、間に合わない。闇精の、黒く長く伸びた爪が、果物でも刺すかのようにやすやすと左腕を地面に縫い止めた。

 脳髄を絞り切るような痛み。

 (いや、今なら)

 左腕を捨てる覚悟で、力を込めて爪をくわえ込む。

 不安定な体制を一瞬さらした闇精に、残された筋が音を立てて切れていくのを聞きながら、無理矢理右腕を捻り出して、胸元を突いた。

 闇の気が散じる。

 光をまき散らして。

 闇雲の向こうの月のように、ちらりと赤い凝りが見えた気がしたが。

『残念だな、小僧』

 余裕のない声で、闇精は呟いた。

 赤い凝りは目の錯覚かと思うほどに素早く、ふたたび闇に覆われた。

 剣は、凝りに届くその寸前で、無残にも折れていたのだ。

 左手首を踏まれ、力任せに爪が引き抜かれた。

 次が、最期だ。せめて、せめて次は、喉笛に食らいつこうか。

 光を消すことのない眼が、獣のような色に染まったとき。

「開陣! 小さき神よ、我が与えし命の糧に闇を喰らえ!」

 声にならない音を出し、闇精はカゼルから飛び退いた。

 ちょうど散じていた精気が、意志を持つように離れていく。ずるずると、巨大な蛇のように、その流れは続いた。


 おおおー。


 闇が叫び、蛇の尾が消え去ったときには、半分に割れた青年は髪をかきむしる格好でうずくまっていた。

 それを横目に、リゼフィアは倒れ伏す男に駆け寄った。

 全身、血にまみれている。それでも、この男は闇精に飛びかかるつもりだった。それは、眼を見ればわかる。

 失えない。

 考えるより、心がカゼルの危機に反応してしまった。

 勝算は、いまやないに等しかった。

 陣は後一歩というところで、未完成だった。陣の効果が終わっても、闇精が在るのがその証拠だ。

 力が、時間が足りなかった。だが、それを求めていたらカゼルは死んでいただろう。

 後戻りはできない。

 ならば、カゼルを見習って足掻くしかない。

「治癒」

 もう携帯用の護符陣は使い切った。

 リゼフィアは言葉を変えて、術を施した。カゼルの腕と足が、時を巻き戻すように傷を消した。

「回復」

 ぎりぎりまで力を抑えた快癒術。

 強すぎれば戦場でも寝てしまうほどの眠気を引き起こす。まだ、休ませてはやれないのだ。

「復元」

 ひとつの言葉で、複数の術を平行させる。流れただけの血が再生産されて体内を満たし、折れた剣が元通りに刃を取り戻して再び加護に包まれる。

 それを見届ける前に、リゼフィアは背後を振り返った。

「弾球。火球。雷球」

 続けざまに色の異なる術力の塊を叩きつける。

 体制を整えかけていた闇精は、不意打ちに対して反応が鈍かった。まともに威力を受け、半ば吹っ飛んだ。

 あたりに散った精気が、流れて陣に吸われた。だが気の半分は、ふたたび闇精の下へと帰っていっていた。

「……陣は」

「中途半端よ」

「俺が気になったか」

「莫迦。カゼル隊長ともあろう者が、なぜ高名な名剣を持っていないのよ」

「事情があって。……まさか、それで」

「そうね。剣が持たなかったみたい」

 悪かったわ、と囁く声が再び、カゼルには聞き取れない言葉を操った。

「氷」

 金の髪が吹き乱れる。周囲の風を乱して忽然と現れた数十の氷の槍は、リゼフィアのかすかな顎の動きに合わせて闇精に襲いかかった。

「時間稼ぎにしかならない。カゼル隊長、離れていて」

「おい、お前は……」

「逃げるのはもう無理。でも死ぬつもりもない。だから、離れて待っていて」

 紅い眼が、カゼルの眼に映り込んでいた。

 リゼフィアに死ぬつもりはない。だが、勝算もない。でも。

 鈍い男ではない。この期に及んでも剣に加護を施した意図はリゼフィア自身にもよくわからなかったが、そういったもろもろのことを悟ってくれそうだった。

 悟ってくれなければ、二人、生き残ることは無理だろう。

 カゼルは返事をするかわりに素早く離れた。痛みは残るようだが、動きには支障はなさそうだった。

 リゼフィアは再び闇精に向き直った。




 闇の気は薄くなっている。

 だが、それだけだ。致命傷にはほど遠い。そこに残る闇の気の量と、自分の術力の残と、どちらが多いか、それだけの戦いになるだろう。

 効果的な力の使い方を計算する間に、闇精がにいっと嗤った。まっすぐに、リゼフィアを見つめて。

「防御」

 咄嗟に張った盾で、闇精が口から吐き出した針を防ぐ。それをさらに愉快そうに見る闇精の暗い目が、溜まらなく不快で、しくしくと腹が軋んだ。

『覚えているぞ』

 青年の姿が霞む。入れ替わりに、異なる人の姿が浮かんでくる。

『クルトの巫女よ。久しぶりだ。我が子を、宿すべき女。祝うべき再会だ。この姿が気に入るだろう』

「クルト……? リゼフィア?」

 カゼルの呟き、闇精のいたぶり、どちらも耳に入っていなかった。

 目の前に浮かぶ、蠱惑的な男の姿に、リゼフィアは悪夢に捕らわれた。

 あの口で、あの手で、あの体で、闇精は一生消えない傷痕を埋め込んだのだ。

 あの時の男は消し去ったのに、こうして本体は生きていて、いつでも記憶をたどり、男を再現して見せる。いつまでも、リゼフィアを奪い続ける。あの、長い、ながい、半ば気の狂っていた時期を、いつまでも思い起こさせる。

「つ……っあ」

 急激に腹が痛み、目の前が暗くなった。

(だめだ、まだ。まだ、許さない)

 くたくたと崩れ落ちながら、必死に力を込めた。

『あれから幾年か。人の定義は知らんが、やはり育ったようだな。あの時は失敗に終わったが女として幼かったのかも知れん。今なら、孕むだろう』

 溺れかけているものを、さらに水中に押し沈めるような言葉。

(ゆるさない)

「星屑よ落ちよ。地よ溶けよ」

 難解な術ほど文章は長くなる。

 額に脂汗をかき、食いしばった歯の隙間から声を絞り出した。

 それはリゼフィアにとっての最大の攻撃術だ。膨大な術力を消費する、切り札。

「滅し尽くせ。時よ、闇を連れ去れ」

 陣を用いて施すべき法術を、術力だけで無理矢理押し切る。そんな芸当ができる人間がいたという記録はないから、自分は大概、人間ではないのかもしれない。

 情欲の塊のような眼をした男の周囲から、ふいに空気が消えた。

 闇の精気が、ひしゃげ、歪み、膨張した。それが燃え上がり、物理的に可能な限界の温度に一瞬で達する。地は結晶化し、そしてさらに流動化した。

 精気を飲み込んで、どろどろと渦巻くその渾然とした空間。そこに、寒けがするほどの重力の塊がぽつり、と生み出された。

 それは一刹那で巨大化し、闇を飲み込んで果てもない時の次元の彼方に送り込むはずだった。

『腕が落ちたか?』

 形も保っていられないほど乱れ切った闇の精気が声を発した。

 次いで、太陽の表面ほどに高温の空間に腕が生じた。それが重力の球を無造作につかむと、ぐしゃり、と握りつぶした。

『体がつらいのか。何かかばっているな。それでは、無理だ』

 舐めるような視線が、舌なめずりをする口が、造形だけは美しいと言うほかはない闇精の体が、再び形作られていく。

 その精気の密度はだいぶ減ったが、その事実は、もうへたり込んだリゼフィアには大きな意味を成さなかった。

 背筋が寒くなるほど記憶に生々しい指が伸ばされても、リゼフィアは動かない。視線だけが、闇精の向こう、凍りついたように立ち尽くしているカゼルを見つめた。

 腹がうずく。

 もう少し。

 闇精の指が、意図を持って首筋をなぞった。

 ぼろり、と、紅い眼から滴が落ちた。

 クルトの都を飛び出て、さすらい始めてから7年。一度も流したことのない涙が。

 それは、解放の鍵だった。

 リゼフィアは、自分で自分を覆っていた術力を解いた。人では持ち得ないほどの魔力の大半を、そこに割いていた。

 それは闇精の目を欺くため。

 そして、自分の中の悪夢の種を宥めるため。

 やむなく使った術力の分弱っていた戒めを、解く。

『ゆるさない』

 どこか、遠い空間で、暗い囁きがこぼれた。

 まだ、声ですらない。意志の塊が言葉の形をとったような振動に、闇精はゆっくりと目を剥いた。

『女。まさか……』

 その目の中に歓喜があることに、リゼフィアは死んでも気づきたくなかった。目を背ける。

 入れ替わりに、リゼフィアの体の奥底から、薄ら寒い規模の力が沸き上がった。リゼフィアの体を守るように。そして危害を及ぼそうとするものを食い尽くすために。

 宵闇の色をした霧のようなものが、うっすらとリゼフィアから立ち昇る。その霧に触れたところから、闇精の気がするすると消えていった。

『女、いや、クルトのフィーア=テ=シィラ。いずれかならず、私の下にこい』

 悲鳴すら上げず、むしろ恍惚として、闇精は食われていった。

 精気が消えていく。

 自分の体の最奥でその精気を啜る存在を、リゼフィアは必死に押さえ込みにかかった。無邪気といえる、本能の行動を、体を丸め、腹を押さえ込み、残った力を振り絞って、遮ろうとした。

 これ以上闇の力を蓄えられてはリゼフィアの戒めなど、効力を失うだろう。

「カ、ゼル……カゼル!! お願い、その赤い核を砕いて!!!」

 それは力の集合体である闇精が、仮初めでも体を形づくる中心となるもの。精気だけとは桁違いに大きな力を有している。

 それだけは、取り込ませたくなかった。

 汗が滝のようだ。涙も、鼻も、涎も出ている。

 構っていられない。気を許せばすぐに、腹の異物は増長するのだ。

 じゃり、と土を鳴らして、視界に靴が映った。血だらけの軍靴。

「は、やく、カゼルたい、ちょ」

 気を失えたらどれほど楽か。

 泣きながら、リゼフィアは世界を呪った。楽になるには、放り出してしまえばいいのだ。異物を、腹から吐き出してしまえばいいのだ。それが滅びの子で、世界が失われようと、今ほど苦しくはないだろう。

 失神するのをこらえて、見上げたカゼルは、泣きそうに顔を歪めていた。剣を握る拳が、痛々しいほどに白い。

 自分を、切ってくれるのだろうか。それなら、それでいい。言い訳が、立つから。自分から逃げ出したのではないと、言い訳ができる。幼い頃に出会った、カゼルという名の少年に。



 カゼルの剣が、降り下ろされた。

 赤い核を、見事に打ち砕いて。

 リゼフィアが力を失った。最後の精気まで吸い尽くした異物もまた、ごそりと寝返りを打って、ふたたびおとなしくなった。

 リゼフィアが気がついたのは、カゼルの膝の上だった。

 頭の下に、硬く暖かい筋肉を感じて、居心地が悪い。そっと見上げると、カゼルは後ろ手に体を支えて、空を眺めていた。同じく視線を上げると、日はまだ昇りきっていない。おそらく、ほんの短い時間の失神だったのだろう。

「……クルトのテ=シィラ巫女。初恋だったんだがな」

 目覚めたことを知っていたのだろう。顔を見せないまま、カゼルが呟いた。

「悪夢の影が見えることにまだ慣れてなくて、大人につれていかれた占術の街は胡散臭くて。でも世紀の、と言われる巫女が、同年代で、親身に話を聞いてくれて、で、大したことないって言われたんだ。大したことないんだな、と思ったなあ。妙にしみじみと」

 ぷ、とリゼフィアは笑った。

「だって私にも見えたから。そう珍しくはないと思っていたし。でも、今聞くと思いやりのない言い方したのね」

「言い方なんかより、否定されなかったのが嬉しかった。気のせいだって言われ続けるのはきつかったんだな」

 カゼルはまだ空を見ていた。

 だから、リゼフィアはぽつりとこぼした。

「私も、好きだったわよ」

 それに意外なほどカゼルが反応して、覗き込んできたので、視線をそらした。

「初恋かどうかはともかくね。同年代の子に会うことなんて、ほとんど無かったし」

 起き上がろうとすると、片手で止められた。髪を梳くように撫でる手はほとんど力を込めていなかったが。

「……占都市クルトが、闇精の手に落ちていた一年間。俺は殴り倒されて地下牢で謹慎だ。ガキは無力だなって、お前に言ったら酷だな」

「……」

 一年。その長さを、リゼフィアはかなり後になって知った。

 時間の感覚も、正常な思考も失っていた、あのおぞましい時期。

 思い出しすらしないうちに体が強張り、呼吸が浅くなるのを、カゼルの手が優しく宥めた。

「地下牢から出られたのは、闇精の気配が無くなって、調査隊が街を調べた後だった。何もかもが死んだ街で、お前がいた占術堂で法陣が見つかっただけで……。皆が死んだと、言っていた。殺されたと。俺も街を見て、誰かが生きていられると思えなかった。……以来、闇精に少しでも報復がしたかった」

 カゼルの声は、体と心に心地いい。眼を閉じて聞きながら、リゼフィアはなおも迷った。

「すまない。生きていると信じず。探しもせず。……すまない。7年間も」

 7年ぶりの涙が、まだ残っていたらしく、頬を伝った。

 謝られることは何も無いのだ。リゼフィアとカゼルが8年前に出会ったのは、たった一度。数刻だけのことだったのだから。

「ま、俺ももう自由の身だし」

 突然変わった声の調子に、リゼフィアは少なからず驚いて眼を開けた。

 湿っぽいのは決して好きではないが、それにしても。

 と、ぐいと抱き起こされて、瞬きをするうちにかすかにくちづけられた。

「俺が巻き込んだんだしな。結果は想定外だったが、ともかくこのまま連れ立つのは変わりない。リゼフィアって本名か?」

 頷きながら、あきれた。

 もうすっかり、傭兵隊長の調子を取り戻している。少年の面影は、もう僅かにしか見出せない。

「で、リゼフィア。道連れってことになるんだが、とりあえずそっちに目的が無かったら、王都に行くか」

 あっけらかんとした物言いに、リゼフィアは腹が立ってきた。この男、莫迦ではないと思っていたが、どこかおかしい。

 この男なら、と望みを託しかけた自分にまた腹が立って、むっと言い返した。

「目的なら、あるわ」

「へえ、なんだ」

「……こ」

「こ?」

「……。……子供をつくるの」

 怒りの勢いを持っても、すんなりとは言えなかった。それほど苦労して絞り出した言葉に、男がへえ、とあまり驚かないことに、さらに怒りが渦巻いた。

「……巻き込んだんだし、責任をとってもらいたいわ。子供は、相手が必要だし」

「リゼフィア、そういう誘い方はちょっと直截だな。いいけど」

「い、いいけどって、わかってるの? 私、もう今」

 唇に指を当てられて、言葉を止められた。

 カゼルの眼が、からかっているはずの眼が、優しいのは気のせいか。

「いいさ。惚れた女が考え抜いたことなら、なんでものむ。でもそれだと場所は選ばないわけだから、王都に行こう。俺の愛剣を取り戻さないとこれからきついから」

 この男は、本当はいろいろわかっている。

 リゼフィアを選ぶと闇精との戦いが避けられないこと。そのせいで、せっかく遠ざかった悪夢にまた近づくということ。それでも、リゼフィアが助けを必要としていること……。

 不覚にも、リゼフィアはまた涙を落としかけた。嬉しさで。

「……今はまだ結界が働いている。だから言うけど。私、破滅の子を産むと予言されたわ。世界を滅ぼす子を産むって。それは、きっとこの子」

 腹に手を当てる。

 莫大な魔力を投じて、成長を抑えこんでいる、闇精との子だ。おぞましい、悪夢の源。

 だがいかなる手だてを持っても、子を殺すことは不可能だった。母親が、まだ独り立ちはできない破滅の子の揺り籠が死ぬこと以外は、もう手段も考えつかない。

 産むか。

 死ぬか。

「でも私は、私が救いの子を産むとも予見した。私の予見よ。だから、誰も信じられない予見。私すら」

 何年も、悩み続けて、そしてひたすら闇精から逃れ続けた。

「でも、決めた。自分を信じる。生きていたいから嘘の予見をしたわけでもない。救いの子を産まないで死んでは、どのみち世界は滅びるのよ。でも、いつまでもこの子を押さえていられるわけでも無い」

 だから、傭兵をして渡り歩き、救いの子にふさわしい父親を探した。

 カゼルの傭兵隊に応募したのは、昔が懐かしくてというだけだったのだが。

「つれないな。俺は結構気にしてたのに」

 カゼルは嘯いた。

「……でも、俺の子を産むとして、その、今の子はどのみち先に産むわけだろう」

リゼフィアは、首を振って否定した。

「いいえ。できれば一緒に産むつもり。双子って形になるかしら」

「そ、んなことができるのか」

 できる。リゼフィアなら。

 だが、思いきり肯定するのも、人間離れしているのを声高に主張するようでいやだった。

「まあ、いいか。俺の子なら、腹の中でもうまくやるさ」

 この男は、ほんとうになんでも包む気だ。



 笑い合い、結界の後始末や「カゼル傭兵隊長」の戦死偽装をした。

 傭兵たちの死体の欠片を埋葬することはできない。偽装の意味がなくなるからだ。

 荷物を持ち、ゆっくりと二人歩きだす。隣の気配に泣きたいほどに安心している自分に、リゼフィアは驚いた。

「ひとつだけいいか? どうして、そこまで世界を守るなんて途方もないことに頑張れる?」

「……さあ。空を眺めてたら、そんな気になったの」

 赤い眼が、カゼルを見ずにそう答えて、足早になった。金の髪が後ろに流れて、華奢な肩がカゼルの目に付いた。

 どこまで、助けてやれるかわからない。だが滅んだ都市を目の当たりにしたあの日、救うことができなかった自分を呪ったあの時から、命は彼女のものだ。そう、カゼルは思っている。

 だからその見え見えの嘘に微笑みながらも、追求はしなかった。

 悪夢の影を背負った二人は、笑いながら、地を踏みしめて歩いた。

 カゼルも、覚えている。

「そんな能力を持っていて、生きていることが嫌にならなくて良かったわね」

 憂鬱な声。幼いながら、世の闇を見てきた巫女は言った。

「そうだね。でも生きてるって楽しいよ。馬に乗って感じる風とか、草原に寝転がったときの匂いとか、空の雲の模様とか。ぼく、好きだよ」

 巫女は、少し息を止めて、じっと少年の顔を見つめた。

 その目の中に、暖かいものを見つけようとするように。

「……そっか。あなたが好きだというなら、私も好きになるわ。ううん、もう実は好きだったのかも。ありがとう。気付かせてくれて」

 それなら、守らないと。

 言って、泣きそうな顔で笑ったその赤い瞳。

 その美しさを忘れたことはなかったから。




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