そのトンネルを抜けろ
「今日も残業で疲れたぞ」
俺は会社の残業で終電を逃した。
幸い明日は休みだから構わないが、平日だったら確実に会社に泊まりだっただろうな。
会社から俺の住んでいるアパートまでは歩ける距離だからいいが、問題は途中にあるトンネルだ。 こいつが凄く長い。 嫌になるほどに。
しかも変な噂まで立っている。
なんでもトンネルを自転車で走っていた子供達が三日間帰ってこなかったという。
その後子供達は何事も無かったように帰ってきたとか。
そんな噂が立ったトンネルに、今俺は夜中なのに歩いていかなければならない。 別に通らなくても帰れるが、一時間以上差が出るんだよな。
「残業したくねー」
おっと、思わず愚痴がこぼれてしまった。
さて、問題のトンネルに着いたわけだが、これといって代わり映えのしない、普通のトンネルに見えるな。
「びびってどうする、早く帰ってビール飲んで眠るんだ」
帰ってからの冷えたビールが俺を奮い立たせた。
一歩、また一歩とトンネルの中を進んでいく。
トンネルに入ると、たまに冷たい風が吹き付けてくる感じがする。
そのたびに俺は背筋が震えてしまっていた。
途中、蛍光灯が点滅している場所もあった。
トンネルは結構曲がりくねっている。 普通の作りに感じられない奇妙な作りだった。
俺は何気なく立ち止まり、後ろを振り返ると――。
先ほどまで点滅していた蛍光灯が全て消灯していた。
気味が悪くなり、少し早足で
移動し始めた。
鳴り響く俺の革靴の音――。
耳に付く俺だけの息づかい――。
そして――。
俺の真後ろからヒタヒタと裸足で歩いてくるような音。
(振り向くな、振り向くな、振り向くな、振り向くな)
俺は心の中で何度も何度も何度も同じ言葉を繰り返した。
しかし、足音は消えない。
それだけではない。
増えてきている――――――。
(なんかヤバいヤバいヤバいヤバい)
俺は走り出した。
がむしゃらに、振り向かず、前だけを見つめて。
足音は離れない。
ヒタヒタヒタ。
ぺたぺたぺた。
ひたひたひた。
ずる――ずる――ずる――。
(なんか違う音が増えた! 出口はまだかよ!)
かなり長い時間走りまくった。
俺は汗だくになり、体力が限界に近づいたとき、目の前にトンネルの出口が見えた。
「もう少しだ! あそこまで行けば!」
俺はなんとか走りきった。
トンネルから出てきたんだ。
トンネルから出てきたとき、後ろから聞こえていた音は全く聞こえてこなかった。
俺は汗だくになりながらアパートに辿り着き、冷蔵庫から冷えたビールを取り出して一気に飲み干した。
「かーっ! 生き返る!」
ビールの缶をテーブルの上に置いてベッドに腰を下ろした。
「なんだったんだよあのトンネル。 ヤバいだろ」
俺は残りのビールを飲み干して、シャワーも浴びずに眠りについた。
スマホの着信音で目を覚ます。
「なんだよ、今日は休みだろ? 誰だよ」
スマホの画面を見ると、課長からの電話だった。
俺は通話ボタンをタップして話し始めた。
「もしもし、課長? 休みの日にどうしたんですか?」
俺は普通に話し始めたら課長が怒鳴ってきた。
「馬鹿野郎! お前なんで一週間も連絡よこさないで休んでやがる! とにかく今から出社しろ!」
……何言ってんだ?
そう思いながらスマホの日付を確認すると――。
「マジかよ……」
一週間過ぎていたのだ――。
そのトンネルを抜けろ 完




