表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/12

80%の解決

9月8日深夜、神戸港で「オペレーション・アシブネ」が発動します。

SBUとSFGp——国家の総力を挙げた作戦が、事件の核心へと迫ります。そして、「80%の解決」というタイトルが意味するものとは。

【2012年9月7日 深夜】


 神戸市中央区元町、分譲マンション最上階の角部屋。自室の南側にある窓からは、南に大阪湾、東に神戸市街の煌めきが広がっていた。街の明かりは静かに瞬き、漆黒の海面に反射する。秋の気配が混じる夜風が、薄く開いた窓の隙間から、カーテンを微かに揺らしていた。

 私は、ベッドに座りながら、その夜景を無表情に見つめていた。かすかに震える身体は、熱があるわけでも、寒いわけでもない。数日前から続く、耐え難い違和感が、全身の細胞を内側から揺さぶっているせいだった。

 私にしか感じられない、この「歪覚(わいかく)」は、この数日間でその強度を増していた。それは耳鳴りにも似て、しかし聴覚器官とは無関係に脳の深部で響き渡る。神経が引き攣れるような不快感と、全身が冷たい水に浸されたような感覚が交互に押し寄せる。


 この四日間、神戸の街はニュースに支配されていた。テレビのワイドショーはコメンテーターたちの感情的な憶測で埋め尽くされ、Twitterでは「#神戸誘拐」のハッシュタグがトレンドを席巻し続けている。2ちゃんねるには真偽不明の投稿が溢れかえっていた。大人たちが恐怖と憤怒に震える一方で、子供たちはLINEで繋がり、絶え間なく噂話を拡散していく。しかし私には、その喧騒の奥底で、もう一つの『現実』がうごめいているのがはっきりと分かっていた。


 窓の外。夜空には、下弦の月が冷たく懸かっていた。

 私は、自分の能力について、もう「異常」だとは思っていなかった。それは高校一年生の時、兵庫県立図書館で超弦理論やM理論に関する専門書と出会って以来の確信だった。ホーキング博士の言葉は、私の歪覚がこの宇宙の正しい構造を捉えているのだと教えてくれた。しかし、その確信は同時に、私を「社会」から孤立させるものだった。あの時、テニスボールを裏返してみせた私を、真美がどんな目で見ていたか、今でも鮮明に思い出せる。「絶対に人前でやっちゃだめだよ」——彼女の切実な声は、私に自粛を促し、この能力を心の奥底に封じ込めることを選ばせた。

 だが、もう限界だった。9月4日、歪覚に引き寄せられるまま、気がつけば三宮の雑踏に立っていた。能力を封じ込めようとする私の意志など、あの圧倒的なノイズの前では無力でしかなかった。その後も幾度となく五次元への移動を繰り返す。もはや「自粛する」という選択肢は、私の中に存在していなかった。


 私を苛むその感覚は、明確に二つの異なる層に分かれていた。

 一つは、禍々しいノイズだ。都市の深層で(うごめ)くような、低く重い振動。無数の人間が同時に押し黙っているような、奇妙で暴力的な圧迫感がある。巨大な悪意の塊が地面の下で脈打つそれは、獲物を待つ捕食者の、冷え切った血流の音に似ていた。連日ニュースで報じられている「犯人側」の存在が、この悍ましいノイズの発生源なのだと、私の直感は断定していた。

 もう一つは、か細く悲痛な震え。暗闇に閉じ込められ、恐怖に苛まれながらも必死に命を繋ごうとする、微細な生命の鼓動の集合体だ。途切れがちなその波紋に触れるたび、私自身の心臓を直接掴み潰されるような痛みが走る。数えるまでもない。その痛ましい鼓動の数が、失踪(しっそう)した子供たちの数と完全に一致しているという事実を、私ははっきりと感知していた。


 私は目を細め、街の明かりの海を凝視した。歪覚は、まっすぐ南を指している。神戸港、そして沖合に広がる人工島、ポートアイランド方面だ。

 ノイズの発生源と、子供たちの怯える気配。二つの位置は完全に重なっていた。彼らは今、逃げ場のない空間で、自分たちを(さら)った犯人と共にいる。


「……島の南。港のあたり」


 ここ数日続く身体の重さは、今や、胃の奥から何かが込み上げてくるような強い吐き気へと変わっていた。歪覚が臨界点に達し、明確な拒絶反応として肉体を蝕んでいる。嫌な汗が滲み、呼吸が浅くなる。このままでは、身体が持たない。あの港のどこかに、子供たちはいる。今、私にできることは何なのか。——しかし、この力は私を世界から孤立させるだけだ。誰も信じてはくれない。私が感じているこの異常を、誰も理解などできないのだから。


 ベッドの上で、私は自分の力の輪郭をなぞっていた。あの座標へなら、この身ひとつを運ぶことはできる。歪覚がこれほど鮮明に指し示す場所だ、折り目さえ辿ればいい。けれど——たどり着いて、それからどうする。あの子たちを連れ帰ることは、できない。掌に収まる小さなものなら、折り目の内へ滑り込ませられる。だが、人ひとりの、まして百を超える命を「入れる」ことなど、どうやっても叶わない。私にできるのは、見つけることだけだ。あの場所へ確かな力を送り込めるのは、私ではない。


 ふと、父の顔が脳裏をよぎった。「パパは普通の公務員じゃない」。子供の頃から静かに感じ続けてきた確信が、今、改めて蘇った。

 もし、この情報を、誰かに伝えるとしたら……

 私の胸中に、漠然とした、しかし確かな行動への衝動が芽生え始めていた。


 ベッドを降りて、隣の勉強机の椅子に座った。枕元のiPhone4Sの画面はすでに黒く沈み、二時間ほど前までLINEをしていた温もりはもうない。

 真美には感謝している。中学の時から理由もなく私を気にかけてくれる、私とは正反対の明るい人だ。身長は私の方が15cmも高いのに、どこか頼もしく、私よりもずっと大きく見えることがあった。先ほどのLINEも、私の不調を察した彼女からのメッセージから始まった。最終的にはいつも通りの他愛もない会話になり、「おやすみ」と送り合って終わる。そのやり取りをしている間だけは、私の中の重いものが少し和らいだような気がした。


「さて、うまく描けるかな……」


 私は机の引き出しを開け、ほとんど使うことのなかった便箋と一本の鉛筆を取り出した。絵の才能があるわけではない。しかし、歪覚で捉えた「場所の輪郭」は、不思議と鮮明だった。

 まず、神戸市民なら誰もが知る、ポートアイランドの島の形を描く。次に、その中央東側付近に長方形を書く。私の歪覚が捉えた、大きな四角い建物、その冷たく角張った輪郭。屋根には記号が見えた。長方形の上に、その記号「YAMATO-7」を記した。そして、その四角のすぐ隣に、「閉じ込められてる」と書き添える。言葉を丸で囲み、最後に長方形を指す矢印を書く。

 鉛筆を置き、便箋に描いた図と文字の内容を確認する。自分で書いてなんだけど、図はあまり上手とは思えない。だけど、神戸の人ならだれでもわかる特徴的な形をした人工島だ。父ならきっとわかってくれる。そう信じて、便箋を折りたたみ、ダイヤモンド貼りの白い封筒に入れ、封緘シールを貼った。そして封筒の表側に、「パパへ」と宛名を書いた。

 そういえば、父に手紙を書くなんていつぶりだろうか。

 ふと記憶に浮かんだのは、小学校三年生の時のことだ。誕生日に、色鉛筆で「いつもありがとう」と拙い文字を書いたのが最後だったと思う。手紙を受け取った父は一瞬面食らって、それから少しぎこちなく笑った。子供心に不器用な反応だと思ったけれど、それでも不思議と嬉しかったのを覚えている。

 私にとって、身内と呼べるのは父しかいないのだから。


 明日の朝、この手紙を父に渡す。明確な根拠はないけれど、なぜかそうするのが一番正しい気がした。椅子から立ち上がり、ベッドへ移動する。僅かに開いていた窓を閉め、カーテンを引いた。窓の向こうから嫌な気配を感じたような気がしたが、気にせず照明のリモコンを押し、常夜灯に切り替える。色々なことがあって、今日は眠れそうにないと思っていた。けれど、枕に頭を沈めて目を閉じると、限界を迎えていた身体の重みに引っ張られるように、すぐ意識が遠のいていった。


 逢坂宗一は、書斎の古い木製デスクに向かい、微かに震える指で便箋に最後の言葉を(つづ)っていた。傍らのモニターが放つ蒼い光だけが、彼の疲れた顔を照らす。内調から伝えられた「今日、警察が来る」という事実は、彼の全身に重くのしかかっていた。

 娘の瑠那が、国家の「資産」として管理されることになったのは、紛れもなく自分が提供した情報の結果だ。二十年近くに及ぶ観察者としての任務は、今日、一つの大きな結節点を迎える。瑠那を守りたいという、親としての感情は、内藤の「感情は不要。必要なのは、データと、結果だ」という冷徹な言葉によって、深い闇へと沈められたばかりだった。

 それでも、内藤の言葉でも消しきれないものがあった。胸の奥で渦巻く微かな後悔と、贖罪(しょくざい)にも似た衝動。それが、彼に瑠那への「最後の伝言」を綴らせていた。

 渦巻く想いを、彼は顔に出さない。ただ淡々と文字を連ねる。決して感傷的ではない。ただ、ペンを走らせる指の動きにだけ、長い任務の疲れが滲んでいた。


【2012年9月8日 早朝】


 夜が明け、書斎の東側の窓から朝日が差し込んでいる。宗一が壁の時計に目をやると、時刻は午前六時半を回ったところだった。

 彼はゆっくりと椅子から立ち上がり、先ほど書き終えたばかりの便箋をデスクの引き出しにしまい込む。そして無言のまま、リビングへと向かった。瑠那はまだ起きていないらしく、室内にはひんやりとした静寂が落ちている。

 宗一はキッチンに立ち、冷蔵庫からアイスコーヒーを取り出してマグカップに注ぐと、ダイニングテーブルに腰を下ろしてカロリーメイトをかじった。この静かな朝の後に起こる出来事を想像し、ふと気が重くなる。だが、彼はその思考をすぐに断ち切った。無表情のまま残りを食べ終え、コーヒーを胃に流し込む。キッチンのゴミ箱に包装を捨て、手早くマグカップを洗うと、宗一は再び自分の書斎へと戻っていった。


——その頃、隣室で。


 ふと、リビングの方から物音が聞こえて、私は目を覚ました。すぐに眠りにつけたはずだが、体はひどくだるい。眠りが浅かったのだと思う。

 私は封筒とiPhone4Sを持って自室を出た。リビングのダイニングテーブルに端末を置き、テレビをつける。キッチンへ向かうと、そこには微かなぬくもりが残っていた。父が朝食を済ませた後なのだろう。このマンションに越して以来、朝に父と顔を合わせることは滅多にない。一緒に食事を摂ることも、ほとんどなくなっていた。

 壁の時計を見ると、時刻は午前七時を過ぎたところ。いつも通りの朝だ。私は封筒をキッチンの調理スペースに置いた。ここなら、父も必ず気づくはずだ。


 そして私は、いつものようにココアを淹れる準備を始めた。


【2012年9月8日(土)日中】


 兵庫県警察本部庁舎地下3階の取調室で逢坂瑠那がベテラン刑事たちの追及に晒されているその頃、国家の中枢では、極秘裏に救出作戦の最終段階が進行していた。


 正午を過ぎた頃。内調の分析官たちは、神戸港の衛星画像、港湾施設管理図面、そしてTSRI(東亜社会基盤研究所)に関する警察庁警備局からの極秘情報——それらを全て重ね合わせたディスプレイを前に、息を詰めていた。特定の建物、その屋根に大きく書かれた「YAMATO-7」の文字。情報が示す地点は、神戸市中央区港島8丁目、「大和港湾運送 港島南第七特別定温倉庫」と特定された。


 内閣情報官は、その確定情報をもって、直接、内閣危機管理監の執務室へ向かった。


「場所を特定しました。子供たちが収容されていると見られる施設です。警察庁警備局との合同分析によるものです」


 情報官は淡々と告げた。情報源が、神戸の地方警察署で取り調べを受けている少女の便箋一枚であることは、官邸の誰も知る由もなかった。危機管理監の表情が即座に硬直した。103人の子供たちの生命がかかっている。この情報を官房長官・総理大臣へ上申するのは、今この瞬間をおいて他にはない。危機管理監は、即座に官房長官、そして総理大臣との面談を設定した。


 ほぼ同時刻、内調の担当者から警察庁警備局公安課へ、照合済みの位置情報と解析資料一式が手交された。内藤が兵庫県警本部20階の特命班拠点でBlackBerryの着信を確認したのは、午前の会合中のことだった。画面に表示されたのは、たった一言——「警備局長 合意」。その確認から間を置かず、この手交は実行に移されていた。警備局は、提供された情報を独自ルートで厳密に検証し、内調の特定が正確であることを確認した。「大和港湾運送 港島南第七特別定温倉庫」。この事実を「警備局独自の分析による」として固め、警備局長は迅速に警察庁長官への報告書作成を指示した。警察庁長官は報告書を受理すると、直ちに国家公安委員長へ連絡を入れた。


「相手は武装テロ集団です。警備局がコンドル・ネットワーク経由の武器流入を以前から追っており、実行部隊コンパスは自動小銃に加え、対戦車火器や軍用の爆発物を相当数保有しているとの、確度の高い情報があります。SATの投入も検討しましたが、これら軍用級の火力を前に、警察装備での突入は制圧困難、かつ甚大な犠牲が避けられないと判断せざるを得ません。兵庫県知事を通じ、自衛隊法第81条に基づく要請による治安出動、及び第82条に基づく海上警備行動の発令を内閣官房へ上申する所存です」


 国家公安委員長もまた、この事態の重大性を認識し、上申を承認した。並行して、警察庁長官は兵庫県警察本部長への極秘連絡を入れる。武装テロ集団相手の作戦概要と、兵庫県知事への要請取得への協力を求めるためだ。本部長は、事態の重大性を即座に理解し了承した。ただし、特捜本部の現場捜査員には、作戦完了まで一切伏せられることとなった。


 午後三時を回った頃、総理官邸の一室では、重苦しい静寂の中で極秘の会合が開かれた。総理大臣、官房長官、内閣危機管理監、国家公安委員長、防衛大臣、そして警察庁長官。わずか六名の出席。議題はただ一つ、自衛隊の出動要請だった。事前に警察庁長官と兵庫県警察本部長との連携により、兵庫県知事からの要請書は既に取り付けられていた。自衛隊法第81条に基づく要請による治安出動——国会承認を要しないこの枠組みが、唯一、即座に発動可能な選択肢だった。治安出動は、自衛隊創設以来、実質的に発令されたことがない。それは、警察力をもってしても治安を維持することができないと国が認めることを意味し、憲法上、政治上きわめて重い決断となる。しかし、103人の子供たちの安否、そして相手が武装テロ集団であることを考えれば、他の選択肢は存在しなかった。

 警察庁長官は防衛大臣に対し、「警察装備による武装テロ集団への対処が困難であること」を明瞭に説明し、自衛隊法第81条に基づく要請による治安出動、及び第82条に基づく海上警備行動の発令が必要である旨を正式に要請した。防衛大臣は統合幕僚長との電話協議で出動部隊の現状と投入計画を確認し、総理大臣へ意見具申を行った。方針はその場で固められ、直ちに持ち回り閣議に付された。全閣僚の決裁を経て、総理大臣は、要請による治安出動と海上警備行動の同時発令を承認した。その決定の重みに、関係者は一様に沈黙した。同時に、警察庁・防衛省と在京テレビ・新聞各社の代表者との間で、緊急の報道協定が締結された。「103人の児童の生命を守るため、作戦完了まで一切の報道を控えてほしい」——警察庁長官の要請を、報道各社は重く受け止めた。発令の事実そのものが、作戦完了まで国民に伏せられることとなった。

 この作戦は、防衛省の内部文書には「PC-18地区特別警備行動」と記録され、現場での作戦コードネームは「オペレーション・アシブネ」と命名された。発令を受けた統合幕僚監部は、中央即応集団を通じて、直ちに特殊作戦群に出動を下令した。部隊は神戸港湾へ向けて移動を開始し、夜間の展開・待機を経て、深夜の突入に備えた。兵庫県警本部長と一部上層部のみが事態を承知していたが、捜査主任官の岩田を含む特捜本部の現場捜査員には、この国家的な動きは一切知らされなかった。


【2012年9月8日(土)深夜 PC-18コンテナターミナル】


 神戸港湾の深淵に、海上自衛隊特別警備隊(SBU)の高速潜入艇二隻が静かに滑り込んだ。艇内には陸上自衛隊特殊作戦群(SFGp)隊員が搭乗している。ポートアイランド二期、PC-18コンテナターミナル背後地の第七号倉庫を目標とする「オペレーション・アシブネ」が最終段階に入った。


 第七号倉庫は高さ10mの無窓建築、冷凍・冷蔵施設である。PC-18ターミナルの警備業務を受注するコンパス関連会社の警備員が周辺に配置されているが、その実態はコンパスの構成員だ。内調と警察庁警備局の事前情報によれば、当夜、倉庫敷地内には約四十名の武装構成員が、岸壁・外周・倉庫内監視・児童管理の各役割で展開しているはずだった。元自衛官、元警察官、民間軍事会社経験者を中核に、自動小銃や対戦車火器までも備え、24時間シフトで分散運用されているとの分析だった——警察の特殊部隊では制圧困難と判断させた、軍用級の装備である。陸上での倉庫制圧の法的根拠は要請による治安出動にあり、海域からは海上警備行動の発令を受けたSBUがこれを支援する。保税地域たるISPSコード上の壁も、その行動を阻害しない。


 目標地点から200mの距離でエンジンが停止された。SBU潜水員二名が水中スクーターで先行し、岸壁下部の障害物を確認する。SFGp隊員二十名、SBU隊員八名、公安捜査員二名が精密に計算されたルートで岸壁へ上陸を開始した。SBU隊員が先行し、岸壁に配置されたコンパス警備員三名をサイレンサー付き火器で正確に制圧した。上陸の気配は、倉庫内のコンパスにはまだ届いていない。

 上陸したSFGpは、波打ち際で即座に四個班へと分かれた。デルタ1は正面シャッターへ向かう突入班。デルタ2は裏手通用口を受け持つ突入班。デルタ3は人質捜索・救出班で、公安捜査員二名が同行する。デルタ4は狙撃・監視班として、倉庫屋上および周辺高所の監視位置を目指す。SBUの二個チームは岸壁の東西へ展開し、水際の警戒に就いた。各班はそれぞれの担当方位へ、散開しながら配置点へと進んでいく。

 各班の進路上には、外周を巡回する警備員がいた。二十四時間シフトの巡回は、裏を返せば動線が読めるということでもある。外周に張り巡らされた監視カメラの画角と死角も、突入前の図面でとうに割り出されていた。各班は照明と画角、二重の死角を縫うように進み、担当方位の歩哨を折り返しの隙を突いて、気取られることなく速やかに仕留めていった。声をあげる間も、異変を伝える間もない。倒れた身体はただちに物陰へ引き込まれ、欠けた一人分の空白が、次の巡回者に悟られることはなかった。最も奥まった裏手の二名は、通用口へ向かうデルタ2がその進路上で捉え、背後から同時に始末した。

 各班から、担当方位クリアの短い報告が次々とインカムに流れ込む。デルタ1が二、デルタ2が四、デルタ3が一、デルタ4が三——アルファは届く数を頭の中で積み上げ、外周で倒した警備員を締めて十と確認した。事前情報の見積もりと合致する数だ。だが、事前の情報が現場の安全を保証するわけではない。隊員たちは銃口を死角に向けたまま、警戒を解かなかった。

 外周の目がひとつ残らず潰されても、窓のない倉庫に詰める構成員たちは、その異変を察知できなかった。直接の視界は壁に塞がれ、死角を縫う影は監視モニターにも映らない。やがて各班が配置点に取り付き、SBUが岸壁東西の水際を固めたとき、倉庫を囲む包囲はようやく完成した。外周を制した隊員の一組は、敷地の隅の受電設備に取り付いている。突入の号令とともに、倉庫の電源を一息に落とすために。


 無線が短く交信された。


「アルファよりデルタ各班、配置完了を報告せよ」

「デルタ1、配置完了」

「デルタ2、配置完了」

「デルタ3、待機中」

「デルタ4、屋上ポイント確保、全周クリア」

「シーガル1、西方水際警戒完了。シーガル2、東方警戒完了」


 SFGp指揮官「アルファ」が静かに命じた。「アルファよりデルタ各班、エントリーフェーズ移行。ブリーチング開始」


 デルタ1が正面鋼鉄シャッターに指向性爆薬を設置し、起爆した。抑制された鈍い破裂音がPC-18区画に短く響き、シャッター中央に正確な開口部が形成される。同時にデルタ2が油圧式ブリーチングツールで裏手通用口のロックを破壊した。その同じ瞬間、受電設備に取り付いていた隊員が主電源を落とす。倉庫の照明が一斉に消え、監視モニターは暗転した。非常用発電機が送電を引き継ぐまでの、ほんの数十秒の空白——だが、暗視装置を備えたSFGpにとって、その闇は絶対の優位でしかない。両班から投擲されたスタングレネードが、残された視界と聴覚を根こそぎ奪った。


「デルタ1、エントリー。エリアクリアリング開始」

「デルタ2、エントリー。南東区画クリア」


 SFGp隊員がナイトビジョン越しに内部を索敵する。倉庫内部は数千平方メートルに及ぶ巨大な空間で、改造された40フィートリーファーコンテナ十基が整然と並んでいた。換気ダクトから漏れる機械的な駆動音が低く響き、異様な冷気が流れている。


「デルタ1よりアルファ、エリア1、コンパス構成員十二名、武装抵抗の末、全員制圧。エリアクリア」

「デルタ2よりアルファ、エリア2、コンパス構成員九名、武装抵抗の末、全員制圧。エリアクリア」

「デルタ3よりアルファ、児童監視区画、コンパス構成員六名、制圧完了。子供たちは無事」


 コンパス構成員の武装抵抗は瞬時に収束した。短機関銃による激しい応戦でさえ、先制と精密射撃で間合いを制したSFGpの前では意味をなさず、撃ち返す体勢を整える時間も、退いて立て直す余地も与えられなかった。倉庫敷地内に展開していた四十名の全構成員が死亡し、武装した実動部隊としてのコンパスはこの作戦で完全に消滅した。

 デルタ3が内部に進入した。


「アルファよりデルタ3、人質捜索を開始せよ。コンテナ内部を優先」

「デルタ3了解。C-1から順に捜索開始」


 隊員は油圧スプレッダーで密閉されたコンテナの扉を次々とこじ開けていく。冷気を帯びた空気が噴き出し、暗視装置越しに無数の瞳が光を反射した。


「デルタ3よりアルファ、C-1、子供たちを確認。総員無事」

「デルタ3よりアルファ、C-5、子供たちを確認。衰弱なし」

「デルタ3よりアルファ、C-8、子供たちを確認。軽微な脱水症状あり。医療班手配を要請」

「デルタ3よりアルファ、C-10、最終コンテナ確認。総員無事。捜索完了」


 103人の子供たちは十基のコンテナに、年齢層と性別ごとに分散収容されていた。身体的ダメージは軽微だが、長時間の密室は幼い心に深い恐怖を刻んでいた。

 倉庫奥の管理事務所区画から断続的な銃声が響いた。


「デルタ1よりアルファ、管理区画で交戦。敵性目標三、武装」

「アルファよりデルタ1、制圧せよ」


 TSRI幹部三名が作戦進捗確認のため当日現地入りしていた。彼らは短機関銃で武装抵抗を試みたが、SFGpの練度は想定を遥かに超えていた。


 追い詰められた幹部の二人が、ほぼ同時に奥歯を強く噛んだ。直後、口の端から血の混じった泡が溢れ、糸が切れたように崩れ落ちる。確保に動いた隊員が口内を検めると、臼歯(きゅうし)の間に砕けた小型アンプルの破片が挟まっていた。捕縛を拒むための、毒の保険——その存在が、ここで初めて隊員たちの前に晒された。


「デルタ1よりアルファ、敵性目標二、毒物服用。自害確認。目標一、岸壁方向へ逃亡を図る」

「アルファよりデルタ4・シーガル各艇、目標一を岸壁で捕捉。海上逃走に備えよ」

「デルタ4よりアルファ、目標一、岸壁到達。小型艇に搭乗、海上へ発進」

「アルファよりシーガル1、追尾しインターセプト。デルタ4は高所から支援」


 シーガル1のRHIBが白波を蹴立てて追う。闇の海に、拡声器の警告が響いた。


「こちらは海上自衛隊。直ちに停船せよ」


 応答はない。小型艇は速度を上げる。


「シーガル1よりアルファ、停船命令に応じず。威嚇射撃を実施」


 艇首をかすめた曳光弾が海面を叩く。それでも小型艇は止まらない。


「シーガル1よりアルファ、威嚇効果なし。特例に基づく船体射撃の許可を求む。推進器を狙う」

「アルファよりシーガル1、許可する。乗員への直接の危害を避け、動力部を無力化せよ」


 短連射が船尾の船外機を捉えた。エンジンが咳き込み、艇が大きく減速する。その刹那——


「シーガル1、目標から発砲! 被弾!」


 甲板の目標一が、自動小銃を追尾艇へ向けて掃射していた。


「アルファよりシーガル1、正当防衛射撃を許可。制圧せよ」


 応射が交錯した。数秒の銃火の後、小型艇の甲板で動体が崩れ落ち、海面に静寂が戻った。


「シーガル1よりアルファ、目標一、制圧。生命反応なし」


 TSRI幹部三名は全員死亡した。二名は毒物による自害。残る一名は、小型艇で海上へ逃走し、停船命令にも威嚇射撃にも応じず、推進器を狙った船体射撃で足止めを受けた直後、追尾するSBU艇へ自動小銃を掃射した。隊員の生命に対する現在の危難を避けるための正当防衛として応射を受け、射殺された。久世を除く実務幹部が全員死亡したことで、組織の中枢機能は事実上崩壊した。主犯格の久世泰三は作戦当日ポートアイランドにいなかった。東京の別拠点に滞在していた久世は、PC-18急襲の一報を受けた直後、コンドル・ネットワークの旧ルートを使い即座に国外へ撤退していた。その行き先が判明するのは、接収資料の分析が進んだ後のことになる。内調はその動向を把握していたが、この時点では泳がせる判断を下した。

 作戦完了後、公安捜査員がデルタ3の支援のもと資料保全作業を開始した。倉庫内には103人の子供たちの選定基準、詳細な拉致ルート、収容方法を記した資料群、コンドル・ネットワークの国内協力者の名簿、資金フローの記録が手つかずのまま残されていた。


「アルファより各班、救出完了、事後処理フェーズへ移行。デルタ3は公安を支援し、資料は全て自衛隊で接収。警察への開示は一切不可」


 夜明け前の空が青から淡い紫へと変わり始める頃、全ての子供たちは無事に救出された。9月9日(日)早朝のことだった。


【2012年9月9日(日)未明 港島8丁目・第七号倉庫】


 神戸港、ポートアイランド二期。大和港湾運送 港島南第七特別定温倉庫——通称、第七号倉庫の周辺は、既に人の気配が消え失せていた。自衛隊特殊作戦群(SFGp)と特別警備隊(SBU)は、救出作戦の完了、資料の接収、そして痕跡の管理を終え、漆黒の闇に紛れて静かに現場を離脱していた。


 倉庫の正面シャッターに残る、爆破によって歪んだ金属の痕。壁面に散った弾痕と、拭いきれずに残された血痕の飛沫。確かに激しい交戦があったことを物語っていた。だが、遺体は一つもない。特殊作戦群はコンパス構成員四十名とTSRI幹部三名の遺体を全て回収し、跡形もなく持ち去った。回収された遺体の口腔内をひとつずつ検めると、先の幹部たちと同じく、ほぼ全構成員の臼歯間に毒物の小型アンプルが仕込まれていた。後の分析で、その中身は青酸化合物と判明する。捕まれば自決する——コンパスとTSRIに徹底された掟が、死してなお口の中に残されていた。

 遺体を残せない事情は、国家の側にもあった。事件後、警察捜査が大和港湾運送株式会社からTSRIの表の顔——非営利シンクタンクとしての一般財団法人——に行き着くことは、もはや止められない。だが、警察の捜査が辿り着けるのは、そこまでだった。TSRIが戦後の右翼フィクサーの系譜を受け継ぐ後継組織であったこと、そして多国間秘密協力ネットワーク——コンドル・ネットワークの日本支部として機能していたこと。これらが警察の手で暴かれ、表に出ることだけは、国家として絶対に避けねばならなかった。国家の作戦の影は、光が届かぬ場所へと葬られた。


 SFGpが去った後、現場には作戦に同行していた公安捜査員二名が残り、ほどなく本庁から派遣された公安捜査員数名が加わった。彼らの役割は「捜査」ではない。情報管理。103人の子供たちの保護と身元確認。そして、この場所で何が起きたかを外部に漏らさないための管制だ。

 コンテナの中では、子供たちのすすり泣く声がまだ響いている。身体的なダメージは軽微だが、数日にわたる密室での恐怖は深く、小さな顔に刻み込まれていた。ただ呆然と座り込む子、名を呼ばれても反応しない子。公安捜査員たちは震える子供たちに必死に声をかけているが、自分たちだけでは十分な手当ても心のケアもできない。もどかしい思いを抱える彼らをよそに、夜明け前の港を冷たい風が吹き抜けていった。


【2012年9月9日(日)午前五時過ぎ 兵庫県警察本部庁舎22階 神戸市児童連続行方不明事件特別捜査本部】


 兵庫県警察本部庁舎22階の「神戸市児童連続行方不明事件特別捜査本部」に、突如として一本の電話が入った。発信元は警察庁。警備局上層部からの極秘指示だった。指定地点に103人の児童が保護されている状態にあり、特捜本部は直ちにこれを保護せよ——指示の内容はそれに尽きていた。

 受話器を置いた本部長の表情は冷静だった。前日に警察庁長官から伝達された作戦が、予定通り完了したということだ。あとは段取り通り、現場の捜査員を動かす——それが本部長の仕事だった。本部長は端的に命じた。


「全員、聞け。たった今、警察庁から指示が入った。

 103人の子供たちの所在が判明した。

 場所は港島8丁目、PC-18ターミナル背後の第七号倉庫。

 直ちに現場へ急行し、保護にあたれ。

 発表は警察庁の指示があるまで一切控えること。以上、即時実行」


 怒号が、夜通しの捜査で張り詰めていた特捜本部の空気を一気に揺さぶった。

 主任の木村が、青ざめた顔で指示を復唱する。


 岩田は、その指示を受けて無言で立ち上がった。

 前日の午後三時過ぎ、逢坂瑠那は室谷と名乗る女の介入によって取り調べを打ち切られ、行き先も告げられぬまま、同行した公安の捜査員らによって本部庁舎から連れ出されていた。「任意同行の取り下げ」——手続き上は整合するが、実態は強引な横取りに等しい。岩田は行き場を失った追及の矛先を抱えたまま、特捜本部で夜を明かしていた。

 そして今、「子供たちが見つかった」という一報が飛び込み、憔悴しきっていた特捜本部の空気は一変した。警察の捜査線外からもたらされたその結果が、昨日の不可解な介入と直結していることは想像に難くない。

 岩田は苦い事実を噛みしめるように顔を強張らせると、椅子の背に掛けたジャケットを無造作に掴み取った。

 山根は無言で岩田に続いた。

 窓際にいた倉田は、ふと顔を上げ、独りごちた。


「ああ、やっぱりそこか」


 映像解析という冷徹なデータを通して、捜査の外側で何かが動き始めていたのを、うっすらと感じ取っていた。だが、その正体を彼が知ることはない。倉田は静かに席を立ち、岩田と山根の後を追って、特捜本部の出口へと向かった。


【2012年9月9日(日)午前六時過ぎ 港島8丁目・第七号倉庫】


 夜明けの光が、東の空を赤く染め始めた。兵庫県警の捜査車両が港島8丁目の第七号倉庫前に到着した。公安捜査員が数名、出迎えた。しかし彼らは何も説明しない。


「子供たちはコンテナの中にいます。あとはお願いします」


 それだけ告げると、公安は静かに姿を消した。


 岩田、倉田、山根らが目にしたのは——正面シャッターに残る爆破痕。壁に散りばめられた弾痕と血痕。こじ開けられたままのリーファーコンテナの扉。そして、遺体は一つもない。人の形をしたものが、何も残っていない。まるで嵐が去った後のように、現場は静まり返っていた。コンテナの暗闇の中から、103人の子供たちの、か細いすすり泣く声だけが聞こえてくる。


「これは……誰がやった?」


 岩田は隣に立つ倉田に問うた。倉田は真っ青な顔で首を横に振る。


「分からない。爆破痕がある。銃痕がある。血痕がある。しかし遺体が一つもない。警察の手によるものではないことは明らかだ。だが、何者の手によるものかも、全く……」

「上から何も聞いていないのか」


 岩田が再度問うと、倉田は静かに言った。


「聞いていない」


 岩田は一瞬黙った。上が教えないということは、知るべきではないということだ。それ以上でも以下でもない。


「そういうことだ」


 岩田は自分に言い聞かせるように呟いた後、深く息を吐いた。


 同じ頃、兵庫県警察本部では、官邸からの発表方針が本部長に伝達されていた。「武装テロ集団」「警察と自衛隊の合同作戦」「全員死亡」——公式表現はその三点に限定すること。間もなく官房長官が緊急記者会見を行うため、県警としてもこれに沿った対応を徹底すること。

 本部長は粛々と指示を受領した。事前に伝達された作戦概要、そして今、官邸が定めた公式表現。県警トップとして遂行すべき手順は、明確だった。現場の捜査員には、必要なことのみを必要な範囲で伝える——警察組織の鉄則に従えばよい。


【2012年9月9日(日)午前八時過ぎ 全国】


 テレビ各局が緊急速報を流した。


「速報です。神戸市児童連続行方不明事件、103人の子供、全員無事保護されました」


 新型iPhoneの発売が間近と噂され、その話題で騒がしかった日本中が、一瞬にして静まり返り、このニュースに釘付けになった。続いて官房長官の緊急記者会見が中継される。


「本日未明に敢行いたしました、神戸市内における児童連続行方不明事案の救出作戦についてご報告いたします。

 昨日、九月八日午後二時五十分、兵庫県知事より自衛隊法第八十一条に基づく治安出動の要請がなされ、内閣総理大臣はこれを直ちに下令いたしました。あわせて、防衛大臣より同法第八十二条に基づく海上警備行動が発令されました。

 本件につきましては、事案の重大性、および監禁されている児童の安全確保と、投入する部隊の作戦上の秘匿性を最優先に期すという観点から、政府判断に基づき、これまで治安出動の事実を含め公表を意図的に差し控えておりました。この点につきましては、国民の皆様のご理解をお願い申し上げます。

 その後、本日未明、自衛隊の特殊部隊および警察の合同部隊が、神戸市ポートアイランド内の倉庫へ突入作戦を敢行し、監禁されていた児童103人全員を無事救出いたしました。現在、児童らは医療機関等において必要な保護および処置を受けております。

 犯人グループは、高度に武装したテロ集団であり、部隊の制圧行動に対して激しい武装抵抗に及んだため、これに応戦し、結果として犯人グループの全員が死亡したとの報告を受けております。合同部隊側に重大な被害はありません。

 本テロ組織の背後関係や具体的な動機など、事件の全容につきましては、現在、関係機関において全力を挙げて鋭意捜査中であり、事柄の性質上、現時点においてこれ以上の詳細な回答は差し控えさせていただきます」


 日本国民の多くが、テレビ画面に釘付けになった。「自衛隊が動いた」——史上初の出来事だった。ワイドショーは沸き立った。「子供たちは今、病院で保護され、健康状態を確認しています」感情的なコメンテーターが涙を流しながら、自衛隊と警察の功績を称賛する。一部のコメンテーターは「日本で武装テロが発生したという事実の重み」を語り、政治評論家は「戦後初の本格的テロ対応」と論じた。しかしテレビ画面の向こうで、誰ひとりとして「なぜそこに子供たちがいたのか」「武装テロ集団とは何者なのか」「どうやって事件が解決したのか」を知る者はいなかった。


 2012年9月。政権の混迷、スカイツリー開業後の熱狂——そうした日常の騒音の中に、この事件の「解決」は静かに埋もれていった。

 子供たちは家族のもとへ帰った。それは事件解決の80パーセントを占める、幸福な事実だった。しかし、残る20パーセントの空白——誘拐の具体的な手段、犯人グループの真の正体、首謀者の行方、そして「いったい誰が、どうやってあの場所を突き止め、あの夜に実行したのか」という根本的な問い——その全ては、国家機密の厚い壁の向こう側へと封印された。


 現場から22階の特捜本部へ戻った岩田は、窓の外を見下ろしていた。背後で山根は口を閉ざし、倉田もまた、ポートアイランドの方角を無言で眺め続けている。

 逢坂瑠那という少女の名は、やがてこの事件の記録から静かに消えていくだろう。

 「神戸市児童連続行方不明事件」は公的には解決を迎えた。だが、103人の子供たちがなぜ、どうやって、誰の意志で監禁されていたのか——その問いに答える者は誰もいない。

 岩田は窓際から離れて自席に腰を下ろし、書きかけの捜査ノートを開いた。「大和港湾運送株式会社」——その十文字を、黒インクで深く書き留める。

 事件は終わったのではない。まだ、何ひとつ始まってすらいないのだ。


「オペレーション・アシブネ」発動。自衛隊法第78条・第82条に基づく治安出動と海上警備行動の同時発令——この手続きを調べるだけで数日かかりました。「どうすれば合法的に自衛隊を動かせるのか」という一点に、こだわり続けた話です。もう一つ、宗一が書いた手紙のシーンも、個人的にとても大切に書いた場面です。「80%の解決」の意味は、読み終えた後に分かっていただけたと思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ