7枚目 即興劇こそ誉にて
「来る途中の電車で予想できましたが、結構人いますね」
「すっごい、あたしこんなにいっぱい人が来てるイベント初めてです」
周囲の人々を眺めながら、観月 陽映と五色 透がイベントの盛況ぶりを語り合っている。
今回の外出にあたり、どうせならと陽映は自ら引率を買って出た。
先日の出来事から自らのバトルワールドに対する気持ちが前向きに変われた陽映。
その遠因は今回同行している後輩たちのおかげであり、そのお礼としての引率役というわけだ。
衛征学園は風紀が厳しく、外出許可は何枚もの書類と審査が必要となる。
ここで生徒たちの前に立ちはだかるのが、教師陣と風紀委員による審査である。
書類は面倒ながらしっかりと記入すれば良いが、審査は常日頃の積み重ねがものを言う。
成績優秀者でも素行などに問題がある場合、まず審査に引っかかり外出は不許可となる。
「先輩、今回は引率ありがとうございます。おかげでイベント参加できました」
門地 界斗。
勤勉家であり、それに見合った優秀な成績。
しかし学園が立ち入り禁止としているエリアへの無断侵入、学園内外のプレイヤーとのいざこざ、そのうちの何名かに発症したバトルによるものと思われる後遺症の関与疑い。
※風紀委員会要注意人物リストより抜粋
「ったく風紀の連中、目の敵にしやがって……」
炉井 鷹介
成績優秀なれど、素行に大いに問題あり。
現在は解散しているが学園非公認のグループを結成し無差別なバトルを強要。
暴行、恐喝などの被害を受けたと生徒からの報告多数(要調査)
※風紀委員会要注意人物リストより抜粋
「こういう時、周りからの目っていうのは存外疎かにできないものなんですよ」
最初このイベントに行くための外出許可を界斗と鷹介は却下されたのだ。
しかし陽映が何やら手を回し、自ら引率役として責任を負うという形で許可をもぎとる。
「犯罪とかは勿論だめですが、2人とも自身の我を通したいのなら上手くやりましょう」
そんな先輩からのありがたいお言葉を賜っている男子2人。
「あ、屋台もたくさん出てる! カラフルな屋根見るとテンション上がるー!」
2人と違い特に咎められることなく外出許可が出た透。
敷地内に設置された色とりどりな屋台を見て、無邪気に喜びをあらわにする。
そんな楽しそうな透を見ながら、陽映は今回のイベントについて考えていた。
「うーん、しかし思ったよりも規模が大きいですね」
「ポップフェスタ、中小企業数社による今回が初開催の合同イベント」
「実績がないのに、イベント事では引っ張りだこのドーム施設の貸し切り……」
「なによりオープンセンスの貸出まで」
大企業が陰ながら支援している可能性を考え、何故そんなことをするのかという疑問が立ち上がってくる。
しかし、オープンセンスの貸し出しはそれくらいの背景を考えてしまう出来事なのだ。
「オープンセンスを使ったバトルかぁ。きっと見応え抜群だよ」
「まぁ、トーナメント参加者8名のうちプロは2名って話だ。内容はそんな期待できないかもしれないぜ」
プロではない、参加者の大半がアマチュアのトーナメント戦に競会が独占している技術が貸し出されている。
パンフレットを読む限りポップフェスタは本来、スポンサーの中核である芸能事務所が売り出し中の者たちをアピールすることが目的だ。
メインイベントはそうしたタレントたちによる歌やダンスにトークであり、バトルワールドのトーナメント戦は余興に過ぎない。
そんなおまけのイベントになぜこんな手間をかけているのか、陽映は納得する答えを見つけられなかった。
「ねぇみんな。まだトーナメントまで時間あるし、ぐるっと屋台を見て周らない?」
そんな風に考えていた陽映に、透からの提案が差し込まれる。
あるのかないのか分からない背景など考えてどうするのだと考え事を打ち切り、陽映はその提案に賛成する。
「いいんじゃないかな。トーナメントは長丁場になるだろうし色々買っていこう」
「賛成だ。ダンスやら歌やらは興味ねえし」
「僕もそれで大丈夫」
全会一致となった意見。
そうと決まればと、透はすでに目を付けていた屋台へと駆け出していく。
それに続くように、あるいは迷子にさせないために残りの3人が後を追う。
「良いにおーい! 何だろうこれ、揚げた肉団子? うわおいし、これ美味しいよ! すっごいジューシー!!」
「……おい、この[黒の世界の絶品ウェルカムフード!]、個数といい値段といい何よりこの見た目」
「見た目と匂いのギャップがすごいね……」
「どう考えても元ネタ【肉巻く蠢き玉】だろ! 無駄にクオリティ高い仕事しやがって!」
「透も食べてるし、ええい儘よッ! ……おぉ、本当においしい。迫真過ぎて気付かなかったけどこれスコッチエッグだ」
「デッキケース販売の屋台ですか、これまた珍し……ってクルミもち先生デザインのデッキケース少数在庫あり!? あのすみません! クルミもち先生の【昼夜の逢瀬】か【夢に咲く花】シリーズのケースってありますか!?」
「先輩がちょっと見たことないテンションで買い物してる」
「懐かしい、子供の頃はよくあんな感じになってたの見てたかも」
「飴細工の実演販売だって! はー、可愛いし綺麗な飴がいっぱい……」
「バトルワールドのモチーフも大歓迎か。職人技だなあ」
「すいませーん。このお腹見せてるチワワちゃんください!」
「お、あれ格好いい。あの、そこにある【溶岩飲み】いただけますか」
「何でもかんでもポンポン買いやがって。浮かれるのも程々にしとけよ。…………あの、【灰より羽搏くもの】って出来ますか?」
トーナメント戦開始までの間4人は大いに屋台を楽しんだ、楽しみ過ぎたとも言える。
会場であるドームに入場する際、4人は持ちきれない成果物を預けるためロッカーを借りることになった。
トーナメント参加者にそれぞれ用意された控室、その一室にて御園 繁は来客の相手をしていた。
「すまんね、試合前に訪ねてしまって」
「いえ、デッキ調整も済んでいますから」
「この規模の箱での試合は君にとって初めての筈だが、いささかの動揺もないな。うむ、さすがプロというところか」
満足気に頷く目の前の老人こそ、繁をこのトーナメントに招いた本人である。
中小ながら老舗芸能事務所の会長である老人、剪拿 大樹。
数年前に社長職を降り、現在は悠々自適な隠居生活だと本人は言う。
しかしその雰囲気は隠棲した人間が纏うものとは思えず、繁も初対面の際はいくぶん緊張してしまった。
傘寿になろうかという年齢にも関わらず揺るぎない体幹、値踏みどころか細胞の一片まで見通そうとするかのような視線。
顔に刻まれた皺だけがこの人物に老いを感じさせる要素であり、これほど若々しいという言葉が似合う人物も珍しい。
繁と並べば、人によってはどちらの方が年上か悩むかもしれない。
「実況などで呼ばれていれば、今ごろ私も大勢の人に緊張で震えていたと思います」
「ほほう、その心は?」
「勝負となれば、バトルとなれば」
「対戦相手のみが関心事ですので」
勝負を前にすれば、他の全ては些末事。
青臭いが威勢のいい繫の態度に、上機嫌になっていく大樹。
「良い、やはり良いな君は。まったく、同年代で競い合いたかった」
「そう言っていただけて光栄です」
「……いやすまない、老人の感傷に若者を付き合わせるの酷だな」
繫は社交辞令の一種だとして流したが、大樹は本心からの言葉を発していた。
「さて、先ほどの言葉から不要だとは思うが一応伝えておく。今回のトーナメント戦だが、君の持てる全てを出して臨んで欲しい。誰がなんと言おうと、たとえ主催側が」
控室に響くノックの音が、大樹の言葉を中断させる。
「おい、試合はここに書いてある通りに動け。円滑にショーを運営するにはこれくらいの」
間髪入れず、入室の許しを得ないままその人物は入ってきた。
そして繁へ目を向け、同席していた大樹を認識した途端に動きが止まる。
「──か、会長!? なぜ、どうしてこんな所に」
驚きを顔に浮かべるその人を、会長である大樹がつまらなそうに見る。
「トーナメント参加者への激励だ。彼は私が招待した1人だからね。社長、君こそ彼に何の用かな」
問われた社長、50代頃の男が苛立ちを露わに睨みつける。
大樹の正面に座る繁を。
「会長、このような素性も定かではない者に1人で会うなど危険です」
一応は招待された筈の繫を睨みながら社長は続ける。
「もし会長に万が一があった場合、私はどうしたらいいのですか」
「彼は歴としたバトルワールドのプロプレイヤーだ」
己を案じる風な言葉だったが、大樹にとって社長の言葉は看過できるものではなかった。
「プロとして日々研鑽に励み、今日はこうしてイベントに協力してくれている。そのような彼を軽んじる発言は本人のみならず、招待した私も侮辱することになると分かっているのかね?」
大樹の声色は穏やかなものだったが、雰囲気は先ほどとは明らかに違っていた。
自身が地雷を踏んでしまったことを悟ったのか、社長の顔色がみるみるうちに悪くなっていく。
「ご、誤解です会長! 会長を軽んじるなど、そのようなつもりは……。違うのです、これは決してそのような」
「違わない。この場において私は何も間違えていない。真剣に物事に打ち込む人間を君は侮辱した。これが真実だ」
大樹が、固まって何も言えない様子の社長に近づきその手に持っていた書類を手に取る。
「ほう、これが君の言う円滑なショーの運営方法かね」
ひらひらと小馬鹿にするように、試合中の指示が書かれた紙をもてあそぶ大樹。
「色々書いてあるが、要約すると『我が社のタレントに花を持たせ頃合いを見て降参しろ』……、八百長を企むにしてももう少し細部を詰めることはできなかったのか?」
指示書と呼ぶのもおこがましいそれを、手ずから破いていく。
先ほどから床に視線を固定している社長だが、聴覚からの情報が彼の精神を苛む。
「我々はこれで失礼させてもらうよ。長々とお邪魔してしまい申し訳ない、御園君。トーナメント、全力での試合を楽しみにしているよ」
「ご期待に添えるよう尽くします」
退室する矍鑠とした老人へと一礼し、全力での勝負を約束する繫。
「会長! わた、私は会社のためを思って」
なんとか自身への失望をなくそうと、社長が大樹の後を追いかける。
退室の際、繫を忌々しそうに睨みつけるのを忘れずに。
「八百長……。本当にそういうのがあるんですねぇ」
持ち掛けられたかもしれない、知識としては知っていたそれを繁は呟く。
競技全般で唾棄すべき行為の八百長はバトルワールドでも同様、あるいはそれ以上の扱いを受けている。
プロの立場で八百長に関わったと発覚したならば、プロの証であるライセンスは即時失効。
競会の影響力が及ぶ全施設への出入り禁止など、実質バトルワールドの競技世界からの永久追放処分が下される。
報いはそこで終わらず、世間からの非難や匿名の嫌がらせ、最悪の事例として命を落とした者も過去には存在した。
神聖なバトルワールドを汚したのだから当然の報いだという意見は、決して少数ではない。
「幸いにも全力での試合をしてもいいというお墨付きもいただきましたし」
仮に八百長に協力するよう脅されたとしても、繁は全力で勝ちに行く。
断りを入れても八百長を強要してくるのなら、その場でだけ協力を約束し後から反故にするだけである。
「私はいつも通り、ただバトルに臨むだけですね」
繁にとってバトルワールドで大事なことはいかに良い試合ができるかであり、実力以外の要素など考慮すべきものではなかった。
バトルワールドの対戦が人々を魅了してやまない大きな要因には、ある技術が関係しています。
対戦の内容を五感に訴えかける、通称をオープンセンスと呼ぶ技術。
ある程度のセーフティが設けられているとはいえ、対戦中のプレイヤーたちが傷を負うことも珍しくありません。
しかしそのような迫力ある対戦を多くの人々は求め、その様はさながら現代のコロセウム。
今日も血沸き肉躍る闘いに世界中が熱狂し、人々はその情熱を声を大にして叫びます。
バトルワールド! すごい! 本当にすごいんだ!
オープンセンス使用中の事故
※競会の内部データより抜粋
・ドラゴン系ユニットの背に乗って空中パフォーマンス中に、30メートルほどの高さから落下。被害は頭から落下したことによるこぶ。
(二度と飛行中のユニットの上でヘッドスピンをしないよう担当職員より指導)
・ユニット同士の戦闘の余波により周囲に火の粉がまき散らされ、当事者の1人であるプレイヤーの頭部が炎上。プレイヤーが即座に火元を放ったため被害はなし。
(カウンセラーによるメンタルケアを実施。新たなプロデュース方針の協議)
・プレイヤーが召喚した馬系ユニットに近付いたところ、その女性プレイヤーを額の角で追い回し最後は後ろ足で蹴り飛ばした。被害は全治3ヶ月のむち打ち、該当プレイヤーのSNSアカウント・動画サイトのチャンネル炎上。
(プレイヤーと担当職員へのヒアリング。プレイヤーは1ヶ月の謹慎、担当職員は懲戒処分)




