6枚目 果てなき闘争に浸れ
『対戦の様子を直接お伺いできますでしょうか』
御園 繁が依頼人であるコンクエスト社へ、門地 界斗との対戦データを提供した数日後。
データだけでは不足だったのか、繫と直接話せないかという連絡が来た。
請われた側が二つ返事で了承したため何度かの日程すり合わせの後、繁は再びコンクエスト社に訪れていた。
コンクエスト社側は前回対応した秘書の沖内に加え、雰囲気から如何にも重役と思わしき男性が同席している。
「御園様、本日はお忙しいところご来社いただきありがとうございます。私、人事本部長の征座 嵐斬と申します」
繫は挨拶を交わしながら、コンクエスト社の社長も同じ征座姓だったことを思い出す。
40代頃にしか見えない嵐斬だが、現に部長職に就いているのならとんでもなく仕事が出来るのだろう。
「まず、我が社からの依頼を迅速にご対応いただきありがとうございます。ご提供いただいた対戦データ及び映像は先日確認させていただきました」
繁から送られたデータは即時解析に回され、今でもコンクエスト社の研究チームが何かしらの情報を得ようと結構な人数を動員している。
「いや実に仕事が早い! 今回の依頼、御園様にお任せできたのは我が社にとって幸運でした」
「過分なお言葉ありがとうございます。しかし対戦自体は最後まで行えておりませんから」
「いえいえ、十分な結果です。長年都市伝説扱いだったカードの1枚を記録に残せたのですから」
それまで実在を疑われていたカードが本当は存在していた。
あるとないでは大変な違いがあり、繫が考えているよりも今回のデータはコンクエスト社で価値のあるものだと認識されている。
「今回わざわざ来ていただいたのは、御園様に直接お話を伺いたいと思いまして」
デバイスに記録された対戦データ、現地の学生に協力してもらい得られた映像。
普通の対戦やカードならばこれらだけでも事足りることが多い。
しかし、今回はそれだけでは足りない。
対戦した当事者の意見が必要だというのがコンクエスト社の判断であり、それには嵐斬も同意見であった。
「まず、今回対戦した門地界斗くんの印象を聞かせてもらえますか」
「そうですねぇ……」
学園での対戦を思い出す繁。
「僅かな対戦からですが、プレイヤーとしての姿勢はおそらく相手に合わせるタイプだと感じました。自分のやりたいことを押し通すのではなく、都度状況に対応し確実に優位を取っていく」
十代のプレイヤーはどうしても己のやりたいことを優先してしまう血気盛んさが前面に出てしまいがちだが、界斗にはそのような雰囲気はあまり感じられなかった。
「これも推測でしかありませんが、優しく賢い子なのではないでしょうか。こういうタイプが経験を積むとまぁ強いのなんの。将来が実に楽しみです」
繁の人物評を、嵐斬が時折相槌を打ちながら聞く。
気のせいか相槌を打つ嵐斬が楽しそうだと、議事録を取りながら沖内は感じた。
「ほうほう、なるほど。では彼のデッキについてはどうでしょう」
「当てずっぽうになってしまいますが、コントロール寄りのミッドレンジではないかと。【冒険】カテゴリー中心に構成され、あとは環境に合わせたものや彼なりの考えのカードが数枚というのが私の予想です」
「その数枚の内の1枚が、あの黄金に輝く竜というわけですか」
「おそらくは」
界斗が所持していると噂されている学園のカードは2枚。
その片割れがあの竜のカード。
あのカードが出てきた瞬間、嵐斬は映像越しでも迫力を強く感じた。
「相対したのは数秒でしたが、確かにあの竜のカードからは何か異質なものを感じました」
「その感覚、もう少し詳しくお聞きできますか」
「うーん、なんと言ったらいいか……」
言語化が難しい感覚を前にして、少し悩む繁。
「まずあの対戦は携帯デバイスで行われたもので、出力されていたのは映像と音声のみでした。なのにあの竜からは、確かに現実としてそこにいるかのような感覚があったんです。もしかするとオープンセンスで感じられるもの以上に、確かにそこに息づいているかのような」
あの輝く竜の存在感、あれはまさに──
「……そう、あの数秒確かに竜は生きていたと。そう感じられるほどでした」
先日の対戦を思い出し、その時感じたことをそのまま口に出す繫。
人によっては思わず笑ってしまうようなことを、しかし嵐斬は真剣な顔でじっと聞いている。
「……素晴らしい」
「ええ、確かに素晴らしいプレイヤーとカードたちでした」
思わずこぼれ出たような嵐斬の呟きに繫が返す。
沖内は嵐斬のその呟きが、カードを手にした少年だけではなく、目の前の人物にも向けられたものだと感じられた。
「沖内さん、ここからは私1人で大丈夫です。業務に戻っていただいて問題ありません」
「分かりました、では失礼いたします。御園プロ、本日はありがとうございました」
予定では最後まで同席するはずだが、そのことはおくびにも出さずに沖内は退室する。
所属オフィスへ向かいながら、沖内は嵐斬の意図を考えていた。
そもそも今回の依頼に人事部は当初関係がなかったのだが、いかなる社内政治の影響かいつのまにやら嵐斬が責任者となり今日の打ち合わせとなったのだ。
当初は沖内が依頼していたため今日の打ち合わせにも同席していたが、今は嵐斬が決定権などを全て握っている。
他部署の人間を除き、あの応接室で我が社の人事本部長は一体何を話しているのか。
「同僚になる日も近い?」
企業はその多くがバトルワールドの競技プロと契約を結んでおり、コンクエスト社も例外ではない。
競会未所属のプロは現在社内にはいないが、今回の件で繁がその1人目となる可能性は大いにある。
不透明な実力も、沖内が個人的に調べた過去の大会成績などから問題ないと判断できる。
「まぁ、羽織プロ始め一部の方たちは眉をひそめるでしょうが」
そうなった際のなだめ役、十中八九それは自分だろうなと気付いた沖内がげんなりする。
少々気が滅入る考え事をしながら歩いていれば、目的のオフィスはすぐそこに。
かもしれないことに気を取られてはいけないと、沖内はすぐに気持ちを切り替える。
仮に自身の懸念が当たっていたとしても、その場合に繫をスカウトしたのは嵐斬ということになる
沖内たち社員や羽織のような契約プロがいくら騒ごうと、コンクエスト社において征座の人間の決定に何ら影響を与えることなどできはしない。
政財界にも隠然とした影響力を持つコンクエスト社、その創業者一族である征座。
中でもやり手と評判の人事本部長である嵐斬を敵に回したい者はいないと沖内は考える。
もしそのような者がいたとしたらよほどの考えなしか、あるいは会社の現体制に一石を投じようとしているか。
「詮無きことですね」
自身の考え事を切って捨て、今度こそ仕事に向け気持ちを切り替える。
仕事に戻って数十分の後、この戯れな考えは沖内の頭からすっかり追い出され忘れられたのだった。
「振られたか」
先ほどまで来客が座っていたソファーを見ながら、嵐斬が呟く。
時間にして2時間ほどの打ち合わせであり、名目である依頼内容の確認という意味では概ね目的は達成できた。
学園に封印されていたカードやその所有者の詳細。
社内に納めるべき成果としては十分といって良い。
しかし、嵐斬個人の目的達成としては不十分であった。
「在野の逸材が自ら来てくれるとは。私は諦めませんよ、御園 繫さん」
既に社内にて進んでいたプロジェクトへ横槍を入れた甲斐があったと、嵐斬は今日の打ち合わせで確信した。
「実力は事前調査で問題ないと分かっていたが、まさかあのカードたちを感じ取れるまでの素質……。いや、彼がそのようなタイプなら競会が未所属のまま放っておくはずがない」
口に出しながら、己の考えをまとめる嵐斬。
「ということは、竜を感じたのは特別な素質ではなく、純粋なバトルへの想いから?」
興奮しているのか、段々と嵐斬の声のトーンが上がっていく。
「素晴らしい、やはり素晴らしい! なんとしても競会の臆病者たちや結社の犬どもより先んじねば!」
ある事情により表沙汰にできない場所でコンクエスト社と対立している組織たち。
人材の囲い込みはどの組織にとっても無視できぬことであった。
「学園のカードたちが目覚め始め、応えるようにそれを感じ取る者が現れた。近い、近いぞ、王の目覚めは近い!!」
思わずソファーから立ち上がる嵐斬。
そこでいささか興奮し過ぎている己を自覚したのか、すぐに座り直す。
ぬるくなったコーヒーを口に含めば、そのぼんやりとした温度や味が嵐斬を現実に引き戻した。
「いけないいけない、急いては事を仕損じる。焦らず、落ち着いて、丁寧に進めていかねば。幸いにもまたすぐに機会はやって来る」
先ほど繁が去る際に、良かったらとプレゼントされたイベントの入場チケットを嵐斬は眺める。
聞けば学園のカード所有者に加え、例の一族の者もイベントに来るらしい。
「良い具合に風が吹いている。嵐になるのも時間の問題だろう」
誰かの仕掛けを疑うほど、嵐斬にとっては都合良く物事が進んでいる。
「用意しなければ、その時に備えて。とびっきりの晴れ舞台で部外者扱いなど耐えられない」
尻込みしてせっかくのチャンスを逃すなどありえない。
「荒れ狂う暴風の中、そこに立つのは私だ」
本人の与り知らぬ所で何やら色々と動いているなか、繁は自室にてデッキ調整に励んでいた。
「うん、システムユニットはこのくらいですかね。緑と青ですし、リソースの管理は問題ないでしょう。あとは妨害に何を入れるか」
今度参加するイベントへ向けた調整であり、大枠は既に定まっている。
「【土に還る】と【まとわりつく潮風】の割合、2:4か3:3か。うーん、この前【波攫い】が禁止になったのは痛いですねぇ。ユニット単体はこれらで処理、複数や大型は【軍隊喰らいのシュヴァルツヴァルト】【沈没海域に潜むもの】あたりで」
嘆いても詮無いことだが、やはり愛用してきたカードが使えなくなるというのは戦力的にはもちろん愛着の面でも繁には少し堪えた。
「やはり初動が大事ですね。なんとか相手より先に仕掛けて、そのまま押し切るのが手堅い」
自身が目指すべきゲームプラン思い描きながらデッキを組んでいく繫。
主催者から聞いた話では、イベントに招待されたのは8人。
そのうちプロは自身を含めて2人。
他はスポンサー企業に所属するタレントが出るらしく、イベントの目玉はこちら。
イベントに来る者たちの大部分がそれらアイドルや配信者たち目当てであり、プロはあくまで添え物に過ぎない。
彼ら彼女らが木っ端とはいえプロを打ち倒す、そのような画を主催側の何人かが欲していると今回の依頼人から繫は聞かされている。
「全力の末に負けるのなら、何の不満がありましょう」
いま呟いたことを繫は当時の依頼人にも伝えた。
この発言を聞いた依頼人は一瞬虚を突かれたように呆けた後、満足そうに笑った。
それでいいと得心した顔で依頼人が頷き、繫はこのイベントに招待されることになる。
これがいまデッキ調整をするにいたる経緯というわけだ。
「……よし、これで完成」
イベントに向けたデッキを組み終え、満足気に一息つく繫。
他の招待された者たちの情報も一通り調べ、後は当日にベストなプレイを心掛けるだけ。
今回のイベントは様々な思惑が渦巻いているのだが、繫はそれらを一切知らない。
仮に知っていたとしても、バトル中にそのことを考慮することはないだろう。
世間一般ではおじさんの30代でプロデビューした繁。
社会人経験があるため基本的なやりとりはどれも常識的なものだが、ことバトルワールドに関しては融通が利かないことが多い。
それは、ある程度価値観が定まってからバトルワールドに触れた弊害と言えるだろう。
大半のプロは若い頃からバトルワールドに馴染み、言うなればこなれていく。
だが繁のように年を経てから経験する者の中には、稀にバトルワールドをことさら特別視する者が現れる。
繫もこの片鱗があり、無意識にバトルワールドの試合は神聖不可侵なものと捉えている節がある。
事情がない限り勝負に余人が入り込む隙などなく、勝敗の結果は絶対でなければならない。
繁も八百長などの不正を知識としては知っているが、それに関わるなど考えることすらない。
「後はただ、全力を尽くすのみ」
バトルワールドの一部のプロたちを指して、鬼と称することがある。
競い続けることに倦んでしまう者がいるなか、嬉々として闘争に飛び込んでいく姿勢。
常人ではためらうような状況でも、それがバトルワールドに関することなら躊躇なく踏み込んでいく者たち。
「闘って闘って闘い続けることができる。あぁ、なんて楽しい……」
何のことは無い。
御園繁という人間もまた、そんな鬼の1人だというだけの話。
(※1 コントロール:相手カードの破壊や無効化など妨害に長けたデッキタイプ)
(※2 ミッドレンジ:軽過ぎず重過ぎず、試合中盤を主戦場とする。万能あるいは器用貧乏)
(※3 システムユニット:相手への攻撃よりも、そのカードが持つ特殊能力によってプレイヤーをサポートする)
御園 繫は種族を蛮族としても扱う。
蛮族といっても、対戦を無理強いはしませんし勝利の後に戦利品としてカードを奪ったりもしません。
彼はルールを守って楽しくバトルをすることができる、お利口なバーバリアンです。
この手のプレイヤーにとって、バトルワールドの対戦はまたとない相互理解の場でもあります。
もっと私を理解してください。
御園 繫と対戦経験のあるプレイヤーたちへのインタビュー
・カードプロレスラー、バーニング左近寺さん
「繫とのバトル? そりゃ滾りっぱなしだったぜありゃあ!」
「息もつかせぬユニットのぶつかり合い、あれこそバトルワールドの花だ」
「あいつは誤解されやすいが、一度でもバトルしたら根っこに熱いもんを秘めた奴だって分かる!」
「繁! カードプロレスラーになる決心がついたらぜひ声をかけてくれよ!」
・植物園勤務、K.Hさん
「職場でバトルワールドの経験があるのがわたしだけだったんで」
「最初にお会いした時は、まぁちょっと、失礼ながら警戒してしまいましたね」
「でもお話ししてみると丁寧な方で、しかも植物園のことも事前に調べてきてくださったんです」
「イベント時も実際に展示されている植物がモチーフのカードを使っていただいたり、わたしみたいな素人相手にも真剣に向き合ってくださったり」
「おかげさまでイベントは大成功! わたしも今では熱心なファンってわけです」
・競会所属プロ、匿名希望さん
「名前出さないって約束してくれる? 本当?」
「……向こうは覚えてないだろうけど、こっちはよーく覚えてるよ」
「競会未所属の新人ってのは悪い意味で目立つから。あいつも目をつけられた」
「先輩、まぁちょいと伸び悩んでる方々がそういう立場の弱いやつ数人に講義をしてやろうってわけ」
「ああ、当時のあたしは先輩方の下にいて、また趣味の悪いもん見せられんのかってうんざりしてたな」
「いつもは誰か1人適当に選んで、何十戦もして徹底的に潰される」
「まだ右も左も分からないやつらの心を折って、後は誰でも知ってるようなテクニックや心得なんかをありがたく先輩方から聞くって流れ」
「その時の潰される役に選ばれたのがあいつだった。年とってプロになったのに気の毒だなーって当時のあたしは思ってたかな」
「……いつもと様子が違うって気付いたのは、先輩たちがあいつとバトルして一巡したあたりだった」
「何の後ろ盾もない未所属の新人なんて、数戦すれば場の空気にも影響されてガタガタになるのに」
「あいつは先輩全員に勝ち越してた」
「その後も勝ち越して、最後らへんは全員に全勝してたっけ」
「先輩方は3巡目あたりまでは辛うじて外面保ってたけど、後は挑発でもない罵声や怨嗟の声上げるだけ。最後は完全にだんまり」
「あいつはそんな相手でも構わず対戦を続けようとして、そんな自分たちとは根本から違うと感じた先輩方は獣みたいな叫び声あげて逃げちゃったってわけ」
「そんな場面で体も思考も止まってるあたしに、あいつ何て言ったと思う?」
「『次は貴方がお相手をしてくれるのですか?』なんて言い出したのよ」
「もーう無理。完全にあたしのキャパ超えちゃってるわ」
「何とかその場をお開きにしたけでも褒めて欲しいわよ、ほんと」
「なんかたまに聞くのよね。見た目に反して真摯な奴だとか、情熱を持ってるーとか」
「浅い、浅過ぎんのよね。はっきり言って」
「あたしは知ってる。あの場であいつに声をかけられたあたしは知ってるのよ」
「御園 繫はバトルワールドに己を捧げた、果てなき闘争を求める鬼だってことを」




