3枚目 甘美なる取引
「やっとお昼だー。今日はなに食べよっかなー!」
高等部普通科2年、五色 透は待ちに待った時間の到来に歓喜していた。
スカートであることも気にせずスキップする様子からも、その喜び具合が見て取れる。
去年の暮れごろに転入してきた透だが、ようやくこの巨大な学園にもある程度は慣れてきた。
来たばかりの時の地図片手にさまよい歩き、意図せず入ってはいけない場所に入ってしまった己と比べれば成長を感じるざるを得ない。
「まあ界斗くんたちと知り合えたのはあの場所のお陰だし、悪いことばかりじゃないよね」
妙な時期に転入してきたのが原因かいまだクラスメイトとの交友は上手くいっていないが、他学科の生徒数人とは交友関係を築けた。
先日も競技科に所属する彼らと学園内のバトルワールド専門店を訪れ、大いに楽しんだ。
様々なユニットの等身大フィギュアに、収納のためのデッキケースやバインダー。
デバイスのカスタムパーツや、目録に指南書などの関連書籍。
どれも生徒たちの興味を惹いてやまないが、一番賑わっているのはやはりバトルワールドのカードコーナーだ。
コーナーの入り口では不埒な真似は許さぬとばかりに警備員が目を光らせている。
品揃えは警備員が配置されているのも納得できるもので、国内では五本の指に入るとの噂だ。
様々な種類のカードパックは、汎用的なカード中心のものから専門的なものまで多種多様に揃っている。
学園外では滅多に見つからないパックもここにはあり、業界が学園にどれほど注目しているのかが分かる。
普通科のためあまりカードと関わりのない透がふとパックを見て、その値段に思わずといった様子で固まる。
一番安いものでもコース料理が食べられるほどの値段が示され、それ以上のパックたちときたら。
カードを集めて組む必要のない構築済みデッキなるものも少量だがあり、それにいたっては社会人がローンを組んで買うような値段をしている。
それらの高額な商品を気軽に購入していくのは、ほとんどが競技科の生徒たちだ。
バトルワールドの競技人口はカードの高額さから富裕層の者たちが多く、学園も設立当初はそのような者たちの子供が通うところだった。
より競技プロを意識した現代の学園になっても、伝統からそうした富裕層の生徒たちは少なくない数が在籍している。
場違いな者を咎めるような視線を、あるいはかすかに聞こえるような小声を透は感じた。
一緒に来ていた界斗たちが注意したり凄んだりしたが、相手はのらりくらりと躱すだけ。
相手にするだけ無駄と判断し、切り替えるべく界斗たちは透にパックをプレゼントしようとした。
他意はなく、純粋に善意からくる行動だったのだろう。
しかし当時の透はそう思えず、そこから衝動的に行動する。
店で一番安いカードパック、しかし透には大変な値段のパックを一つ購入した。
場違いな自身への恥ずかしさ、嘲笑した生徒たちへの怒り、その気はなくとも感じてしまった界斗たちへの劣等感。
混ぜこぜになった感情が爆発した結果といえるかもしれない。
気まずくなりその日はそのまま解散というところまで思い出し、また自身の金銭事情からさっきまでの歓喜はもはや何処かに消え失せていた。
「どうしよ、パン一個くらいなら買えるかな」
空腹も手伝って気持ちが落ち込んでいくのが分かるが、自分ではどうしようもない。
制服のポケットには購入したカードパックが未開封のまま入っており、心なしか重く感じられた。
「あーあ、目一杯のスイーツとか食べたいなー」
支給されたデバイスから着信音が鳴ったのは、そんな呟きの後だった。
学園の生徒には学科関係なくバトルワールドの機能が搭載されたデバイスが支給されており、デッキどころかカードを持っていない生徒はもっぱら連絡用として使っている。
バトルワールドに関わりのない学科は学園内では普通科のみであり、一部生徒からはそのような者にまでデバイスを支給することを疑問視する声も存在している。
過去には普通科からプロになった生徒も存在しており、学園側も自身の宣伝に活用しているのだが現状の生徒の様子を見るにあまり浸透はしていない様子だ。
「陽映姉さんから?」
メールはいとこで昔から良くしてくれている先輩、観月 陽映からのもの。
また界斗へのインタビュー仲介の頼みだろうかとメールを確認すれば、目に飛び込んできたのはテーブルに所狭しと並べられたスイーツの画像。
そして短く添えられたメッセージ。
『先着1名。カフェ【アドバンテージ】にて』
今度こそスカートであることを配慮しない走りにて、透は駆け抜ける。
校舎を飛び出し、普通科のエリアを抜け、学園中央を目指す。
目的のカフェの近くまで来てみれば、テラス席にてメールの送り主である先輩が手を振っていた。
「女子高生のスイーツに対する情熱を甘く見てたよ」
「陸上部が欲しがりそうじゃないか、透」
「せっかくの、先輩の、お誘い、です、から……」
「あぁとりあえず座って座って。まずは落ち着きましょうね」
陽映が自身の隣の椅子を引き、ここまで力の限り走ってきた後輩をねぎらう。
足が若干震えていることを自覚し、透は席へ着いた。
「こんな陽気のなか走って、暑いし喉も渇いてるでしょ?」
「とりあえず、はいこれ」
そう言って目の前に置かれたのは、よく冷えたリンゴジュース。
グラスの中は氷、外は水滴のついた光景がいかにも涼し気である。
今すぐ喉を潤したい衝動に駆られるが、寂しい懐具合から躊躇してしまう透。
「後輩が遠慮しないの。大人しく厚意は受け取りなさい」
「……ありがとうございます、先輩」
先輩からの気遣いに、後輩は素直に甘えることにした。
よく冷えたジュースは甘酸っぱく、火照った体を内側から冷ましてくれる。
「落ち着きました、ありがとうございます先輩」
「こっちが呼んだんだから気にしなくていいって」
カランと鳴った氷の音も手伝い、透は心身ともに落ち着く。
そうして落ち着いたが故に、目の前のテーブルに広がっているスイーツの宴に気付く。
どのような趣向か、結構な量のフィッシュアンドチップスまで鎮座している。
「……それで先輩、何か手伝って欲しいことでも?」
「目線がチラチラとスイーツに向いてるねえ」
「あまり見ない光景だし、仕方ないかもしれないけど」
「強すぎますよ、誘惑が」
画像1枚でここまで走って来たのだ。実物のインパクトといったらそれは凄い。
引力でも発生しているのではないかと透に錯覚させるほどだ。
その目線からだろうか、目敏く透が気になっているスイーツを陽映がいくつか手に取る。
「探偵になれるんじゃないですか、先輩」
「長い付き合いのなせる技ってやつさ」
「嬉しいような恥ずかしいような……」
「ん、美味しっ!」
透はいつもなら頼まれごとの詳細を確認してから前払いのご褒美に手を付けるのだが、今回ばかりは刺激が強すぎた。
本人が言うように陽映とは幼少の頃からの付き合いであり、多少妙な頼み事はあれど無茶なことは今まで一度もない。
ある種の身内への信頼感が後押しし、差し出されたスイーツを味わってゆく。
「チョコレートケーキはここの売り上げ上位にいつも入ってるらしいよ」
「ねっとりとしたチョコにラズベリーソースが合います! これ好きです!」
「季節限定のびわタルトは千葉の契約農家さんから仕入れてるって」
「生地自体は控え目で、びわの甘さを全面に出した瑞々しい美味しさです! これ好きです!」
「スペシャルパフェは限定10食。そのスペシャルさはバトルワールドの成績を押し上げる程だとか」
「全部、全部の幸せがこのパフェには入っています……。これ大好きです!!」
もしかしたらこのカフェの食レポが頼み事なのかなと透は考え、だとしたら何て幸せなのだろうと喜びに浸る。
はたから見ていると割と驚異的なスピードでスイーツ3品を平らげた透を見て、陽映が満足気に頷く。
「喜んでもらえているようで安心したよ」
「幸せそのものを食べてる感じですね」
「いかにも女子高生のコメントありがとう」
感情のなすがままにスイーツを貪ってしまった罪悪感など、いま全身を支配する多幸感に比べたら何とちっぽけであることか。
「さて、頼れる後輩の透さん。お願いは聞いてもらえるかな?」
「どーぞどーぞ。出来ることならなんでもやりま」
「それは良かった! だそうです、御園プロ」
覚えのない名前が自身の後方へとかけられ、思わず振り向く。
「ご協力感謝いたします。五色 透さん」
口だけで目が笑っていない、黒スーツの男がレモンスカッシュ片手にそこに立っていた。
「観月さんも交渉ありがとうございます」
「いえいえ、自分は何も」
なにやら話が進んでいる2人。
おそらく学園の教師などではない男を見て、先程までの幸福感が急速に引いていくのを透は感じた。
スーツに包まれた細長い手足に、どこか粘着質さを宿した笑み。
初対面の相手に失礼だが、なんとも胡散臭い印象の男がこちらを見ている。
陽映を疑うなどしたくなかったが、いま自分はとても危険な目に遭おうとしているのではないか。
思わず2人の会話に割り込む。
「あの、先輩? やっぱり今回は」
「飲んだよね? 食べたよね?」
「全部こちらの方が支払ってくれたんだよ?」
逃げ場が潰されていることを、先輩が後輩に丁寧に教える。
透の脳内では、首輪を付けられた自分が檻付きの馬車に揺られながら運ばれていく。
「は、陽映姉さん、わたしまだ若い身空で」
「ふふ、別に身売りしろなんて頼んでるわけじゃないよ」
「ちょっと友達の門地さんに連絡を取って欲しいだけ」
「へ?」
「界斗くんに連絡……、それだけ?」
思わず学園では控えていた呼び方で訴えたところ、陽映から明かされた頼み事は何とも拍子抜けするものであった。
何でも目の前でフィッシュアンドチップスをつまんでいる御園 繁は競技プロであり、透の友人である門地 界斗とバトルワールドで対戦したいらしい。
その渡りをつけるために協力して欲しいという。
「ってプロ!? えプロって、バトルワールドの!? 競技プロ!?」
「はい、改めまして御園 繁と申します」
「ご協力いただけると幸いです」
「こ、こちらこそよろしくお願いします、五色 透です」
「連絡くらいなら全然大丈夫ですけど……」
繁から貰った名刺を高額なカードを扱うような手つきで触りながら、透はそれくらいならと頼み事を了承する。
「それじゃ善は急げだ」
「透、この文面で彼に連絡してもらえる? この画像も添付して」
「はい、って何ですかこれ。画像もあたしの後ろ姿だし」
「彼、最近バトルに食傷気味だろう? ただ誘っただけじゃ断られるかもしれないからね」
「だからってこんな……」
「透と彼の仲じゃないか。来てくれたら謝ろう」
陽映と透の打ち合わせを聞きながら、繁の意識は己のデッキへと注がれていた。
対戦相手とのバトル前、繁の感覚的にはデッキと一心同体になるためのルーティンといえる。
戦意を滾らせ、それをおくびにも出さず待つ姿は一種の捕食者を連想させた。
「楽しみですねぇ」
薄く笑いながら、静かに静かに繁は待つ。
「売られませんよね、わたし売られませんよね?」
「君も中々言うね」
そんなプロの姿も女子高生2人からしたら、いかに自分たちを高く売りつけるか考えているように見えてしまっていた。
バトルワールドの競技プロを目指す者たちにとって、教育格差以上に重くのしかかってくるのがカード格差。
土俵に上がるための手段すら得られない者もおり、格差による軋轢は個人間だけではなくバトルワールド先進国と途上国の間で根深い問題となっています。
権力ってヤツです。
価格参照
・五色透が購入したカードパック(1パック10枚入り)=高級レストランのディナーコース料理
・汎用的な強さを持つカードの店舗販売価格=大型家電
・競会公認店舗のオリジナルパック=大学受験の費用総額
・構築済みデッキ=ファミリーカー
・人気カードデザイナーの受注生産限定カード=都心の3LDKマンション
・新テーマの研究開発費=ある国の国家予算
・■■のカード=都市国家の消滅、世界的企業の崩壊




