2枚目 密談は開放的に
学園に多額の寄付をしているコンクエスト社の手続きにより、衛征学園内に無事入ることができた御園 繁。
しかし依頼者が手配してくれたのは学園の中に入るまでであり、そこからは自身で何とかしなければならない。
名目上は学園への寄付金がどのように使われているのかの視察となっている。
そのため教職員からは非協力的な遠巻きに、或いは敵意さえ持たれていた。
「何だか私まで若くなったような気がしますねぇ」
人の悪意に鈍い繁は周囲の空気に気付かず、のんきに呟きながら学園内を歩く。
衛征学園は小さな街ほどの敷地を誇り、あてどなく探すのには難儀な場所だ。
ましてや今は昼休み前の授業の最中であり、生徒たちの姿はない。
たとえ授業が終わって校舎内に入ることができても、教室に見ず知らずの自分が訪れるのは対象の学園生活に支障をきたす恐れがある。
そうなると敷地内で偶然会うことに賭けるしかないが、楽天家の自覚がある繁でもそれは非効率だと分かった。
実際に臨んでみると少し難儀な依頼に、どうするかと頭を悩ませる。
そうして歩くこと数分、ふと目を向ければ営業中のカフェがそこにはあった。
「ちょうどいい。考えついでに少し休憩させてもらいますか」
自身の学生時代は学食くらいしか記憶にない繁は感心し、カフェへ立ち寄る。
カフェのコンセプトなのか植物がいたるところに飾られたそれは、森の中の隠れ家をイメージさせた。
気持ちのいい陽気なのでせっかくならとテラス席にしてもらい、メニュー表を眺める。
思った以上の豊富なメニュー数に、何がいいかと思わず目移りしてしまう。
「お客様、お連れの方がお見えになっているようでして」
「お連れの方?」
少し困った様子の店員に声をかけられ、メニュー表から視線を移す。
見れば大きな鞄を持った、おそらく高等部と思わしき女子生徒が笑顔でこちらに手を振っていた。
この学園に初めてきた繁に生徒の知り合いがいるわけはないし、もちろん待ち合わせもしていない。
まるで心当たりがない。
しかし一瞬考え、女子生徒はコンクエスト社の協力者ではないかと当たりをつける。
「すみません、待ち合わせしているのを伝え忘れていました。今から大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。いま席ご用意しますね」
そうしてテーブルの対面に案内された女子生徒は、何か嬉しいことでもあったのか笑顔のままだ。
大人びた顔つきだが、細目や上がった口角などからなる満面の笑みがどこか幼くも見せている。
「こんにちは、ずいぶんと嬉しそうですが何か良いことでもありましたか?」
「はい。あったというか、現在進行形というか」
「それは良いことです。あぁ、メニューをどうぞ」
「ありがとうございます。でも、ここでいつも頼むものは決まってますので」
「おっと常連さんでしたか」
「そんなところです。すいませーん、注文いいですか」
呼ばれた店員に、女子生徒は慣れた様子で注文する。
「アイスカフェラテとチョコチップスコーンお願いします。ここのスイーツは懇意にしているパティスリーから仕入れてるので、結構お勧めですよ」
「それはいいことを聞きました、ありがとうございます。私はレモネードに、そうですねえ……」
思わぬ情報に、もう一度メニューを眺める繁。
そうして悩むこと数秒。
「……決めました。メニューにあるスイーツを全て1つずつ頂けますか? あとフィッシュアンドチップスもお願いします。魚はタラ、ポテトはじゃが芋と長芋のハーフ&ハーフで」
「ぜ、全部……? スイーツ全部ですか?」
「はい、大丈夫でしょうか?」
「だ、大丈夫です。大丈夫だと思います」
あまりの注文に、店員は少し狼狽えてしまう。
それでも接客業に携わる者ゆえか、狼狽えながらも注文を再確認し店に戻る。
心なしか小走りで。
メニューにあるスイーツは両手では足りない種類があり、女子生徒の笑顔にも驚きが混ざる。
「あの、学生向けなのでどれも結構大きいですけど大丈夫ですか?」
「えぇ、この仕事をしているといくら食べても足りないくらいでして」
バトルワールドの競技を生業にしている者には健啖家が多い。
大食い番組に出演することもよくあり、プロの中には競技よりもそちらで有名な者もいる。
実際に1度の対戦で消費するエネルギーは凄まじいもので、試合前と試合後でキロ単位で体重が減ることも珍しくない。
「この仕事……?」
女子生徒にとっては要領を得ない説明に、疑問が漏れたように呟く。
その呟きに、繁も違和感を感じる。
プロに健啖家が多いことはよく知られており、特に秘匿されてなどいない。
依頼の関係者であるならば、繁がプロの末席に名を連ねていることも知っているはず。
もし知らないのならば──
「差し支えなければ、ご職業をお聞きしても?」
──関係者ではないということになる。
依頼に関わりのない者に接触してしまった場合はどうするか。
「これは失礼しました。私、こういう者です」
名刺を差し出し、繁はあっさりと自身を晒した。
これが後ろめたい者ならば、女子生徒の身には何かしらの不幸があった可能性がある。
しかし繁は、木っ端とはいえプロである。
肩書にある責任、何より本人の性格的に非合法の手段を取るなど考えられないことであった。
依頼したコンクエスト社の内心は別として繁は今回の依頼を表向きは視察、本当の目的は青田買いのための様子見だと認識している。
実際はもう少し入り組んだ、というか青田買いも表向きの理由に過ぎないのだがそれを指摘できる者はこの場にいない。
「全国競界……、え、プロの方だったんですか!?」
女子生徒は今度こそ顔を驚愕に染める。
「えぇ、まだランキング圏外ですがね。御園 繁と申します」
「ど、どうもご丁寧に。高等部の競技科3年で報道部所属、観月 陽映です」
ようやく互いに自己紹介を終えた形になる2人。
「報道部ですか。私を見つけたのも日頃の活動の賜物というわけですね」
「はい、どこかの企業の人が視察に来るって数日前から先生たちがピリピリしてまして。今日は特に朝から先生たちの指導が目に付いたので、ピンときました」
「素晴らしい観察力です。競技プロの世界にご興味は?」
「とんでもないです、自分なんて。ちょっと噂好きなだけの凡人ですから」
そう言って顔を伏せる陽映。
僅かに暗くなった自身の言葉にハッとし、陽映は話題を変える。
「ところで御園プロ、今からインタビューを受けていただけたりは……」
「もちろん構いませんが、観月さんは大丈夫ですか? 今はまだ授業中では」
「そこは大丈夫です。授業は生徒同士の実技で、3勝したら抜けていいって内容ですから」
やはり優秀なのだなと繁は感じたが、先ほどの陽映の様子から口には出さなかった。
「さて何を聞きたいですか? 来校の目的は先ほど仰っていたように、ある企業の視察を代わりに受けたという形ですが」
「ずばり、来校の本当の目的を教えていただきたいです」
調子が出てきたのか、若干身を乗り出して陽映が切り込む。
「ふむ、本当の目的とは? まるで視察が嘘のようですが」
「自分の考えを話しても大丈夫でしょうか」
「是非とも拝聴しましょう。ちょうど飲み物もきたことですし」
レモネードとアイスカフェラテが置かれ、備えるように陽映がカフェラテを一口飲む。
「まず、視察目的なら教室にでも入ってどのような授業内容か確認するはずです」
「生徒や教員の邪魔にならないようにしたのかもしれませんよ?」
「視察に来る人にそんな殊勝な人はいませんよ。何なら授業を中断させて、どれだけ自分たちがこの学園に寄付したのか演説するくらいですから」
実感のこもった語りは、過去実際に起きたことなのだろう。
「まぁ、これだけなら御園プロがたまたまそうしただけかもしれません。でも、もう1つ理由があるんです」
「ほう、それは一体?」
繁も段々楽しくなり、陽映の答えを待つ。
「ここ最近になって、学園への視察が一気に増えたんです。前は1年に数回だったのが、5月の今だけでもう7回ですよ」
「それは、確かに多いですねぇ」
「そして視察が増えだす少し前に、学園ではある事件が起こってるんです」
確かめるような視線に、繁には目の前の少女が既に答えに届いていることが分かった。
「門地 界斗さんが、学園の封印されたカードに選ばれた」
「やっぱり! 企業もあのカードたちに重要な何かを見出してるんですね!」
思わず立ち上がりかけ、中腰になる陽映。
「教えてください! 学園の石像もずっと光って、原因も分かってなくて、今になってなんで」
「落ち着きましょう」
「知りたいんです! なぜ彼が選ばれたのか、他の人じゃ駄目だったのかを!」
「落ち着きましょう」
短く、しかし確実に意識へすとんと挟まれた言葉。
熱が引き、陽映は静かに席へ座り直す。
「す、すみません、急に舞い上がってしまって」
「いえ、構いませんとも」
少し時間を置くため、お互い飲み物に口をつける。
「観月さんの考えている通り、私の目的は門地 界斗君にあります。彼とバトルし、出来ればその様子を記録したい」
繁の答え合わせに、陽映はストローから口を離す。
「企業が本当の目的を隠すほど、あのカードたちには価値があるんですか?」
「そこまでは私にはなんとも」
あくまで、自身は依頼されただけに過ぎないことを繁は伝える。
「あの、御園プロ、もしよろしければ今回の依頼に自分も協力させてもらえませんか?」
ためらいがちに、しかしはっきりとした口調で陽映が尋ねる。
「協力ですか。些か突然ですが、確かに学生であるあなたが力になってくれるのなら助かりますね……」
「記録の方もお力になれると思います。デバイスのバトルログだけじゃ限界がありますし」
「確かにそうですねぇ」
報道部に所属しているなら、撮影用の機器など扱いも心得ているのだろう。
繁としては協力してもらえるならありがたいところだが……。
「分かりました。ご協力いただけますか、観月さん」
「あ、ありがとうございます!! よろしくお願いします、御園プロ!」
「撮影した記録を恣意的に編集しない、ネットに無闇にアップロードしないなどは守っていただくことが条件になりますが」
「もちろん遵守させていただきます。個人情報ですからね」
個人のデッキ内容や使用カードなどの情報には格段の配慮が求められ、過去にルールを破った者は例外なく処罰された。
その分非合法な場所ではそれらが高値で取引されるなどトラブルが絶えず、社会問題の1つとなっている。
「流石は報道部ですね、確りしています。では具体的な協力内容について相談したいところですが、観月さんは空いている日程などありますか?」
「もうすぐお昼休みですし、御園プロがいいならこのまま相談させていただければ」
そう言われて繁が時間を確認すれば、確かにもうすぐ授業が終わる。
「ならお言葉に甘えて。あぁ、タイミング良く残りも来たことですし」
カートを押す音に目を向ければ、店員が残りの注文を載せ持ってきてくれていた。
ケーキ、プリン、スコーン、タルト、ワッフル、ティラミス、パフェ。
並べられた色とりどりのスイーツによって、一気にテーブルの上が華やぐ。
最後にフィッシュアンドチップスがデンと置かれ、二人しかいない席にしてはずいぶんと賑やかな様相となった。
「よろしければ観月さんもどうぞ」
「あはは、ある種壮観ですね。テーブルいっぱいのスイーツが」
途中で何かに気付いたのかハッとする陽映。
「御園プロ、この席に呼びたい人がいるんですが。上手くいけば、今日中に目的達成につながるような人が」
「何か思いつきましたか?」
「はい、我に策ありです」
デバイスを操作しどこかに連絡しながら、陽映は呼び出そうとしている人物や自身の考えを説明する。
「なるほど、面白い考えですね」
「どうでしょうか、御園プロにもお手数をかけてしまう形なんですが……」
「こちらが協力してもらうんです、それくらいは当然のこと」
楽しそうに快諾した繁は、手元のアタッシュケースからデッキとバトルワールド用の携帯デバイスを取り出す。
「プロの端くれとして、頑張らないといけませんねぇ」
デバイスにデッキをセットしただけだが、明らかに目の前の人物の雰囲気が変わったことは素人の陽映にも分かった。
僅かにあった本当にプロなのかという猜疑心も、その静かな迫力にかき消されていく。
「これはひょっとすると……」
凄いものが撮れるかもしれないと、陽映も自身のカバンから撮影機器を急いで準備する。
この世界には、筋肉モリモリマッチョマンが汗を光らせながらバトルのやり方をレクチャーするバトルダイエットなるものが一定の市民権を得ています。
こう見えても腕力には自信がありましてね。
バトルワールド競技プロの兼業一部抜粋
・ジャッジ(毎年数人がルールの恣意的な変更申請を行い処分されている。賄賂が絶えない)
・競会職員(所属プレイヤーは緩い条件で就くことができるが、職員になればもはやお客様ではないため容赦はなくなる)
・カード講師(知名度の高いプロだと勝手に名前を使用されていることが多く、場合によっては自身の偽物がいたケースもある。その場合、偽物の末路は悲惨の一言である)
・ギャンブラー(勝負勘の強さを生かせると言う者もいるが、大半のプロは肝心のバトルでの勘が狂うことを懸念し数は少ない)
・俳優(元々タレントじみた売り方をされるプロが多数派のため、すんなり溶け込む者が多い。カード関係以外の業界人からはあまり良く思われていない)
・学者(バトルワールドは起源があやふやであり謎が多いため、好奇心が長じて大発見をした例もある。いつの間にか増えているカード、バトル中にテキストが書き換わるなどは結構な数のプロが持ちネタとして経験している)




