7 サブマスさんの事情
小腹が空いたら歩きながらお菓子を食べ、水分補給をし、休まず歩き続けること数時間。
街へ辿り着いたのは、そろそろお日さまが真上へ差しかかるという頃になってのことだった。
遠くからでも十分に存在感のあった灰色の城壁は、真下から見るとなお凄い。イズミが見たことのある大きな建物といえば精々が大学病院だが、それを優に超える高さで侵入者を拒むようにそびえていた。
丁度イズミが辿り着いた先には大きな門が待ち受けており、そこでは軍人か騎士と思しき制服姿の者達による検問が行われているようで、馬車や人々が列を成している。
イズミにとって、病院の待合いと空港以外で行列へ加わるのは初めての経験だ。
緊張から直ぐに列へ並ぶのは躊躇われて、一先ず観察してみることにする。
列に並ぶ人々の容姿は実に様々で、髪色はパッと見ただけでも五色以上はあり、顔立ちはくっきりとした西洋風だ。格好は完全にファンタジーゲームのそれで、村人風だったり商人風、冒険者風の者が多く、当たり前のように手や背には武器を携えている。
そんな中ではイズミのTシャツにロングカーディガン、スキニーパンツとスニーカー、それとリュックという格好は地味の域を通り越していささか浮いており、何だかそわそわしてしまう。
検問には徒歩の人々以外にも、馬車が何台も並んでいる。こちらは見る限り平凡な、木造りの荷馬車や乗合馬車と思しき幌馬車で、徒歩の人とは並ぶ列が違うらしかった。
そうしているとイズミより後から来た荷馬車が合流し、列がまた少し長くなる。
あまり悠長にしていてはどんどん列が長くなってしまうと、イズミは徒歩の人々が並んでいる列の最後尾へそそくさと並んだ。
緊張から頭に乗せていたワラビを胸に抱き、密かにモニョモニョと揉みしだきながら自分の順番が来るのを待つ。既に必要な硬貨はポケットへ移していて直ぐに取り出せるし、あとは聞かれたことに答えるだけ。
人の言葉が分からなかったらどうしようとドキドキしていたものの、耳を澄ませると列に並んだ人々の会話が聞き取れたため、密かに安堵した。
『シャチョー、マチに入ったら大人しくしてなきゃダメなんだよね?』
「うん。他の人にわらびが話せることや、私のスキルがバレたらマズいからね」
ワラビからの念話に、イズミは周りに聞こえないよう小声で返す。
草原のど真ん中という格好の密談場所にいる内に、ワラビには街へ着いてからの注意事項を話しておいた。
イズミの許可なく離れないこと。
イズミ以外の人間に、イズミの許可なく念話を送らないこと。
攻撃されない限り手を出してはいけないこと。
イズミのスキルや出自を他の人間に話さないこと。
あまり詰め込んでも理解できなさそうなので、一先ずそれらをしっかりと覚えさせた。まあ、三点目に関しては仮にワラビが手を出そうと相手がケガをする心配はない(激弱のため)のだが……問題は起こさないに越したことはない。
馬車の列と違い、徒歩の人々が並ぶ列は荷物検査に手間がかからないからか、二人がヒソヒソと話している間にも列は徐々に進んでいく。一人、また一人と街の中へ消えていく様を見送りながら、近づいてきた順番に備えてイズミは前の人達のやり取りに耳を澄ませる。
(なになに……街へ来た目的と、身分証の提示? または入場税の支払いか。解説書で読んだ通り、問題なしね)
いよいよイズミの番がやって来て、「次の方」と呼ばれ小走りで駆け寄る。この列の検査担当者は、騎士風と思しき青のロングコートに身を包んだ若い男性二人だった。
「こんにちは。街へはどのような目的で?」
「えっと、職を探しにです」
「そうですか。身分証はお持ちですか?」
「いえ、ありません」
「では入場税が銅貨五枚になります」
男性の対応は思いのほか和やかで、イズミの緊張も直ぐに解ける。
お陰で頭の中が真っ白になることもなく、事前に決めておいた答えを告げることができたし、騎士がイズミしか見ていないことにも気づけた。
流れ作業でスルーされてしまう前に疑問を挟む。
「それは従魔の分も含めた金額でしょうか?」
「ん? 貴女は冒険者ではないんですよね。従魔がいるんですか?」
「はい、ここに」
イズミは胸に抱いていたワラビを騎士の前に差し出す。
――が、無色透明なワラビはやはり見辛いらしい。
暫し「手が何か?」と言わんばかりのキョトンとした顔でイズミの顔と手を交互に見ていた騎士だが、ワラビがぽよぽよと動いたことで違和感に気づいたらしい。「んん???」と首を傾げながらイズミの手元に顔を近づけたところでワラビと目が合ったらしく、「うわッ!?」と声を上げ、上体を反らした。
「え、スライム!? 色なしの!? 何それ初めて見た……! そ、その子が君の従魔なの? 一匹だけ?」
「はい、この子だけです」
「そ、そうか。……んんッ、でしたら貴女と従魔の分とで銅貨七枚になります」
我に返り崩れた口調を直す騎士に親近感を覚えつつ、イズミはポケットを漁る。
スライム達には色々な落としものを貰ったが、流石に銅貨は七枚もなかった。そのため銀貨を差し出すと騎士は一つ頷いて受け取り、腰のポシェットから三枚の銅貨をイズミに返した。
ぼんやりとしたラノベ知識でしかなかったが、間違っていなかったらしい。あとできちんと貨幣価値を調べようと思いつつ、お釣りをポケットへしまう。
「街に定住する予定であれば、冒険者ギルドか騎士団で従魔登録をお願いします。冒険者ギルドは一区、騎士団は二区にありますので、ここからですと騎士団の方が近いですね。珍しい個体の従魔は犯罪者に目を付けられる可能性もありますから、お早めの登録をお勧めします」
「わ、分かりました。ありがとうございます」
騎士の不穏な発言に思わずイズミが頬を引きつる。
地球でも希少な生き物の取引があるように、やはり異世界でもその手の犯罪はあるらしい。
その手の危険性に関して頭からスッポリ抜けていたイズミは、気をつけなければとワラビをしっかり抱き締め直した。
「それでは、どうぞお通りください」
問題なく検査を終え、ホッと息を吐きながら大きな門をくぐり街へ入る。
すると、そこにはヨーロッパ風の街並みが広がっていた。
四車線分はありそうな広い道は綺麗な石畳で、行き交う人々や馬車で賑わっている。
道の両脇にはレンガと木を組み合わせて造られた建物が軒を連ね、城門の側という立地的に店が多いのか軒先にはそれぞれ看板が吊るされていて、絵や文字によって何の店なのかが端的に示されていた。
まるでゲームの世界のようだとワクワクしてくる。
その辺にクエストを与えてくれるNPCでもいて、今にゲームが始まるのではないだろうか、なんて考えてしまう。
しかし、目の前を行き交う人々の生き生きとした表情と、少し煩雑な街の風景。馬車が巻き上げる土埃や、風に乗って届く美味しそうな料理の香り。そして、頬を撫でる暖かな風がここは現実なのだと改めて主張しているようだった。
初めて見る人間の街にワラビも興奮したのか、高速でプルプルし始める。
『わー! シャチョー、ここがニンゲンさんのマチなの!?』
「そうだよ、すごく大きいね!」
『ねー! シャチョー、進んで進んで!』
「ふふ、はいはい……っと!」
そんな様子に思わず笑みを零していると、後ろから検問を通過したらしい馬車がやって来て慌てて道の端に寄り、建物を眺めながら街の中へと進んで行く。
「道具屋……、酒場……、宿屋…………あ、武器屋もある。本当にファンタジー世界だなぁ……」
これもまた異世界転移の影響なのか、幸いにも会話のみならず、文字を読むこともできるらしい。最悪スキルを作れば問題ないとは思っていたものの、現状、下位互換しか作れないため最初から読めるに越したことはないだろう。
看板の文字を流し読みながら人の流れに身を任せ、街の中心へ向かう。
面倒な人種に絡まれないようなるべく田舎者感は出したくないのだが、見るもの全てがゲームのようでワクワクしてしまい、どうしたって二人揃ってキョロキョロしてしまう。
お陰で、草原を突っ切ってきた疲労もなんのその。時間も忘れ通りをひたすら真っすぐに進み続けると、暫く先にこれまた大きな十字路が見えくる。そろそろその辺の人を捕まえて冒険者ギルドの場所を尋ねた方がいいかな、と考え始めた矢先だった。
「――わっ!? す、すみません! よそ見をしていて、」
反対側の店へ視線を移した、ほんの数秒で。
ドンッ、と何かに――いや、十中八九人へぶつかり、衝撃でたたらを踏んだ。
しまった! と、反射的に頭を下げ謝罪の言葉を口にするが、三秒、五秒、十秒……と待っても相手の反応はない。頭に血が上り始めたところで恐る恐る顔を上げてみると、そこには予想外の光景が待っていた。
「って、ええええ!? だ、大丈夫ですか!?」
なんと、イズミよりよほど体格の良い男性が尻餅をついていたのだ。
そんなバカな! と慌てて駆け寄り様子を窺うと、男性の逞しさがより分かる。俯いており顔は分からないが、暗い赤の短髪に健康的に焼けた肌、服の上からでも見て取れる鍛えられた体は、どう見てもイズミがぶつかった程度で倒れるような軟な人間のものではない。
具合でも悪かったのか、はたまたこれが噂に聞く当たり屋なのか。
「本当にすみません! どこかおケガでも!?」
「…………」
「あ、具合が悪いとか!?」
「…………」
「あの、もしもし……?」
「…………」
イズミが何度話しかけても男性は一向に顔を上げない。
ちらほらと感じる通行人の好奇の視線と相手の無反応振りに、刻一刻と気まずさばかりが増していく。かといって、イズミの性分的に放置していくこともできず、なんとも言えない空気がその場を満たす。
もしかして、これは関わってはいけないタイプの人だったのだろうか。額にじわりとイヤな汗が滲み始めたところで、第三者の声が場の空気を払拭してくれた。
「ウチの店の前で何してるんだい?」
そう声をかけてきたのは、どっしりとした体格の中年女性だった。後ろでまとめたオレンジ色の髪に緑色の瞳を持ち、シンプルな白いエプロン姿で、座り込んだ男性とイズミを見て不思議そうに首を傾げている。
よくよく見れば女性の背後には食堂と思しき看板を掲げた建物があり、確かに二人のいる場所は店の入口の真ん前だった。そこまで騒いだ自覚はないのだが、昼前のこんな時間に店先で座り込んでいたら完全に営業妨害だろう。
「あのっ! ぶつかってしまって、その……!」
怒られるかと慌てたイズミは状況を説明しようと口を開くが、なんせイズミ自身も男性への対応に苦慮していたため、言葉に詰まる。ぶつかった、以上に説明しようがないのだ。寧ろイズミこそ男性が無反応な理由を知りたかった。
しかし、人生経験の豊富そうな女性には何となく伝わったらしい。
再び男性とイズミを交互に見て訝し気に眉根を寄せた。
「アンタ達が? ……アンタ、そんなナリで高ランク冒険者だったりするのかい? もしくは身体能力の上がるスキルでも持ってるとか」
「い、いえ。ごく普通の一般人なんですけど……」
「ならそんなガタイの男が倒れるわけはないさね。ちょっとアンタ、どうしたんだい」
ドシドシと音を立てて近づいて来た女性が身を屈め、男性の顔を覗き込む。
心強い味方を得られた気がしてホッとしていたところ、女性が予想外の声を上げた。
「サブマスじゃないか! アンタこんなところで何して…………って、聞くまでもないか……」
一転、女性はなぜか痛ましげな面持ちで男性を見つめる。
その表情の理由が知りたくてイズミは女性に声をかけた。
「あの、お知り合いですか?」
「ん? ああ、この人はこの街の冒険者ギルドの副責任者でね。顔馴染みなのさ」
「冒険者ギルドの……!」
ぶつかって転ばせた相手がこれから向かおうと思っていた場所の副責任者とは、運がいいのか悪いのか。……たぶん、悪い。
「悪いんだけどさ、この人を中に入れるのを手伝ってくれないかい? こりゃあちょっと休ませないと。……あ、アンタのせいじゃないからね、安心しな」
「あ、はい!」
小脇に抱えていたワラビを頭の上へ乗せると、女性と二人、無抵抗なサブマスターを立たせて食堂らしい店の中へ連れて行く。店内はかなり広く、昼前でありながらもそこそこ人が入っており、賑やかだった。
冒険者ギルドの副責任者という仕事柄か、かなり鍛えているようでサブマスターの体は非常に重く、支えるのも一苦労だ。が、足取りはかなりフラフラで頼りなく、イズミが手を離せば再び倒れてしまいそうなほどだった。
女性に促され、店内端のテーブル席へ連れて行くと二人がかりでやっとこさサブマスターを座らせる。冒険者がターゲットらしい店内は従魔の同伴も可らしく、アンタも座っとくれと言われ、イズミはサブマスターの向かいへ腰をかけホッと一息を吐いた。
再びワラビを胸元へ抱き、サブマスターの様子を窺う。
支えるために密着してみて分かったが、サブマスターは四十過ぎくらいの男前で、全身日に焼けた健康的な色のはずなのに、顔はまるで死人のように青白い。虚ろな瞳はずっと一点を見つめていて、目の下には濃い隈が浮かんでいる。
しかも何やらずっと小声で呟いており、その様子は明らかに尋常ではなかった。
一体何があったのかとそわそわした気持ちで見守っていると、厨房らしき奥から女性が水の入ったグラスを手に戻って来て、その一つをイズミに差し出した。
「悪いねえ、手伝ってもらって。果実水だよ、コレでも飲んで一息吐いとくれ」
「わっ、ありがとうございます。いただきます」
女性の優しさにイズミの気持ちも解れる。
グラスを受け取り一口飲んでみると、ほんのりとしたリンゴ風の爽やかな甘さが疲れた体に染みる。膝の上でこっそりとワラビにも飲ませれば、果物を主食? にしていただけに気に入ったようで、『おいしー!』とテンションの高めな念話が返って来た。
視線を上げると女性がサブマスターに果実水を飲ませようとしているが、一向に手をつけようとせず苦戦している。人様の事情に首を突っ込むのはどうかと思うも、こんな状態を見せられては聞くなという方が無理な話だ。
イズミは単刀直入に尋ねることにした。
「あの、サブマスターさんはどうなさったんですか? とても具合が悪そうですが……」
「……はあ、酷な話だよ。数日前までこの街では祭りがあったんだけどね、その最中にこの人の一人娘が……消えちまったのさ」




