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6 いざ街へ

 翌朝。

 イズミはスライム達の声をアラーム代わりに目覚めた。


 既に日は昇っているらしく、大木の割れ目からは日の差し込んだ明るい森が見える。体を起こして辺りを見回すと、スライム達は各々行動を始めているようで、樹洞内にはワラビを含めた数匹が点々と残っているだけだった。


 どうやら、昨日の出来事は全て夢ではなかったらしい。

 昨晩の就寝場所である樹洞内で目覚め、ワラビを含めたスライム達もいて、何よりもウソみたいに体が軽い。幸か不幸か、ここを現実として認めるしかなさそうだった。


 思わず零した溜息は、安堵か、それとも落胆か。

 自分でも解らない複雑な心境のままぼんやり辺りを眺めていると、イズミの起床に気づいたワラビがぽよぽよと体を弾ませ近づいて来た。



『あっ! おはよう、シャチョー!』

「おはよう、わらび。みんな早起きなんだね」

『お日さまが出たらみんな起きるからね!』



 なんと健康的な生活だろう。

 ニコニコと愛らしい笑みを浮かべすり寄って来たワラビの頭を撫で撫でする。

 どうやら昨晩の奮闘は手遅れだったようで、イズミの呼び名は社長で決定してしまったらしい。まあ、完全にイズミの自業自得なのだが。



『これ、シャチョーのごハンだよ! 食べたらお外に行こう! みんな待ってるから!』

「そうなの? それじゃあ直ぐに食べるね」



 律儀というか、世話好きというか。

 スライム達は、イズミが寝ている間にせっせと準備をしてくれていたらしい。ベッドのそばには皿替わりと思しき大きな葉っぱがあり、その上には昨晩も食べた赤くて甘い木の実が乗せられていた。


 スライム達の気遣いに感謝しながら手を合わせると、少し急ぎ気味に赤い実を口へ運ぶ。

 熟れたさくらんぼのような甘さの実は美味しくて、スライム達が好んで食べるのも頷ける。イズミはこれで二食目だが、まだ暫く続こうとも飽きないだろうと思えた。


 とはいえ、全て食べてしまうのは申し訳ない。

 空腹が軽く満たされる量に留め、魔術スキルでペットボトルに足しておいた水で喉を潤せば朝ご飯は終了だ。ご馳走様でしたと再び手を合わせると、隣でのほほんと待っていたワラビに連れられ樹洞の外へ出た。


 外では何やらスライム達が輪になっており、何ごとかと歩み寄る。

 輪の中心を覗き込んで見れば、そこには大小様々なアイテムが積まれていた。


 指輪にネックレス、ブローチといったアクセサリー類から、金銀銅それぞれの色をもつ硬貨。魔物の牙らしきものやスライムの核とはまた違う色をした石も混ざっていて、極めつけは西洋風の片手剣だ。

 これは一体どうしたのかとイズミが目を丸めると、スライム達はどこか自慢げにぽよぽよと飛び跳ね始めた。



「えっ! どうしたのこれ?」

『ふふーん、びっくりした!? 森の中の落としものを、みんなで集めておいたの! なんとなーく集めてただけなんだけど、ボクたちは使わないし、シャチョーにあげようって! ニンゲンさんのマチでは、お金ってものがヒツヨーなんでしょ?』

「そ、そうだけど……こんなにたくさん。集めるの大変だったでしょ?」

『んーん。見つけたとき、たまーに持ち帰るだけだったから。本当はもっとたくさんあったの。でも、みんな気マグレだから』



 スライム達はニコニコ笑いながら「ぷるぷる!」と声を上げ、頷くように震えている。どうやらワラビの言う通りらしい。

 昨晩、住処の前で体を清めた時は確かに何もなかったから、恐らく朝になってからここへ運び込んだのだろう。今までため込んだ品々をイズミへ譲るために。

 スライム達によればこれでも落としものの一部らしいが、パッと見ただけでも結構な量があると思えた。



「そうだとしても、本当にもらっていいの?」

『もちろんだよ! ボクたちじゃ使うホーホーがわかっても、使えないからね!』

「そっか……。それならお言葉に甘えて使わせてもらおっか、わらび」

『うん!』

「ありがとう、みんな。ありがたく使わせてもらうね」



 イズミが頭を下げれば、スライム達は「ぷるっ!」と満足気に答えた。


 ワラビに通訳してもらい、それぞれのアイテムについてスライム達から説明を受けながら影収納へしまっていく。

 間違いなく一番の大物である西洋風の剣を拾ってきたのは、群れの中でも一番元気のいいスライムらしい。こんなに大きなものを運んできて凄いでしょ! と自慢気に話し、イズミに褒められると嬉しそうにぽよぽよと跳ねていた。

 金銀銅の硬貨だけはいつでも取り出せるよう手元に残すことにして、ポーチへしまいリュックへ放り込めば旅支度は完了だ。


 しかし、ただでさえワラビがついて来てくれることになったというのに、このままでは貰いすぎだろう。せめてもの感謝の気持ちにと、リュックに入っていたチョコレート菓子をスライム達に振る舞うことにした。


 同級生との会話のきっかけにでもなればとリュックに入れていたのだが、結局手をつけなかった、かの有名なきのこ型のお菓子。

 それを振る舞うとスライム達は大いに興奮して、美味しい美味しいとはしゃぐ。その様子を見たイズミは、例え二度と食べられないものだとしても、全てをスライム達に振る舞ったことに後悔はなかった。


 そうして、別れの挨拶にスライム達の頭を順に一撫でずつしていく。

 ワラビを連れて必ずまた来ると約束をして、離れ難くなる前に東にあるという街へ向けて出発した。


 意味はないと知りつつ、つい癖でスマホを見れば、時刻は午前七時すぎ。奇跡的に時刻が合っていれば確かにそのくらいかも知れないと思える爽やかな空気の中、イズミはワラビの案内のもと森を歩く。

 ワラビという相棒ができたからか、気持ちにも多少の余裕が生まれたイズミの足取りは軽く、ひたすら代わり映えのない景色の中を進む。やはり森に生息する魔物はスライムしかいないようで、たまにひょっこりと姿を見せるのは鳥やリスといった小動物ばかりだった。





 ワラビと雑談をしながら一時間ほど歩き続けたところ、



『シャチョー、森のはしっこだよ!』

「! 本当だ。行こう!」



 ようやく森の境目が見えてきた。二人のテンションは否応なく上がって、残りの数百メートルを一気に駆け抜ける。そうして森を抜けた先でイズミを待ち受けていたのは――



「うわぁ、すっごい景色……!」



 どこまでも続く緑の絨毯だった。

 朝日を浴びて煌めき、風にそよぐ草原は絶景かつ平穏そのもので、イズミは暫し魅入る。



『ニンゲンさんのマチがあるのはね、あっちだよ!』



 ワラビの示す方角を見れば、遠く、山を背に巨大な壁がそびえ立っていた。

 あの壁は街を囲む城壁なのだろうと瞬時に覚ったが、その規模が途方もない。きっと間近で見たら凄い迫力なのだろう。海外旅行どころか国内旅行すらしたことのないイズミは、一刻も早く間近で見てみたいと心が躍った。



「本当だ。街っていうか壁しか見えないけど……。でも、あれだけ大きいと見失う心配もなくていいね。それじゃあ、レッツゴー!」

『ゴーゴー!』



 ここからは案内も要らないからか、ワラビは見た目にそぐわぬ跳躍力でイズミの肩へ飛び乗ると、そこからさらに頭の上へ移動する。ワラビの予期せぬ行動に一瞬慌てたイズミだったが、ほとんど重さを感じないし、ヒンヤリして気持ちいいし、どういうわけか安定感もある。


 確かに、あれだけ距離があるとワラビの小さな体では街まで歩くのも大変そうだ。頭上にスライムというスタイルが他人の目にどう映るか少しばかり気になったものの、ワラビの健康が第一。これでいいやと納得すると、意気揚々と草原への一歩を踏み出した。


 柔らかな草をサクサクと踏み締め、街へ向かって一直線に進む。

 街道からはずれているらしく、辺りには人の気配もなければ魔物の気配もない。気分はさながら秘境でのピクニックだ。


 持病を自覚してからというもの、こんなにも軽い体と晴れやかな気分で外を歩ける日がくるとは夢にも思わなかったと、イズミの表情もつい綻ぶ。こんな絶景の中なら何時間でも歩けそうだ。

 草原を吹き抜ける爽やかな風に背を押され、今にスキップでも始めそうな軽い足取りで歩いていると、頭の上に陣取ったワラビから念話が届いた。



『ねーねー、シャチョー。マチへ行ったらどうするのー?』

「あー、どうしよっか……」



 わりと柔軟な思考を持つ自覚のあるイズミでも、昨日は現状把握に努めるだけで手一杯で、街へ着いてからのことはまるで考えていなかった。


 今向かっている街はダンジョン都市というらしいし、十中八九冒険者、もしくはそれに準じた者達が集う街なのだろう。ゲームに登場する冒険者という職業は、自由と冒険を愛する旅人のような良いイメージがある一方で、酒好きな荒くれ者という悪いイメージもある。

 そんな人種に絡まれでもしたら、イズミに成す術はない。


 街の雰囲気によっては最低限の用事を済ませ移動するべきだなと考え、ワラビにちょっと待ってねと断りを入ると歩きながら解説書を開く。街へ入るにあたって必要な情報を探り、ワラビと共有するためだ。

 パラパラとページを捲れば、スキルレベルの上がった解説書はイズミの疑問に大方答えをくれた。



「えーとね、街へ入るには……身分証がない場合、人と従魔それぞれの入場税が必要みたい。一般人は冒険者ギルドで登録……あ、冒険者ってやっぱりあるんだ。もしくは商人ギルドで登録すると身分証がもらえる、と。ふんふん」

『へー!』

「それから、貨幣価値は……銅貨銀貨金貨がそれぞれいくつかあって……あ、さっきみんなにもらった分で十分街へは入れそう。でも、お金はもっと必要だし……と、アイテムの換金は専門店や冒険者ギルドなんかでしてもらえるんだって」

『そうなんだ!』

「うん。だから……今日の方針としては、街へ着いたら冒険者ギルド辺りでみんなにもらったアイテムを換金。それから街の様子を見て、良さそうなら暫く滞在してもいいし、ダメそうなら旅に必要なものを揃えて明日にでも他の街へ向かう。って、ことでどうかな?」

『いいと思うー!』



 ワラビが頭の上でぽよぽよと弾む。

 あまり理解していない、もとい、考えていなさそうだなと思ったものの、元気な返事がもらえたので良しとした。


 解説書を消し、気持ち落ちていた歩調を戻すと、今後の方針について思いを馳せる。


 単純に考えれば、収入を得るには冒険者になるのが手っ取り早いだろう。術技創造のお陰で戦闘系の魔術スキルに関してはほぼ作り放題であるため、冒険者ギルドで討伐依頼をこなせば一人と一匹を養うくらいは稼げるはずだ。

 身分証も得られるし、旅をするのなら寧ろ冒険者にならないという選択肢はない。


 しかし、イズミとしては極力その道は避けたかった。


 というのも、昨日、悪いスライム――イズミ命名【やさぐれスライム】を数匹倒してみて気づいたが、現実で魔物を倒すという行為の心理的ハードルがもの凄く高かったからだ。


 VRゲームではその辺りを考慮してか、攻撃した際の手応えは魔物の姿形を問わず一定だった(硬めの野菜を切る、または殴るような感覚)し、倒せばドロップ品を残してあっという間に消えてしまった。血が流れることもなかったし、悲壮な声を上げたりもしなかった。


 当然、現実ここでは違う。


 近接武器で攻撃すればイヤな手応えがあるし、血は流れ、肉や骨を断つ音も悲鳴も聞こえるはずだ。スライム以外と戦っていないため定かでなないが、死体があっという間に消えることもないかも知れない。

 というか、普通に考えて消えないだろう。


 遠距離攻撃にしても視覚や嗅覚、聴覚はイヤでもそれらを捉える。

 どう考えてもイズミにはそれが耐えられそうになかった。


 もちろん、冒険者ギルドでは魔物の討伐以外の仕事もあるはずだが、実入りが良いのは討伐だろう。街中で達成できる簡単かつ安全な依頼は、報酬が低いのがお決まりだからだ。

 つまり、討伐依頼を受けられそうにないイズミが冒険者になるのは現実的ではない。


 となると、残る道は。



「商人ギルドの方に登録して付与で稼ぐ、かなぁ。その方がまだ性に合ってるし、色んな人の役に立てそうだし……」

『なんのはなしー?』

「んー? 人間の街で暮らすにはお金が必要なんだけどね、どうやって稼ごうかなって」

『お金! ボクたちが集めたぶんだけじゃ足りない?』

「うーん、そうだね、ちょっと足りないかな……。だから私のスキルを活用して稼ごうかなって」

『シャチョーのスキル? ケーヤク?』

「あ、わらびにまだ話してなかったよね。私のメインスキルはね……」



 イズミの固有スキル、術技創造について簡単に説明。

 すると、魔物からみても凄いスキルだったらしい。興奮したように頭の上でぽよぽよと跳ね、スゴいスゴいとはしゃぐ。



『そんなスゴいスキルを持ってたら、なんでもできちゃうね!』

「ふふ、そうだね。だからこのスキルで人の役に立ちたいなって思ってるの」

『そうなの? なんで?』

「それはねー……色んな人にお世話になった分、お返しがしたいから、かな」



 街まではまだまだ距離がある。

 その間にワラビには全てを話しておこうと思い、イズミは口を開いた。


 元の世界でイズミは、持病により人の手を借りなければまともな生活も送れなかった。言うまでもなく一時は荒れに荒れたし、毎日死ぬことばかり考えていたし、悪化してから数年後には死ぬ覚悟もできていた。

 そんな生活だったにも関わらず今のイズミがあるのは、実に多くの人に支えられ、救われたからだ。


 父や四人の兄弟はもちろん、父の店の従業員や常連客、ご近所さん、よく通った病院の先生に看護師さん、果てや通りすがりのおじさんやおばさんなど、挙げればキリがない。

 本当なら元の世界でどうにか元気になって、立派な社会人としてみんなや社会に恩返しをしたいと思っていたが、戻る方法の有無によってはそれも出来るか分からない。


 であれば、この世界に還元するしかないだろう。


 人からもらった優しさや善意を、今度はイズミが人へと分け与える。お世話になった人々へ巡り巡って……といかない点は残念だが、この世界の、極一部でもいい。イズミがもらったような優しい気持ちの巡る場所が生まれれば、それで満足だ。

 だから授かったスキルを人のために使いたいのだと、イズミはなるべく分かりやすくワラビへ伝えた。



『なるほど、わかったよ! だからシャチョーはボクたちのことも助けてくれたんだね!』

「あー……うん。まあ、そう……だね」



 あればかりは乗り気ではなかったが、ウルウルお目目に負けたとは言えず、イズミは目を泳がせる。



『ならボクもシャチョーにオン返しするよ! お仕事がんばるから、なんでもいってね!』

「ふふ、ありがとう。頼りにしてるね」

『うんっ! まかせて!』



 澄んだ青空のもと、雑談をしながら草原の海を進む。

 一人であれば早々に退屈したかも知れない旅路も、相棒がいればただただ楽しい。

 開放的な景色がそうさせたのか、一人と一匹は街へ着くまで飽きることなく話し続けた。

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