5 お礼
ゲームでは武器や防具、アクセサリーの類には何かしらの効果が付与されていることが多い。例えば、身体能力上昇や状態異常耐性、種族特攻といった戦闘職向けのものから、一般人向けの魔除け、幸運といった効果だ。
効果の付与された物は付与のない物と比べて価値が上がる。
必然、効果を付与したアイテムを売れば、それなりの収入を得られるはずだ。
付与する物、つまり元手が必要になるため簡単に稼げるわけではないだろうが、上手く活用できればこの先お金に困ることはないと思われる。
この追加効果は当たりだと、イズミは内心ガッツポーズ。
これでここでの生活? にも僅かに希望が見えてきた。
術技創造のレベルを上げるために作ったスキルの内の一つ【防汚】スキルは、読んで字のごとく、汚れを防ぐ結界を施すスキルだ。本当は異世界もので定番の浄化系スキル(物や体の汚れを落とすもの)が欲しかったのだが、既存のため代案として防汚スキルに落ち着いた。
というのも、風呂に入りたくても入れないからだ。
スライム達に感化されてすっかり忘れていたものの、今日は風呂に入っていない。
学校へ行ったし、森の中を歩き回ったし、なんならアスファルトの地面や草っぱらに寝転んだりもした。寝る前に綺麗にできたら……と今さらながらに思ったのだが、そんな思いは儚く散った。
今日で一番、既存スキルを恨めしく思った瞬間だった。
まあ、防汚スキルを作れただけマシだけれど。
軽く体を拭いてから防汚スキルを使えば、最低限の清潔さは保てるはずだ。
そんなわけで、スライムに断りを入れて樹洞から這い出ると、少し離れた場所に陣取る。
先ずは植物全般を操るらしい木属性の拘束魔術、【樹縛】の威力をかなり落として行使し、木の洗面器を生成。次いでそこへ水属性の攻撃魔術、【水矢】をこれまた威力を落として行使し、どこへ向けて発射するでもなく洗面器へ落とせば目標達成だ。
体を拭くには十分な量の水を確保し、イズミはさっそくハンドタオルを絞って体を拭き始めた。
魔術で集めた水はよく冷えており、いまだに興奮の冷めない体には心地いい。しかも、飲んでも問題なさそうだと思える程度には澄んでおり、飲み水には困らなさそうだった。
こんな森の中では、流石に服を脱いで大っぴらに拭くことはできない。惜しみつつ手早く済ませると、防汚スキルを自分にかける。ぼんやりとした光が全身を包み、一瞬、膜が張られたような違和感を覚える。
が、それも直ぐに体へ馴染んでなくなった。
これで木の葉のベッドへ寝転ぼうが、草っぱらへ寝転ぼうが問題ない。
付き合ってくれた透明なスライムに礼を告げ、再びねぐらへ戻ると、今度こそ就寝すべく木の葉のベッドへ腰を下ろす。既にほとんどのスライムは夢の中へ旅立ったようで、あちこちから「ぷるぅ……ぷるぅ……」と、規則正しい寝息のようなものが聞こえる。可愛い。
これでよく眠れそうだと、最後に透明なスライムへ就寝の挨拶をしようとしたところ、スライムの方から声をかけられた。
『ニンゲンさん、ニンゲンさん!』
「どうしたの?」
『あのね! 悪いやつをやっつけてくれたら、お礼をするって言ったでしょ?』
「ああ、うん。言ってたね」
『ボクたちね、悪いやつをやっつけてもらえたのがウレしくて、お礼のことすっかり忘れてたの……。ごめんね?』
「そうなの? お礼って、こうしてお家に招いてくれたことだと思ってたよ」
食事や寝床のあてなどなかったイズミには、既に十分な礼になっているのだが。
と、首を傾げていると、
『チガうよ! ニンゲンさんへのお礼はね、ボクだよ!』
「…………え?」
思いがけない言葉にイズミの時が止まった。
何故かドヤ顔で語ったスライムを凝視する。
今日一日で、スライムを倒すと謎の石がドロップすることは確認済みだ。恐らくスライムの核とでもいうべきアイテムで、解説書いわく、街で売ればいくらか日銭の足しにはなるらしい。
しかし、そんな体を張ったお礼は要らない。普通にトラウマものである。
「待って、あの……お礼が僕ってどういうこと? まさか体を差し出すってこと?」
『チガうよ! ボクね、こうしてニンゲンさんとお話しできるスキルを持ってるでしょ? それって、マモノの中でもすごくメズラしいらしいの。だから、ケーヤクすればニンゲンさんの役に立てるかなって!』
「あ、なるほど。人身御供的な意味じゃないのね、良かった……。うーん、でもなぁ……」
イズミは腕を組んで天を仰いだ。
数いるスライムの中でもこの透明なスライムとだけ話せるのは、この個体が【念話】というスキルを持っているかららしい。オタク知識でしか測れないが、ただのスライムが持つスキルとしては破格だと思う。
だからこそ稀有な能力を持つ個体をイズミに同行させることで、恩返しとしたいのだろう。
しかし、珍しい能力を持っているとはいえ、この子はスライムだ。戦わせることは到底できないし、話ができるという能力も正直どの程度役に立つか分からない。
仮にイズミがこの世界の言葉を話せない、意思疎通ができないのであれば通訳として活躍してもらえるが……こうして魔物と話せるのに、人と話せないという事態は起こり得るのだろうか。
絶対にない、とは言い切れないが……。
加えて、今のイズミは自分を守ることで手一杯だ。
武器や防具もなく、身体能力も低いイズミの頼みの綱は自作のスキルだけ。魔物はもちろん、敵対的な人間と遭遇して危機的状況に陥った時、スライムを守り切るどころか自分の身を守れるかどうかも怪しい。
もちろん、これから始まる? であろう旅に同行者がいれば嬉しい。
スライムのお供という存在は、可愛い生き物が好きなイズミにとって、とても魅力的だ。同行者が人だろうと魔物だろうと、見知らぬ土地で一人ではないという事実に心が救われるであろうことは間違いないのだから。
だからこそ、危ない目に遭うかも知れない旅路に同行させることは躊躇われた。
「危ないこともあるかも知れないし、やめておいた方が……」
『でも、それ以外にニンゲンさんにお礼をするホーホーがないの』
「お礼なら気にしなくていいよ? こうして一晩泊めてもらえただけでありがたいんだから」
『むぅ。ニンゲンさんは、ボクがイッショに行ったらメーワク?』
「うっ……!」
ウルウルお目目、再び。
このつぶらな瞳に見つめられると、どうにも弱い。
犬猫を飼っている人がねだられてご飯をあげてしまう気持が痛いほど分かる。
これはある種の精神攻撃なのだ。
「い、いや、迷惑なわけじゃなくて……義務感でわざわざ危ない目に遭わせるのは申し訳なくて……」
『ギムカンってなぁに?』
「この場合で言うと……お礼をしないと! って強く思うこと、かな?」
『ニンゲンさんとケーヤクするのはお礼がしたいからだけど、でも、それだけじゃないよ! ボクね、ニンゲンさんのマチにも行ってみたいの!』
「え、そうなの? なんで人間の街に?」
『前ね、森に葉っぱをツみに来た小さなニンゲンさんたちが話してたのを聞いちゃったの。ニンゲンさんのマチは楽しいことでいっぱいなんでしょ? 美味しいものもたくさんあるって! だから、ずっと行ってみたいなと思ってたの! えへへ!』
「なるほど。そういうことね」
契約をする動機が恩返しをしたい一心であれば、イズミは気が引けて連れて行く気にはならなかっただろう。
しかし、個人的な願望があるのなら話は別だ。
イズミも家族の反対を押し切って学校へ行ったのだ。気持ちはよく分かる。ここで断ってゆくゆく一人で無茶な真似をされるくらいなら、頼りなくとも自分と一緒に行った方が確実にいい。
「……うん、分かった。なら契約しよう」
『本当!? わーい! ありがとう、ニンゲンさん!!』
そう思ったのだが。
「ふふ、どういたしまして。それで契約ってどうすればいいの?」
『? わかんない。ニンゲンさんはみんなできるんじゃないの?』
「え?」
『え?』
「『…………』」
さっそく問題が発生した。
言い出したくらいだから契約の仕方を知っているものだと思っていたのだが、どうやら甘かったらしい。賢い個体とはいえスライムはスライム。知らなくても仕方ない。寧ろ契約できることを知っていただけ賢いと思うのは、既に情が湧き始めているからかも知れない。
暫しどうしたものかと悩んだ末、解説書スキルを頼ってみることにする。
先ほどの結果が結果であるため、あまり期待はせず、分かったらいいなくらいの気持ちで。
左の掌を天へ向けて解説書スキルを念じると、瞬時に分厚い洋書のような装丁の本が現れる。さらに、魔物との契約に関して念じながら適当なページを開けば、真っ白――というわけではなく、短い文章ながら何かが記されており安堵した。
さっそくその一文に目を通し、納得したイズミは本を閉じると魔力を霧散させる。
いわく、魔物との契約にはスキルが必須らしい。
調教師や魔物使いといった適正者が持つ、いわゆる従魔契約スキルだ。
イズミは当然持っていないため、普通ならここで詰んでいただろう。
しかし、今のイズミには【術技創造】がある。
お陰でスライムの期待を裏切らずに済んだことにホッとしつつ、さっそくスキルを行使する。従魔契約や調教といったスキルは既存で作れなかったため、少し視点をずらして【雇用契約】という名のスキルを作った。
【雇用契約】の内容は至ってシンプル。
魔物が労働力を提供してくれれば、イズミが給金の代わりに食住を保障するというものだ。
基本的な内容は既存スキルと大差ない。が、従魔契約や調教といった既存スキルがテイムする魔物を屈服――つまり、戦って力を認めさせることを条件としているのに対し、雇用契約を結べるのは意思疎通のできる魔物限定とすることで差異をはかった。
今のところは他の魔物と契約するつもりもないため、これで十分だ。
ちなみに、つい先ほど気づいたことだが、イズミの作ったスキルの数々は、固有スキル【術技創造】に合わせてスキルレベル上がる便利仕様らしい。術技創造のレベルが2、3と上がれば、全てのスキルが自動的に同レベルになる。
恐らく、術技創造によって生み出されたスキルだからなのだろう。そのため解説書のレベルも3に上がっており、昼間よりマシな情報を得ることができた、ということらしかった。
ゲーム脳であるイズミは、それぞれのスキルを使い込んでレベルを上げなければならないものだと思い込んでいたため、思いがけず楽ができてありがたかった。
「よし、それじゃ契約しよっか!」
『! やっぱりニンゲンさんはケーヤクできるんだね! わーい!』
「ま、まあ、それは追々説明するとして……。最後にもう一度聞くけど、本当に私と契約してここを離れることになってもいいの? 後悔しない?」
『ニンゲンさんのおカゲで森がヘーワになって、みんなも安心してクらせるようになったから、もうダイジョーブ! コーカイしないよ!』
「そっか、ならいいの。それじゃ契約するね。ちょっと失礼して……」
元気な返答に微笑みで応え、イズミはスライムの頭に軽く手を乗せスキルを発動する。
すると、触れた個所に魔法陣のようなものが浮かび上がり、淡い光を放ち始める。樹洞の中がより幻想的な光で満たされ、ついその光景に見とれること数秒。魔法陣がスライムの体へ吸い込まれるように消えていき、契約が完了した。
ステータスを確認すれば一覧に従魔の項目が追加されており、スライムの情報も確認できるようになっていた。
「よし! 契約が完了したよ」
『わーい! ありがとう、ニンゲンさん!!』
「ふふ、こちらこそ!」
スライムにもきちんと契約が交わされた自覚があるらしい。
ぽよぽよとリズミカルに跳ねて喜びを露わにしている。
「ちなみにね、今使った契約スキルは他の人達が使ってるものと少し違うの」
『? なにがどうチガうの?』
「えーと……みんなが使う従魔契約のスキルは、人間が主人で魔物が従者って関係で、主人の言うことは絶対なの。でも、私とあなたは雇用主と労働者……簡単に言えば、社長の私があなたを従業員として雇ってる状態だから、従来の契約スキルより緩い関係というか」
『ニンゲンさんがシャチョーで、ボクがジューギョーイン?』
「そうそう」
『ふーん……よくわからないけど、わかった! シャチョーの言うことを聞けばいいんだよね!』
「あはは。まあ、そういうことかな。一緒に頑張って働こうねってこと」
『もちろんだよ!』
わーい、わーい! と跳ね回るスライムを横目に、イズミはスライムのステータスを確認する。
当然個体名はなく、レベルは1で基礎ステータスは軒並み一桁台と激弱だ。恐らく街で子供に蹴飛ばされただけで沈むだろう。連れて行くと決めたからには、スライムが安全に暮らすためにも早いところ何か対策を練らなければとイズミは思う。
しかし、端的に強くする方法がない以上、今は後回しにするしかない。
それよりも差し迫った問題は。
「ねえ、スライムさん達ってそれぞれに名前はないんだよね?」
『名前? ないよ! みんなフンイキで呼んでるから!』
「そっか。それじゃあ、あなたには私が名づけてもいい? 名前がないと不便だから」
『名前をくれるの? わーい、ありがとう!』
「どういたしまして。えーと、それじゃあね……」
イズミは正面からじっくりとスライムを見据え、考える。
レアな個体らしいスライムの体は何度見ても無色透明で、実のところ、出会った瞬間からとあるものを彷彿とさせられていた。
しかし、それは非常に安直な案であり、流石にもう少し捻った名前が出てこないものかと改めてスライムを観察してみたのだが、暫し記憶をさらってみてもそれ以上に合う名前は思いつかなかった。
まあ、安直ではあるが可愛いことに違いはない。
たぶん意味も通じないだろうし問題ないだろうと、イズミはその名を告げた。
「わらび。わらびって名前はどう?」
『わらび? それがボクの名前?』
「そう、ダメかな?」
『ううん! 今日からボクはわらびだね! 名前をくれてありがとう、シャチョー!』
「ふふ、いいえ。これからよろしくね、わらび」
『うん、よろしく!』
話がまとまったところで気が抜けたのか、一人と一匹は揃って欠伸を零す。
既に息の合ったそれがおかしくて視線を合わせ微笑み合うと、どちらともなく寄り添って仲良く木の葉のベッドへ横になる。眠気は直ぐにやってきて抗うことなく瞳を閉じると、今日の出来事が走馬灯のように脳裏を駆け巡った。
そうして眠りに落ちる寸前で――
「! しまった!!」
イズミはとある事実に気づき飛び起きる。
自分が犯した重大な……それでいて超初歩的ミス。
すなわち、魔物に名づけておきながら自分の名前は伝えていなかったことに気づいたからだ。そりゃあワラビも社長呼びなわけだと一人納得する。
ワラビを揺さぶり起こし、慌てて自分の名を伝えるイズミ。
しかし、既に夢の世界へ片足を突っ込んでいたワラビが、その記憶にイズミの名を刻んだのかどうかは……ワラビのみぞ知る。




