4 可愛いお願い
「こ、こんにちは。中々気づかなくてごめんね? あの、なにか用でもあるのかな?」
イズミは魔物使いでもなければ、意思疎通の可能なスキルを作ったわけでもない。それにも関わらず魔物と話せる事実に内心ドキドキしつつ、優しい口調を心がけて尋ねる。なるべく戦うようなハメにならないといいな、と祈りながら。
『あのね! ニンゲンさん、さっきボクたちスライムの一人を倒したでしょ?』
「!」
あ、スライムって単位は匹じゃないんだ?
という現実逃避はさて置き。
マズい。非常にマズい。
どうやら先ほどの現場を目撃されていたらしい。
これはどう考えても、仲間の敵討ちー! と戦闘になるパターンだ。流石にこの数を相手にするのは無理がある。村人レベルのイズミが十数匹を相手取って勝てるかは怪しいし、かといって大虐殺も勘弁だ。
慌てたイズミは身振り手振りを交えて無罪を主張しようとする。
「ご、ごめんなさい! けどあの時は襲われて仕方なく、」
『アイツねー、すっごく悪いヤツだったから、ニンゲンさんがやっつけてくれて助かったの。ありがとう!』
「振り払っただけで…………え? あ、うん。どういたしまして?」
予想外に礼を言われ、イズミはもれなく困惑した。
つい身構えた両腕を力なく下す。
「えっと……あのスライム、仲間じゃないの? 悪いやつだったの?」
『そうだよ! 仲間じゃなくて、悪いヤツ! ときどき森に葉っぱをツみに来るニンゲンさんや、他のマモノにちょっかいを出して、わざと森のヘーワをミダしてたんだ! ボクたちはシズかにクらしてたかったのに!』
「そ、そうなんだ。大変だったんだね」
『うん……。本当はボクたちでやっつけられたら良かったんだけど、アイツらはボクたちより強くて速いから、どうしようもなくて……』
透明なスライムの目尻が、シュンと気落ちしたように下がる。
先ほどイズミが倒してしまったスライムは、どうやら森の厄介者だったらしい。よくも仲間を! と責められることがなくホッとしたものの、倒したことを同族に喜ばれるとそれはそれで複雑な心境である。
見た目だけなら可愛かっただけに、なおさら。
人間や他の魔物と争わず、平和に暮らしていたかった透明なスライム達。
一方、好戦的で人間や他の魔物問わず、ちょっかいを出していた今は亡きスライム。
魔物といえば概して好戦的な種族かと思っていたが、人間同様色々な考えのものがいるんだなぁと、イズミは透明なスライムの言葉を噛み締める。倒してしまったスライムが平和主義者ではなかったことがせめてもの救いだと、溜息を零した。
しかし、ふと引っかかりを覚え、首を傾げた。
「ん? 待って。今、 “あいつ”らって言わなかった?」
『そうだよ! 他にもまだ悪いヤツがいるの。だから、ニンゲンさんにおネガいがあって!』
「な、なんだろう。なんとなくイヤな予感がするけど、とりあえず聞きましょう。……なんでしょうか?」
一転、ニコニコと愛らしい笑みを浮かべながら、魅惑的なボディをぽよぽよと弾ませるスライム。 そんな彼? 彼女? に、つい釘づけになりながら、イズミは恐る恐る尋ねた。
『あのね! ノコりの悪いヤツもやっつけてほしいの!』
「だよね! やっぱりそうだと思ったよ!!」
想像通りの返答にイズミは頭を抱える。
つい一時間半ほど前に、命の危機でも感じない限り二度と倒すものかと誓ったばかりなのに! と。
「一応聞くけど、その悪いやつってあと何匹……いや、あと何人いるの?」
『あとねー、三人だよ!』
「まあまあいる!!」
『もちろんお礼はするよ! 他にタヨれるニンゲンさんがいないの。ダメかなぁ?』
「くっ……!」
透明なスライムはただでさえつぶらな瞳を潤ませて、イズミを見つめる。
チワワと同等の精神的攻撃力……いや、それ以上かも知れない。
その瞳を直視できなくて思わず目を逸らすも、知らぬ間に囲まれていたらしい。今度は他のスライム達の懇願するような瞳とかち合って、イズミは固まった。
小刻みに震えるぷるぷるボディ。
お願い、とでも言うような「ぷるぅ……」の合唱。
可愛い生き物の好きなイズミに抵抗力などあるはずもない。ささやかな抵抗は数秒ともたず、イズミは膝から崩れ落ちた。
「分かった……。倒す、倒すよ……」
『本当!? わーい、ありがとう! ニンゲンさん!!』
「いいえ……。それで、悪いやつはどこにいるの? もうサクっと倒しに行こう」
『こっちだよ!』
スライム達は元気よく跳ね、先導を始める。
イズミはつられて力なく立ち上がると、お尻と膝の埃を払いつつ密かに溜息を零した。
正直、悪いやつと言われても可愛い生き物(しかも激弱)を倒すなど、微塵も気が進まない。
しかし、見るからにニコニコと嬉しそうに微笑むスライム達を前にして、どうしてイヤと言えようか。断った時の反応を考えただけでも胸が痛むというのに。
大体、スライムだけではなく人間にもちょっかいを出すやつなら倒すべきだろう。スライム達もお礼? をくれると言うし。
とはいえ、どうしてこんな展開に……。
憂鬱な気持ちを引きずりながら、イズミはスライム達の後を追って森の中を進み始めた。
◆
結論から言うと、三匹の悪いスライムはサクッと倒すことができた。
イズミの精神衛生上よろしくないため回想は控えるが、それぞれのスライムが縄張りとしている場所が思いのほか遠かったため、移動にこそ時間がかかったものの、戦闘に関しては何の問題もなかった。
というのも、事前に作っておいた戦闘系のスキルがさっそく役に立ったからだ。
戦闘系スキルといっても、イズミが作ったのは剣術や体術といった近接タイプのスキルではない。いわゆる魔法、魔術と呼ばれる類のものである。魔法や魔術と言われて大体の人が想像する、火や水、風などを操る術だ。
天国、あるいはこの世界? では、それらもスキルに分類されるらしい。
透明なスライム達と遭遇したあの時点で創造できていたのは、そのほとんどが戦闘系の魔術スキルだと言っても過言ではない。形や効果、範囲といった差異をつけやすく、創造しやすかったからなのだが、結果としてはナイスな判断であった。
スライムとの戦闘でスキルが一切なく、素手や木の棒などで戦いを挑んでいたら、確実に数日は夢に見るレベルの精神的ダメージを負っていただろう。
しかし、作っておいた魔術スキルは遠距離の攻撃魔術。直接手ごたえを感じることのない魔術スキルのお陰で、自分でも驚くほど抵抗感なく事を運ぶことができたのだ。
それでも、悪いスライムがドロドロと溶けていく様や、悲し気な鳴き声などを目の当たりにして、少なくない精神的ダメージは入っているのだが……。
結果、透明なスライム達の願いを叶えることはできたイズミだが、かなりの時間森を歩き回っていたため、あっという間に夜となってしまった。時の流れは体感的に元の世界と変わらないようで、一日が三十六時間もあったり、逆に十二時間しかないというわけではないらしく安心した。
日中は適度に日が差し込み爽やかな印象だった森も、暗くなると途端に不気味に見えてくるから不思議だ。スライム達に自分達以外の魔物は滅多に現れないと言われていても、ついつい警戒心が増し、無駄にキョロキョロしてしまう。
よそ見をしていたせいで足元のスライムとぶつかり、予期せずグニャリとした感触を味わって思わず悲鳴を上げたのも無理からぬことだ。
これが噂に聞く、肝試しでコンニャク!?
と、追々違う意味でドキドキしたのは、この世界どころか元の世界でもイズミくらいのものだろう。引きこもり非リア充が拗らせた悲しい結果である。
ちなみに本当に軽くぶつかっただけなので、意図せずスライムを倒してしまった――という事態には至らず本気で安堵した。
恐らく、スライム達と出会わなかったとしても、イズミはスキル作りに夢中になって夜までに街へは辿り着けなかっただろう。仮に街を目指したとて、森を抜けることができたかどうかも怪しい。一人だったら今頃は心細さも相俟って、途方に暮れていたかも知れない。
しかし、今のイズミには心強い地元住民達がついている。
川の位置よし!
食べられる木の実の在処もよし!
静かな寝床と、街側への出口もよし!
これほどまでに頼もしい存在はないだろう。
スライム達もこの時間からイズミが街を目指すとは思っていなかったようで、頼むまでもなく安全な自分達の住処へと招待してくれた。
案内され辿り着いたのは、森の中でも一際大きな木のもとだ。
どっしりと構えた幹の下部には大きな裂け目があり、イズミが通るにはギリギリのサイズであったが、案内されるまま四つん這いで中へ入る。樹洞内は想像以上に広く、身長が165であるイズミが普通に立っても問題ない。しかも、真っ暗かと思いきやあちこちにほんのりと光る苔? キノコ? が生えているらしく、とても神秘的な空間だった。
寝床と思しき正面には枯れ葉が大量に敷き詰められており、透明なスライムに促されてそこへ腰を落ち着ける。結構ふかふかで気持ちいい。さらに樹洞内を観察すると、端には赤や黄色の木の実も蓄えられていて、まるで小動物のお家(ただしかなり大きめ)のようで可愛らしく、イズミは思わず笑ってしまった。
そこからスライム達のお祭り騒ぎが始まった。
なんせ何年も森の平和を乱し、みんなの頭を悩ませていた悪いやつらが討伐されたのだ。はしゃぎたくもなるだろう。
ある者は踊るようにイズミの周りを飛び跳ね、ある者は歌うように「ぷるぷる♪」と声を上げる。ある者は食事を振る舞うように木の実を運んで来て、ある者は変幻自在な体を上手に使い、汲んで来た水を飲ませようとしてくれた。
もてなしてくれようとする気持ちはありがたい。
ありがたい、が……体を凹ませてその窪みに溜めてきた水は、流石にどうやって飲んでいいのか分からない。遠慮すると少し(精神的に)凹まれたものの、スライムをコップ代わりに水を飲むのは何となくイヤだった。
スライムは食器ではない、愛でるものだ。
そのため、水分は持参したペットボトルの水を補給した。
そうして二、三時間ほど楽しく過ごし、スライム達の動きが鈍り始めた頃。
イズミは勧められるがまま、枯れ葉のベッドへ横になってみる。
が、疲労に反して中々睡魔が訪れない。
それも当然だろう。異世界に転移? してしまったことはもちろん、術技創造のスキルやスライム達との出会いによって、想像以上に興奮しているに違いないのだから。
もちろん、体調が良すぎることもその一因だろう。人生でこんなにも体調が良いのは、それこそフルダイブVRゲームの中で体の感覚をある程度遮断していた時だけ――つまり、現実ではあり得ないことだったのだから。
本当に、今日の出来事はどれもこれもイズミに都合が良すぎて現実味がない。明日目覚めることができたなら、やっぱり自室で起きるのではないだろうか。壮大な夢オチなのではないだろうか。
もしもそうなら、今寝てしまうのはもったいない。せっかく都合のいい夢を見ているのなら、もう少しだけ楽しんでおきたいと思う。
というかどうせ眠気もまだまだ来そうにないし、暇潰しにスキルを創造しようとイズミは起き上がる。
すると、隣でうとうとしていた透明なスライムがイズミに気づき、声をかけてきた。
不思議なもので、一度存在を認識すると視界から外れたあとも直ぐに見つけることができる。
『ん~……ニンゲンさん、ネないの?』
「あ、ごめん、起こしちゃったね。なんだかまだ眠くなくて」
『そっかぁ。ネむくないならおサンポでもする? アンナイするよ!』
「ありがとう。でも、他にちょっとやりたいことがあるから大丈夫。寝てていいよ」
『わかったぁ』
透明なスライムの頭を一撫でして、イズミは術技創造を始める。
固有スキル【術技創造】のレベルは現在2だ。
レベルが一つ上がったことで追加効果が現れたことを考えると、恐らく今後もレベルが上がるごとに追加効果があると思われる。レベル2で現れた追加効果は正直いまいちだったが、中には使えるものもあるだろう。
そう考えるとスキルレベル上げは最優先事項だ。
仮にここが現実だとしたら、イズミの武器はこれだけなのだから。
ステータス画面の下部に綴られた【術技創造】の文字の隣には、(5/15)と表示されている。これは十中八九、次レベル到達に必要なスキルの数だろう。ゲームでも大抵はレベルの横に必要な経験値が表記されているものだから。
つまり、あと十個も作れば再びレベルが上がるはず。
数の稼ぎやすい、バリエーションに富んだ攻撃魔術を作れば簡単にレベルを上げられるだろう。
レベル制限に引っかからない攻撃魔術をいくつか作り、ついでに今しがた思いついたスキルを作れるか試していく。と、既存であったりレベル制限によって想像通りのスキルは作れないが、妥協の末、【防汚】スキルを含む十個のスキルを創造することができた。
結果、術技創造のレベルも上がったようで、ステータスを見ればスキルレベルは3になっている。ドキドキしながら追加効果を確認すると、【創造したスキルを物に付与することができる】との説明が表示され、イズミは目を丸めた。




