8 自分にできること
「えっ!? 消えたって……それは、つまり……」
「攫われちまったのさ……。毎年祭りの時期はかなりの人が出入りするんだけどね、そこを狙って孤児狙いの犯罪者が紛れてやって来ることも多いんだ。もちろん、街でも警備を強化してたんだけど……」
「そんな……」
予想外の話にイズミは言葉を失った。
一人娘が消えたとなれば、サブマスターの憔悴ぶりにも納得がいく。見るからに広いこの都市では迷子を捜すだけでも苦労しそうなものなのに、攫われたとなれば捜索にかかる労力はその比ではないだろう。
人口の多さはもちろん、何より厄介なのは土地を惜しむように密集する建物の数々だ。人を探すには絶望的な環境といっても過言ではない。
そもそも既にこの街にはいない可能性すらあるだろう。
この世界の規模がどれほどのものかイズミはまだ知らないが、ひとたび都市を出れば追跡は困難を極めるはずだ。科学技術の発達した地球でさえそうなのだから、防犯カメラなどないこの世界では足取りなど追えるはずもない。
しかし、この世界にはスキルの力があるのだ。
摩訶不思議なスキルの力をもってすれば、案外簡単に見つけ出すことができるのではないだろうか。
「なにか……スキルの力で探し出したりできないんですか? 千里眼的なのとか」
「千里眼? そんなレアスキル、若いアンタがよく知ってるねえ。でもアレは持ってるヤツ自体滅多にいないし、建物の中までは見えなかったはずだからダメだね。運良く外にいてくれりゃあ見つけられるけど……」
女性の言葉にドキリとしたイズミは、突っ込まれる前に話を逸らす。
「そ、そうなんですね! 他になにか使えそうなスキルは……」
「鼻の利く従魔を持つ冒険者が協力してくれたんだけど、人の匂いや屋台の匂いで溢れてたもんで、全然ダメでねえ。それに、ここは冒険者の街だから戦闘系のスキルを持ってるヤツは山ほどいても、人探しに役立ちそうなスキル持ちなんていないのさ。ここじゃ役に立たないからねえ」
「そうなんですね……」
もっともな答えにイズミは言葉がみつからず、閉口した。
そうして、サブマスターの憔悴した姿を見てふと思う。
イズミの家族も今頃は必死に自分を探しているのだろうな、と。
当初は死んだものとばかり思っていたが、仮にこの現象が転移なり召喚であったなら、イズミは元の世界から忽然と姿を消したことになる。普通、人が姿を消したなら事件や事故に巻き込まれた可能性を考え、必死に手掛かりを探し求めるだろう。今のサブマスターのように。
しかし、どれだけ探そうともイズミが見つかることはない。
何せイズミが今いる場所は地球ですらない? のだから。
父はさて置き、兄弟の趣味はイズミと同じであるため、もちろんラノベ作品もそれなりに読み込んでいる。特に二番目の兄はときおり冗談で、異世界転生してえー! と零しているため、異世界転移や転生といった知識はあるが、まさか行方不明の妹が転移しているとは夢にも思うまい。
いや、現実逃避に考える可能性もなくはないが……。
戻る手段とまではいかずとも、せめて無事を知らせる方法があればと切に思う。
考え込んでしまったイズミを気落ちしたと見たのか、女性が切り替えるように明るい声で告げた。
「さて、この人に無理矢理にでも何か食べさせないとね! アンタも何か頼むかい?」
「あ、はい。それじゃあ……」
もう直ぐ昼時だし丁度いいかと、テーブルの端に置かれていたメニュー表を開く。
広い通りに面した大きな店だけあって品数は非常に豊富で、見たことのない料理名もあればなぜか日本食もあり、イズミは目を丸めた。
このあとアイテムを換金するにしても、どれほどの金額になるか分からない。当分は節制しようと一番安いメニューを頼むことにした。
「サンドイッチのセットをお願いします」
「はいよ! この人を見張りつつちょいと待ってておくれ」
厨房へ向かう女性の背を見送りながら考える。
ここまで話を聞いておいてサブマスターを見放すという選択肢はない。もとの生活で返せなかったぶん、この世界で恩を返していくと決めたのだ。今役に立たなければ、いつどこで役に立てるというのか。
それに、今のサブマスターの姿は自分の家族と重なる。
イズミの家族はみな逞しいのでサブマスターほど絶望感に苛まれているとは思わないが、イズミはこれでも家族で唯一の華だったのだ。父にも兄弟に可愛がられてきただけに、イズミが消えた今、家族みな相応に打ちひしがれているに違いない。
だからといって、イズミがここで何をしようとも家族の救いや罪滅ぼしにならないことは分かっている。
しかし、せめて似た境遇のサブマスターだけでも救ってあげたいと思うのは自然なことだろう。
であればイズミにできることはただ一つ、術技創造で子供を探し出す手段を造り出すことだ。
そうと決めれば、イズミはさっそくスキルを模索する。
昨日は自分にとって便利なスキルを優先して作ったため、人を探すといった他者に作用するようなスキルは特に考えなかった。女性によればその手のスキルは層が薄そうなので、想像力さえあれば何か作れるだろう。
捜索に使えそうなものは思いつくだけでも幾つかあるが、高性能なスキルは現時点では作れないため、そこがネックだ。千里眼は既存らしいし、匂いによる追跡もダメだったとのことなので新たに作っても無駄だろう。
次いで足跡は……と考えるが、これもまた難しい。この街の地面は綺麗に舗装されている。石畳では足跡などそう残らないだろうし、第一、奇跡的に残っていたとしても途中で担ぎ上げられるなりしたらそこで途絶えてしまう。
視覚、嗅覚がダメなら聴覚系のスキルか。
と模索するものの、考えてみればこれも現実的ではない。スキルを使用するイズミが子供の声を知らないのだから、聞き分けようがなかった。
となると、今作り得るスキルはごく限られる。
ときおりサブマスターの様子を窺いつつ、テーブルの下で密かに解説書を開きスキルを創造するための情報収集をしていると、目の前にドンっと皿が置かれてイズミは顔を上げた。
「サンドイッチのセット、お待ちどおさん!」
「! ありがとうござ……わっ、凄いボリューム!」
「あっはっは! ウチは商人や冒険者が主な客だからねえ、どうしたって量が増えちまうのさ!」
具材が多すぎてパンが薄っぺらく見えるサンドイッチが、皿の上へぎゅうぎゅうに盛られている。しかもセットであるためサラダとスープのオマケつきで、サラダもスープも器はどんぶりかな? と思うほどの大きさのものに、これまた並々と盛られていた。
どう見ても人並みの食であるイズミが、いや、普通の女性が一人で食べきれる量ではない。ワラビに手伝ってもらっても残すかもしれない量だ。体が資本の冒険者が相手にしたってサービス精神が旺盛すぎるだろう。これで黒字になるのかと他人事ながら心配になってしまった。
「そ、そうなんですね。あの……これは従魔にもあげていいですか?」
「ああ、もちろんだよ。アンタ一人じゃ絶対食べきれないもんねえ、あっはっは!」
分かっているなら一般人向けの量のメニューもください、とは言えない。当分金銭面に不安を抱えるイズミとしては、少なすぎるよりは多すぎる方が嬉しい。残したら持ち帰りができるかもしれないし。
一方、女性がサブマスターに持ってきたのはスープのようだった。見るからに憔悴したサブマスターには、そのくらいの食事が丁度よさそうだとイズミも思う。
サブマスターのことは一先ず女性に任せ、頂きますと手を合わせるとワラビと二人で食事を始める。サンドイッチの具は定番のたまごにハムとチーズ、それにツナマヨまであって、まるで日本にいるかのような気分だ。
味も日本のものと遜色なく、ワラビからも度々美味しい美味しいと念話が届き、ホッコリする。
メニューを見た時から思っていたが、どうやらこの店では日本食が普通に存在するらしい。この店だけなのか、それともこの街全体でそうなのか。仮に街自体に日本食が浸透しているのなら、定住候補としてはかなり魅力的だ。
そもそも、なぜ異世界に日本食が存在するのだろう。
理由はかなり気になるところだが、迂闊に尋ねて墓穴を掘るのは不味いと学習したばかりである。試しに解説書を開いてみても、答えは空白。まあ、あるなら理由は何でもいいかと一旦思考は放棄することにした。
それよりも今考えるべきはスキルだ。
術技創造に特別な行動は必要ないため、食事をしながら思いついたスキルを創造。あっという間にでき上がって、ステータス画面にてスキルの効果が期待通りであることを確認すると、密かにガッツポーズ。
さっそく効果を試したくなり自分の分の食事をかきこんで終わらせれば、さきほどから目をつけていたアイテムを借りるべく、髪を纏めていたゴムを密かにポケットへしまって苦戦する女性へ声をかけた。
「あの、すみません。そのシュシュ……髪留めを少しだけお借りできないでしょうか? 私の髪ゴムが切れてしまって」
「ん? ああ、いいよいいよ。アンタ髪が長いから結べないと邪魔だもんねえ」
「ありがとうございます。直ぐにお返ししますね」
女性はイヤな顔一つせず、手首にかけていたシュシュを貸してくれた。
シンプルな紺色のシュシュは少し色褪せており、愛用の品なのだと窺える。これならば見込み通りスキルを試せると、イズミはお手洗いへ行く振りをして席を立ち、少し離れた位置でこっそりとスキルを使用した。
「……魔力共鳴」
創造したスキル【魔力共鳴】は、特定の魔力を共鳴させ位置を割り出すスキルだ。
解説書いわく、この世界の住人はみな大なり小なり魔力を持っており、体内での生成に加え呼吸で魔力を吸収、排出しているらしい。人によって質も異なり、よく使用するものや身に着けているものには魔力が宿るらしく、一部界隈で呪術に使用されたりもするそうだ。
であれば、魔力の宿ったものさえあればそれを足がかりに本人の位置を特定できるのではないかとイズミは考えた。
結果、予想は的中していたらしい。
女性に借りたシュシュにスキルを使用したところ、第六感とでもいうのか――先ほどいた席の方向、数メートル先にシュシュに馴染んだ魔力と同じものがあると分かった。分かって、その不思議な感覚に背筋が少しぞわりとした。
まだゲーム感覚の抜けないイズミとしては、スキルは便利な力、程度の認識でしかなかったのだが、この世界における【スキル】の存在がどれだけ強力で絶対的なのか、見せつけられた気分だ。漠然と、スキル格差とかありそうだなぁと思う。
(でも、想像通りのスキルができた。これならサブマスターさんの娘さんも探せるかも!)
あとはサブマスターに協力を申し出るだけだ。
席へ戻るべくイズミは踵を返す。
(さっそくサブマスターさんに娘さんの私物を借りて探しに……っ、)
しかし、一抹の不安が頭をよぎって足を止めた。
ポッと出のイズミが聞いたこともないスキルを使って協力するなど、信じてもらえるかどうかも怪しいところだが、何より問題なのは本当に探し出せるのかという一点につきる。
もちろん、魔力共鳴には限界がある。
対象との距離が遠すぎれば反応はないし、方角という手がかりすら得られない。街の中なら場所を変えて何度か試せば全域をカバーできても、既に街を出ていたら完全にアウトなのだ。
現時点ではレベル制限により、魔力共鳴以上に優れたスキルは造れそうにない。
つまり、これで探し出せなければ無駄に期待させるだけで終わってしまうだろう。例え善意からの行動であったとしても、それはサブマスターやその家族を自らの手で再び地獄へと突き落とすことと同義だ。
そう考えると、途端に不安と恐怖で足が竦む。
失敗して恨まれたら、罵倒されたら、絶望させてしまったら――。
それに、捜索にスキルを使えばその存在を隠し通すことはできないだろう。
良くも悪くも身柄を拘束――なんてことになったら、一生籠の鳥、なんて事態もあり得る。理由はサッパリだが、せっかく持病が鳴りを潜めていて行動に制限がないのだ。サブマスターに手を貸すことは、思うがままに過ごせるチャンスをむざむざ捨てることと同義かもしれない。
(……それでも、)
今ここでイズミが退けば僅かな可能性も潰えてしまうだろう。
持病のせいで決して平穏ではなかったが、それでもイズミは家族と二十一年過ごすことができた。しかし、サブマスターの子供はたった六歳だという。家族との別れがくるにはあまりに早すぎる。
保身に走ってそんな幼い子を見捨てたら、イズミは毎晩後悔の念に苛まれることになるだろう。布団に包まって、なぜあのとき逃げてしまったのかと自分を責めるに違いない。
ただでさえ後悔の多い人生なのだ。
そんな情けない後悔は増やしたくなかった。
なればこそ、ここで立ち止まっている場合ではない。
イズミは大きな溜息を吐いてお腹の底に溜まったモヤモヤを吐き出すと、ずんずんと力強く歩き席へ戻る。女性の隣で立ち止まり、紺色のシュシュを差し出した。
「シュシュ、ありがとうございました!」
「ん? ああ、もういいのかい?」
「はい、大丈夫です。それよりも……サブマスターさんにお話しがあります」
先ほどから相変わらず反応のないサブマスターへ視線を向けそう告げると、女性はシュシュを腕に通しながら、なぜ? と言いたげに目を丸めた。
当然の反応だろう。赤の他人が一体何の用だというのか、逆の立場ならイズミでも同じ反応をするはずだ。
ゆえにその視線を甘んじて受けながら、イズミはサブマスターへ歩み寄ると腰を落として顔を覗き込み、言葉を選びながら話しかけた。




