30 続・真実
『とーうっ!』
「はんぎゃ!!? なっ、なんだ!? 何か顔にくっついて……!!?」
突如、ワラビにより視界を塞がれた子爵がジタバタするその隙に。
「【指切拳万】!」
イズミは子爵の小指に自分の小指を絡め、スキルを使用。
そうして「わらび!」と声を上げれば、子爵の顔を蹴飛ばし? ワラビがイズミの腕の中へ帰ってきて、二人は直ぐに子爵から距離を取った。子爵はといえば何が起きたか分からず、顔を擦りながら辺りを見まわしている。
「い、いったい何が……???」
「イズミ嬢、何をしたんだい?」
イズミの突飛な行動に流石のミカエル達も驚いたようで、しかし咎められることはなく単純に問われる。すると、クレインがイズミの代わりに口を開いた。
「イズミさんが嘘を見破るスキルを使用したいと言うので、私が許可しました」
「! 【心眼】をお持ちなのですか?」
「あ、いえ。違うスキルなのですが……似たような効果があります」
イズミがそう告げると、途端に子爵は激昂する。
顔のみならず広い額までも赤く染め、唾を飛ばしながら喚いた。
「私にスキルを使用しただと!? 平民如きが私に手を出すとは……捕らえるまでもない! この場で首を刎ねてやるッ!!」
「そんなことをさせると思いますか? 彼女は我々の大切な協力者だ。やましいところがないなら、これから彼女が行う質問に答えた方がよろしいかと」
「ぐっ……!」
ミカエル達が武器に手を添えながらそう告げると、子爵は途端に縮こまる。
次いでイズミを忌々しそうに睨んだが、残念ながら子爵に睨まれてもちっとも怖くない。寧ろ、ネロに睨まれた方がまだ怖かった。美形の睨みはなぜ怖いのか……子爵は今まさに美形達に睨まれてビクビクしている最中である。
そもそも、賢者はどの国でも国賓相当の扱いであって、身分は子爵と比べるべくもない。仮にこの場でイズミが正体を明かせば、問答無用でしょっ引かれるのは子爵の方である。そうして解決したところで根本的な解決にはならないため、言わないけれど。
頭を振って逸れかけた思考を戻すと、イズミはさっそく子爵に問いかけた。
「では、お尋ねいたします。高貴な百合の襲撃は貴方が指示をしましたか?」
「ふん!」
「子爵、お答えください」
「だから、してないと言って――ぅぐおッ!?」
素直に答えようとしない子爵にクレインが忠告をすると、子爵は不承不承答え――ようとして、突如腹を押さえてうずくまった。その反応に周囲が驚く中、イズミは一人「やっぱり……」と納得をする。
そんなイズミを振り返り、ラファエルが尋ねた。
「イズミ嬢、これは……?」
「私が今かけたスキルの効果です。【指切拳万】をかけられた人は、こちらの問いに対してウソを吐くと痛みに襲われます」
「ということは……」
「イズミ嬢の問いを否定しようとして痛みに襲われたのだから、噓を吐いた。つまり、子爵が指示をした……ということだね」
「そうなります」
イズミが新たに作った【指切拳万】は、読んで字のごとく嘘を吐いたら針千本――は問題なので、拳を食らったような痛みに襲われるスキルだ。
本当は小指を絡めるまでもなく、相手に軽く触れただけで使用できるスキルも作れた。が、特殊な行動もなく使用できれば、騎士や高貴な百合に警戒されてしまうかもしれない。
騎士はまだしも、依頼を通して仲良くなってきた高貴な百合の面々に警戒されるのは悲しい。そのため、あえて小指を絡めるという分かりやすい行動を取る必要があった。それさえ回避すれば大丈夫だと分かってもらえるような行動を。
そうでなくとも指切拳万は、拷問紛いの危険なスキルと受け取られかねない。危険視されて自由を奪われるのはご免であるため、睡眠時間を削って考慮した結果、このような形に落ち着いた。
本音を言えば、好きな人(まだ出来たことはない)とすら手を繋いだことのないイズミとしては、心身ともに残念なおじさんと小指を絡めたくなどなかったのだが……背に腹はかえられない。あとでちゃんと手を洗って消毒をすれば無問題。そう思うことにした。
ちなみに、イズミにはこのスキルを使用することへの躊躇いはない。
攻撃系のスキルが使用する側のモラル次第であるように、このスキルもまた、使用する側のモラル次第であるからだ。悪人以外にこのスキルを利用するつもりはないと決めているし、この手のスキルはワラビにも教えていないから。
「な、何をバカな!! そんな効果を持つスキルなど聞いたこともない! 何を根拠に私の言葉がウソだと!? 大体、今のはアレだ! ええと、その……さっき飲んだ牛乳がちょっとキただけだ!」
「都合の良い腹ですね」
「うるさい! 私の腹は繊細なのだ! 大体、こんな朝から押しかけてきおって!!」
子爵の苦しすぎる言い訳に、みなが呆れたような目を向ける。
しかし、そんなはずもなければ、これで終わりなはずもない。
「でしたら、続けて質問をしますのでお答えください」
「なっ!?」
「答えられませんか?」
「ふ、ふん! 良いだろう!」
「では……一昨日の晩、貴方は本当に伯爵領にいましたか?」
「だから! 友人に会いに伯爵領の街へ行っていたと――ぐべぼッ!!?」
ヨロヨロと立ち上がりかけていた子爵が、再び腹を押さえて床に膝を突いた。
指切拳万による痛みだが、質問の途中で気絶をされては困ると考えて、そこまで強烈な痛みにはしていない。
強いて言えばイズミがこれまでに感じた、頭をたたき割っていっそ楽になりたくなるような頭痛や、胃のねじ切れそうになる吐き気、眩暈に襲われて机に頭をぶつけた時の痛みなどを参考に作っただけである。
自分にも何とか耐えてこられた痛みの数々なのだから、自分の倍は生きている子爵ならその程度の痛みなど楽勝だろう――と、イズミは思っている。
これしきの痛み、剣で斬られ、槍で貫かれ、弓で射られ、槌で殴られ、魔術で焼かれた高貴な百合の面々が味わった苦痛とは比較にもならないのだから。
しかし、物理的な争いとは無縁の生活を送ってきたらしい子爵は、痛みにめっぽう弱いらしい。他人を平気で傷つけるくせに、自分はこの程度の痛みで膝を突くなんて……と、呆れるばかりである。
が、実際のところ、イズミの痛覚は持病によりかなり鍛えられている。
眩暈による物理的なケガはもちろん、頭痛や吐き気による内臓への負担はかなりのものだ。イズミはもはやそれを“普通”だと思ってしまっているが、ケガや病気と無縁であった子爵が膝を突くのも無理からぬことである。
数々のケガを経験しているであろう高ランク冒険者ともなれば、立っていられただろうが……。
再度膝を突いた子爵の様子に、高貴な百合や騎士から発せられる圧が強まってくる。
クレインの裏取りによって、イズミのスキルが有用であることは証明されている。となると、指切拳万が有効なスキルであることもまた必然だ。もはやこちら側の人間で子爵がシロだと思っている者は一人もいないだろう。
「はあ、はあ……っ。……な、何なのだ、これは!? こんなスキル、あるはずが……! ――ハッ、そうだ! 貴様、ウソを見破るなどど言って、私の答えに合わせて攻撃スキルを使用しているな!? そうに決まっている! この卑しい平民めが!!」
見破ったり! と言わんばかりのドヤ顔で子爵は告げる。
不可視の攻撃スキルがこの世に存在するのかどうかイズミにはわからないが、確かに、相手の言動に合わせて攻撃スキルを使用すれば似た状況を作り出すことは可能だろう。なるほど、そう言い逃れるか――と、イズミが考えていたところ。
「残念ながら、魔力の流れを視てもイズミ嬢がスキルを使用したのは先ほどの一度切りです。子爵の言動に合わせて攻撃魔術を使用している事実はありません。ですよね?」
「はい、自分の判断もラファエル氏と同様です」
ラファエルが騎士の一人にそう問い、長杖を装備した男性騎士は力強く首肯した。
魔力はスキルを使う度に消費される。
と同時に、微量が周囲に放出されるものらしい。
ギルマスいわく、高ランクの治癒士や魔術士は、魔力を視て、感じることに長けている。高貴な百合のサブリーダーを務めるラファエルはもちろん、長杖を装備する騎士も高ランク相当の実力があるのだろう。
上手く反論できる気がしなかったイズミは、二人の援護に感謝した。
「バカな! では、この女が使ったスキルが本当に真実を見抜くスキルだとでも!?」
「我々が知り得ないだけで、この世には幾つものレアスキルが存在します。他にスキルを使用した形跡もなく、かつスキル使用者が言う通りの効果が出ているのですから、そう判断するのが妥当では?」
「ぐっ、ぬぬ……!!」
「ああ、ちなみに。イズミ嬢以外の者がスキルを使用している、という事実もありませんので、あしからず」
他にスキルを使った形跡がないとなると、子爵の言い分は通らない。
言葉に詰まった子爵は再三に渡り、イズミを睨みつけてくる。が、ミカエルとラファエルが庇うように一歩ずつ進み出ると、蛇に睨まれたカエルのごとく、ダラダラと脂汗を流しながら目を逸らした。
私兵達はとうに諦めモードで、揃ってガックリと項垂れている。
だというのに、子爵から反省の色は窺えない。
寧ろ「違う、私じゃない。これは罠だ」などと呟きながら、ギョロギョロと忙しなく目玉を動かす様からは、どうやってこの場を切り抜けるかという思惑が透けて見えるようだ。
子爵の態度に我慢の限界を超えたイズミは、ワラビを頭に乗せてポンと両手を合わせると、満面の笑みを浮かべながら言い放った。
「ふふ、ご安心ください。ちゃあんと効果を信じてもらえるまで、何度でも質問をしますから!」
「え、」
「じゃあ、次の質問にいきますね! 貴方は――」
「ちょ、ちょっと待っ、」
問答無用。
こんなゲスに遠慮する必要はない。
――暫くお待ちください――
「し、子爵。申し訳ありませんが、騎士団支部までご同行願います……」
「はひ……、ひ、ひぃ……ッ。は……へぅ……」
十分後。
子爵はイズミのスキル【指切拳万】により、白目を剥き、滝のような汗と鼻水、よだれで顔をぐちゃぐちゃにして床へ転がっていた。きっちり着ていた真っ白なバスローブも乱れに乱れ、だらしのない肉体が覗いている。
おっさんの汗ばんだ素肌とか誰得だ、とばかりに、この場の全員が何となく子爵から視線を逸らしている。
寧ろ直視したらこちらにとっての罰ゲームでしかないので、それもやむなしだった。
途中、痛みに耐えかねた子爵は必死に逃げ道を模索したのだろう。
質問に答えなければいいのだ! と、目を瞑って耳を塞ぐという愚行に走ったが、イズミもそこは冷静に対処。ワラビに頼み、『答えない場合はコーテーととらえます、だってー!』と念話を送ってもらったところ、「ひぃっ!? そ、そんなっ!?」と恐慌状態に陥った。
まさか念話スキルまで持っているとは思わなかったらしい。
――そう。イズミにワラビという最強の相棒がいる限り、例え目を瞑ろうが耳を塞ごうが無駄なのだ。なんせ、念話は直接頭の中へ届く。沈黙は肯定なりと脅せば子爵は答えないわけにもいかず、結局、答えるしかない子爵はどんどんと墓穴を掘っていった。
その結果、質問の最中に数度、子爵は気絶をしてしまった。
しかし、その都度ミカエルが蹴飛ばし、ラファエルが水魔術を顔へぶっかけ、魔術士らしい騎士が雷魔術を流して起こすという見事な連携プレーにより、子爵が質問責めから解放されることはなかった。
素直に答えていれば痛い思いをすることもなかったのに、本当に愚かとしか言いようがない。
文字通り“拳万”を食らったかのような痛みを味わえたことだろう。
聞きたいことを全て聞き終えたこともあり、床に転がったままピクピクと痙攣する子爵は、ちょっと引き気味な騎士達の手によって私兵共々コペールの騎士団支部へと連行されていった。




