29 真実
以前、報酬としてもらった資料の中にもその名はあった。
イズミが滞在するダンジョン都市を含む一帯、アストレア王国の中でも有数の領土を治める人物、それが王弟である【ラインフェルト公爵】だった。
ダンジョン都市が公爵領内の街ということもあって、ギルドからもらった資料には公爵について多少の記述はあったものの、現時点でのイズミには優先順位が低いからか、貴族に関して多くは書かれていなかった。
しかし、王弟で公爵となれば国のトップである。
貴族としては下位である子爵が、その名を聞いて青褪めるのも無理はなかった。
領主である公爵といつの間に連絡を取っていたのかとイズミは内心驚いたが、通信の魔道具があることを考えれば、領主直通の魔道具があっても何ら不思議ではない。公爵の言葉は事実なのだろう。
「そこでご提案なのですが、ご友人へのご配慮から行き先を黙秘するということであれば、彼らに一つ、簡単な検査を行わせていただけないでしょうか?」
「……検査だと?」
子爵が訝し気に眉根を寄せる。
と同時に、イズミも首を傾げた。
襲撃犯に関する手がかりを見つけることが仕事であったイズミは、捜査に関して一から十まで知らされているわけではない。一般人であるイズミには教えられないこともあるだろうし、イズミ一人に過度な負担を強いらないための配慮でもあるのだろう。
当然、検査とやらについても初耳だった。
一体何をするのだろうと、ワラビを抱く手に汗を握る。
「ええ、極々簡単な検査です。それで護衛の無実が証明されれば、我々としても無用な捜査をせずに済みます」
「…………、」
「いかがなさいますか」
「分かった。その検査とやらを許可しよう」
「ゴベール様!?」
「うるさい! さっさとその検査とやらを受けて無実を証明しろ!」
「ご協力感謝します」
「チッ……、さっさとしろ!」
行ってもいない行き先を探られる方が面倒だったのだろう。子爵は僅かに逡巡するもアッサリと許可を出し、逆に私兵達は慌て始める。内容も聞かずに検査に同意するなど、実行犯である私兵達からすれば恐怖でしかないだろうに。
やはり、早朝に訪問したことが地味に効いているのかもしれなかった。
いや、単純にクレインやミカエルの圧に耐えられないだけかもしれないが……。
この世界に来てイズミは知ったのだ。美形は怖い、と。
それはさて置き、上手くいけばこのまま逮捕できるかもしれない。
イズミが内心ハラハラしながら見守っていると、騎士達が麻袋タイプのマジックバッグから森で見つけた装備品をいくつか取り出す。そしてそれを高貴な百合の面々へと渡した。
「そ、その装備は……?」
「ああ、これも目撃者が遺棄現場を証言してくれてね」
「!?」
あんなに広い森の中から、まさか見つけられるとは思ってもみなかったのだろう。当日、自分達が着ていた装備の数々を見て、私兵の男達は青褪めている。
私兵達の足跡はもちろん、装備の遺棄場所も地魔術でごく自然に整えられていた。イズミのスキルがなければ確かに見つけ出せなかっただろう。
「そ、それで、何を……」
「ふふ。まあ、見ていてください。……アナエル、お願いします」
ラファエルに促され、高貴な百合のメンバーが進み出る。
茶色の長髪を高い位置で結い上げたその人が、
「はい! ――召喚、イエローベア!」
スキルを使用した、その瞬間。
眩い光を放ち、床に魔法陣のような複雑な模様が浮かび上がる。
そこから飛び出るように現れたのは、人の二倍の背丈はあろうかという熊型の魔物だった。
高貴な百合の魔物使いが召喚した従魔のようで、オレンジに近い黄色の毛に覆われた熊は、首に従魔を示すオシャレな赤いリボンを着けていた。色味は完全に、夢の国に生息するあの熊だ……とか思っていない。断じて。
「なっ、なななな、なにを!? 私の屋敷に魔物を召喚するとは不届きな! そんなものは今すぐ殺せ!!」
「ご安心ください。きちんと契約を交わした従魔ですので、指示もなく暴れたりしません」
魔物使いらしいアナエルはそう言って、大人しく座ったイエローベアの頭を撫でた。
衆目が一人と一匹に集まっているのを良いことに、イズミはこっそりと【解説書】を使い、調べてみる。
従魔に関してだ。
魔物使いはスキルレベルによって従える魔物の数が増え、従魔が多ければ多いほど魔物使いとしての格は高いらしい。が、当然、その全てを側に置くことはできない。そのため、既存の【従魔契約】スキルには従魔の召喚、送還機能が備わっているのだそう。
イエローベアは二メートル越えの魔物だ。
街中で連れ歩くのは大変だし、何より怖がられてしまうことも多いだろう。ゆえに召喚、送還を利用して必要な時や世話の時だけ呼んでいるのだと思われる。
ちなみに、イズミが創造したスキル【雇用契約】に召喚、送還機能はついていないため、遠く離れたところにいるワラビを召喚したりはできない。ずっと一緒にいる予定だし、従魔を増やす予定もないため問題はないが。
そんなスキルによって召喚されたイエローベアは、おっさん座りであまり威厳を感じられないものの、撫でられて嬉しそうに目を細めている。普通に可愛いじゃないかと、イズミは思う。
そんな一人と一匹を横目に、ラファエル達が続ける。
「子爵もご存じかと思いますが、事件の捜査には魔物の中でも契約が易く、鼻の利くフォレストウルフが投入されることがあります。ですが、このイエローベアはフォレストウルフよりも嗅覚が鋭く、遺留品に残る僅かな匂いも識別するのです」
「うちには熊系の魔物と相性の良い魔物使いがいてね。イエローベアはその強さ故にベア系の魔物の中でも契約が難しい方なのだが、この通り見事に従えているのさ」
ラファエルとミカエルが自慢気に語る。
二人に認められていることが嬉しいのか、アナエルも胸を張って誇らしげだ。
なんでも、蜜が主食らしいイエローベアは、とても嗅覚が良いことで知られているらしい。地球でも実は犬より熊の方が嗅覚は良かったので、この世界でもそれは同じなのだろう。
さらに言えば、ゾウの方がより優れた嗅覚を持つらしいが……ゾウ型の魔物がこの世界にいるのか、そして契約できるものなのかは謎である。
そんな嗅覚を持つイエローベアでも、遺留品なしに襲撃現場から犯人の匂いを辿ることはできなかったのだが、遺留品があり、かつ目の前に容疑者がいるとなれば嗅ぎ分けることなど造作もないはずだ。
しかもこれは、実績のないイズミのスキルと違って、この世界できちんと確立された捜査手法である。そんなスキルは~……と、言い逃れることはできない。
イヤでもこの先の展開が読めたのか、私兵達は青褪めてジリジリと後ずさる。
しかし、完全に包囲されたこの場から逃げられるはずもなかった。
「さあ、この装備の持ち主を探しなさい!」
アナエルがイエローベアに遺留品の匂いを嗅がせる。
と、艶やかで大きな鼻がヒクヒクと動き、ちょっと可愛い。
しかし、それもほんの数秒のこと。次いで辺りの匂いを嗅いだイエローベアが私兵達の方を向くと徐に歩き出し、一番手前にいたリーダー格らしき男の前で立ち止まる。そうして二本足で立ち上がって男を見下ろすと、酸素を目一杯吸い込んで、
「ガアアアアアアアッ!!」
と咆えた。瞬間、
「ひっ、ひいいぃぃぃ!! ち、違うちがうちがうっ! 俺じゃないぃぃっ!!」
私兵のリーダー格らしき男は屈強な体躯で、イズミから見ても護衛としてそれなりの風格がある。が、イエローベアの強さはかなりのもののようで、屈強な男もまるで子供のようにその場から逃げ出し、壁際で縮こまってガタガタと震え出した。
その残念すぎるギャップに、イズミは呆れたような視線を向ける。
あんな残虐なことを平気でしておきながら、いざ自分が狩られる側になったら小心者に早変わりだ。悪人なら悪人らしく、最後まで虚勢くらい張り通してみろと思わずにはいられない。まあ、所詮この程度の人間だからこそ、子爵の護衛などやっているのだろうが……。
一方、イエローベアは未だに男へ向かって「ガウガウ!」と咆えている。何て言ってるんだろう……? とイズミが零すと、『わたくしがこのキョリでマチガえるはずないでしょう! って言ってるよー!』とワラビが答えた。
流石、気品溢れる高貴な百合の従魔だけあって、一人称は“わたくし”なんだ……というか、やっぱり女子なんだ……と思ったイズミだった。
「イエローベアがこの距離で嗅ぎ間違えることなどありません。ですが、そうですね……違うと言うなら他の遺留品も確認してみることにしましょう」
「「「え、」」」
リーダー格の検査? を終えたことで油断していたのか、他の男達が魔物使いの言葉に目を丸める。しかし、私兵達が止める間もなくアナエルは次の匂いを嗅がせており、
「さあ、こちらの遺留品の持ち主はここにいますか? 探しなさい!」
「フンフン、……フン」
「ちょっ、まっ、」
「グルラアアアアァ!!」
「「「ひいいいいいぃッ!!」」」
イエローベアは私兵の一人へ歩み寄ると、再び咆哮した。
牙をむき出しにして咆えるイエローベアの迫力はやはり相当で、私兵達はたまらずといった様子で子爵へと駆け寄る。そうして子爵を盾にするよう囲むと、床へ跪きその足に縋りついた。
「お、お助けくださいゴベールさまッ!!」
「なっ……!? ええい、この恩知らず共が!! 私を巻き込むな!」
しかし、そんな私兵達を子爵はアッサリと見限った。
その反応を見越していたらしいクレインが、厳しい面持ちで子爵に問う。
「子爵はこの件に関わっていないと?」
「当たり前だ! 冒険者に手を出して何の得がある!?」
「得はない。……が、恨みはあったはず。そうでしょう?」
忌々しそうに私兵の一人を足蹴にした子爵に、ミカエルはそう言って不敵に笑った。
「! そ、そんなものはない! なぜ私がお前……君達に恨みを持つ必要があるのだ!」
「一年半ほど前、我々はこのコペール近隣で奴隷の違法取引現場に遭遇し、対応に当たりました。お忘れではないですよね」
「あ、ああ! そう言えばそんなこともあったな! だ、だが見当違いだ。あの時も言ったが私は取引相手ではない! 違法取引の情報を得て兵らと共に急遽現場へ駆けつけただけだ! 君達には感謝こそすれ、恨むなどあり得ん!!」
「そうでしょうか。私兵達に聞けば分かることですよ?」
「私は断じて関わっていない! 仮にそんなウソをつく者がいたら、私をハメようとしているのだ! そんなことをすればタダでは済まんぞ!!」
「!」
子爵が睨みつけると、男達は一様に目を逸らした。
今の発言はあからさまな口封じである。
私怨で有名クランに手を出すくらいだ。子爵なら、騎士の圧力に負けて証言をした者には人を雇って口封じなり平気でするだろう。それが分かっているからこそ、私兵達も口を噤むしかないのだ。
今まで子爵に苦言を呈するでもなく、その権力を笠に着て散々好き勝手してきたのだ。その矛先が自分達に向けられたことは自業自得でしかなかった。
「大体、その装備がこいつらの物だとしても、いつ埋めた物かなど分からんだろう!」
「では、いつ、どのような理由で埋めたものだと?」
「私が知るか! こいつらに聞け!」
「えっ!? えーと、それは……昔、ダンジョン都市で……レベリングをしていた頃に、着ていたもので……」
「何故あのようなところに遺棄を?」
「え? それは……要らなくなったから……」
「武器や防具はどれだけボロボロになっていたとしても、店で買い取ってもらえるだろう? 再利用できる素材もあるし、若手職人の練習用にもなるのだから。換金せずに捨てた理由は?」
「か、換金が、面倒だったから……」
「あんな初期装備を利用していた当時は、懐に余裕などなかったはずです。面倒だからという理由で金目の物を捨てるには無理があると思いますが?」
「っ……か、金には困ってなかったんだ!」
「金に困っていなかったのならなおのこと、あんな初期装備ではなくもっと良い物を購入していたと思いますが。何故、わざわざ一番ランクの低い装備を購入したのです?」
「そ、それは……っ」
ミカエルとラファエルに理詰めで追及され、私兵達は言葉に詰まる。
まだまだ指摘しようと思えばできるだろうが、これ以上は無駄と判断したのか。ミカエルはやはり演技がかった所作を交えて嘆息をもらすと、真実を明かした。
「というか、実は既に、あの装備はつい最近君達がこの街で購入した物だということは分かっているんだけどね」
「「「なっ!?」」」
「何を驚くことがあるのでしょう? あんなに大量の装備を購入しておいてバレないとでも思ったのですか? せめて他の街で購入するなり、数度に分けて購入するなり、人を雇うなりすれば良かったものを……」
「冒険者を甘く見過ぎじゃないかな? この程度の調査依頼、冒険者にかかればあっという間だよ」
仮に防具を森へ遺棄せず、持ち帰ってから処分をしていれば、こうも容易く追いつめられることはなかっただろう。といっても、襲撃の証拠を持ち帰るのは危険が伴うし、森では火を使って処分することができなかったため埋めざるを得なかったのだろうが、その判断が仇となった。
しかも、クレインの指示で国内全てのギルドへ出された調査依頼によって、防具の購入元を既に特定されていたのだから逃げ道など最初からなかった。それも結局、地元で購入していのだからお粗末極まりない。
今のやり取りは弁論でも何でもない。嘘に嘘を重ね、ただただ心証を悪くしただけである。
要はまんまとハメられたのだ。
「そ、そんな……」
「くそっ……!」
しかし、それは私兵に限ったこと。
子爵が関与したことを示す物証は何もないため、私兵達が口を閉ざせば子爵に言い逃れされてしまう可能性が高い。
であれば本人の口から証言させるまでだと、イズミは作っておいたスキルを使うことにした。
といっても、無許可でお偉いさん方の会話に割り入るほどイズミの度胸は大きくない。ワラビにクレインへ念話で話を通してしてもらうと、子爵の方を向いていたクレインが肩越しに振り返って小さく頷いた。
OKらしい。
善は急げと、イズミはミカエル達に向かって喚いている子爵へコッソリ近づき、ワラビに指示を出して――
申し訳ありません。次は28日(木)に投稿します。




