31 慰安会
その後、対応に追われる騎士団と高貴な百合の邪魔にならないよう、イズミとワラビは宿で大人しく待機することに。久し振りにやることもなく、ベッドでゴロゴロしながら今後について考える。
今回の件で改めて感じたことだが、やはりスキルの信用性は重要だ。そんなスキルは聞いたことがない、見たことがないと言われてしまうと、今のイズミには相手を納得させるだけの権力も信用もない。
今は望むと望まざると、実績をコツコツと積み上げているところだが、いざという時に自分やワラビ――ひいてはこの世界でゆっくりと増えつつある大切な人達を守るためにも、イズミのスキルが有用なのだと認めてもらわなけば。
高貴な百合がとつぜん悲劇に見舞われたように、この世界ではいつ何時何が起こるのか分からないのだから、常に万全の体制を整えておく必要がある。
そのためにも、また、術技書で商売をするためにも、ダンジョン都市へ戻ったら一刻も早く身近な権力者――ギルマスに相談するべきだろう。権力者のお墨付きをもらえれば、今回のようにそんなスキルは〜…と言い逃れされることもなくなるのだから。
もちろん、あれこれ考えるまでもなく、ハッキリと賢者だと言ってしまえば諸々の問題は解決するのだが、いかんせん周囲の反応が怖い。
レベリングによって二人ともかなり強くなったとは言え、やはり人に狙われるのは怖いし面倒だ。自分達が敵わないほど強い刺客が送られてくることはもちろんとして、魔物との戦闘ですら躊躇うイズミにとって人との戦闘など論外である。
それにワラビはイズミを守ると意気込んでいるが、イズミとしては極力ワラビに危険な真似をさせたくなかった。
寧ろ問題は、術技書を販売できるのか、だ。
一応術技書で商売をするつもりでレベリングを行なっていたが、術技書の販売など世界の常識がひっくり返るに等しい所業だ。もしかしなくても禁止されるかもしれない。
まあ、その場合は付与でどうにか稼ぐつもりだが……。
術技書で新たなスキルを次々と販売すれば、イズミのスキルも聞いたことがないからと簡単に否定されなることも減るだろうと踏んでいるため、スキルの信用性を高めるためにも術技書の販売がまかり通ればいいなと思っている。
正直、交渉――もとい相談がどう転がるかは分からない。
しかし、新たなスキルの習得はこの世界の人々にとっても魅力的なはずだ。自分達が更に成長できる機会なのだから。もちろん、新たなスキルが広まることへの弊害もあるだろうが……そこはよくよく考えるしかない。
イズミはワラビと共にゴロゴロしながらも、みなが働く中一人寝ないよう、今後について考え続けた。
◆
その夜。
半日以上に渡った仕事がひと段落したこともあり、騎士と高貴な百合を含めたイズミ一行は小さな飲食店を貸し切って慰安会を行っていた。
今回の襲撃により亡くなった高貴な百合のメンバー達への献杯から始まったささやかな食事会は、終始和やかな空気で進む。
騎士も高貴な百合も、事件がこうもアッサリ解決するとは思っていなかった――寧ろ長期戦を覚悟していたようで、日中の激務から解放された反動もあり、みな何処か夢心地で酒を酌み交わしていた。
中でも功労者であるイズミへの賞賛は大きく、入れ替わり立ち替わり人がやってきては讃辞と感謝を述べていく。
現在二十一歳のイズミも、酒を片手に応える。
亡くなったメンバーに限らず、高貴な百合の面々は冒険者の例に漏れず酒好きがほとんどだそう。そのため、普段は飲まないイズミも手向けになればとチビチビ飲んでいるのだ。日本ではもちろん、こちらの法的にも問題はないから。
といっても、エールやワインといった酒の旨さはまだまだ分からないため、果実酒だが。
「イズミ嬢、飲んでいるかな?」
挨拶もようやく一周したかというところで、ミカエルが再びイズミの元へやって来た。手にはワインらしき酒の入ったグラスを掲げているものの、しかし先程から量はあまり減っていないように見える。
「はい。強くない……と思うので、少しだけ頂いてます」
「そうか」
そう零してグラスに口を付けたミカエルの表情は、とても穏やかだった。一昨日の晩から険しい表情ばかり見ていたため、ようやくミカエルも気を休めることが出来たのかなと、イズミは少し嬉しくなる。
「私も交ぜていただいて宜しいでしょうか?」
「あ、クレインさん。どうぞ」
二人で料理を摘みながらチビチビと酒を飲んでいると、こちらもまた挨拶回りから解放されたらしいクレインがやって来て、輪に加わった。
やはり酒は進んでいないのか、手にしたグラスのエールらしき酒はあまり減っていない。が、ここに来て落ち着けたのか、クレインはエールで喉を潤してから話し始めた。
「イズミさん、この度は本当にありがとうございました。貴女の力がなければこんなにも早く――いや、そもそも解決することも困難だったでしょう」
「ああ、そうだね。あの惨状から手掛かりを掴むことはほぼ不可能だった。情けない話だが、イズミ嬢の力がなければ捜査は行き詰まっていたはずだ」
「いえ、そんな。たまたま私が都合の良いスキルを持っていたに過ぎませんから。救護でお役に立てなかった分、こちらでお役に立てて良かったです」
そう言ってイズミが微笑むと、ミカエルがフッ、と苦笑いを零した。
「全く、イズミ嬢は謙虚だな。冒険者なら天下を取ったとばかりに騒ぎ立て、自分を売り込むところなのに」
「はは、そうですね。カムイ出身の方は揃って謙虚な方が多い。個人的にはとても好感が持てますが」
クレインの言葉に、イズミは一瞬目を丸めた。
カムイ出身と知っているということは、クレインもラウラの件の調書を読んでいたのだろうが、特別疑っている様子はないのでホッとする。どうやら他にもカムイ出身の知り合いがいるような口振りだが、ダンジョン都市にでもいるのだろうか。
だとしたら、会ってみたいような、いやでも怖いような。
「お、クレインもイズミ嬢に目を付けてしまったかな?」
「それはそれは。あんな勇ましい姿を見せられて、気にするなという方が無理な話だと思いますよ?」
「ハハ、それもそうだね! 天使の如き微笑みを浮かべながら子爵を追い詰めていく様は、我々を哀れんだ女神が遣いを寄越してくれたのかと思ったほどだよ!」
「あ、あれは……! あまりに腹立たしかったので……!」
二人が言っているのは、今日既に何度も話題に上がっている、イズミが指切拳万を使用して子爵への尋問――もとい、質問をした時のことだ。
指切拳万が嘘を吐くと痛みに襲われるスキルだと説明したにも関わらず、子爵は結局、イズミの質問に最後の最後まで嘘を吐き続けた。
お陰で何度も痛みに襲われた子爵は、拷問もかくやというほどの有り様――あられもない姿を晒してしまい、流石の騎士や高貴な百合ですらちょっと引いていた。
いや、イズミが悪いわけではないはずだ。
子爵がさっさと正直に話していれば痛い思いをせずに済んでいたし、あんな醜態を晒すこともなく、かつイズミが皆にちょっぴり引かれることもなかったのだから。
そう、全ては子爵が悪いのだ。
最後まで嘘を吐き続けた根性だけは賞賛に値するが。
しかしそのせいか、イズミの容赦ない姿勢が一部の騎士と高貴な百合のメンバーに刺さったらしく、先ほどの挨拶回りで向けられた視線は、畏敬七割に謎の熱量三割という具合だった。
中には隠すつもりもないのか、ハアハア言っている者すらいたが……さっさと同僚に回収されていったので、実害は被っていない。この世界に来て初めて、ハッキリと身の危険を感じた瞬間だった。
しかし、良かった点もある。
子爵への容赦のない尋問により私兵達は恐れ慄いたようで、騎士団での尋問は稀に見る円滑さだったという。頼むからあの女にだけは(尋問を)やらせないでくれ! と、泣いて懇願されたらしい。
そんな拷問のプロみたいに恐れられても……と、解せないイズミである。
素直に答えれば痛い思いはしないのに。
ちなみに、イズミを呼ばせまいと必死な私兵達が色々と語ってくれたお陰で、子爵や私兵達の余罪がゴロゴロと発覚。そのため半日以上もかかってしまった――とのことだった。
「フフ。まあ、何はともあれ実行犯、黒幕共に鉄槌を下せたんだ、これで亡きメンバー達も浮かばれるよ」
「ミカエルさん……」
穏やかな、それでいて哀愁の滲むミカエルの笑みに、イズミの胸は軋む。
ミカエルやラファエルと亡くなったメンバー達の間にどれだけの絆があったのか、イズミは知らない。
ただ、クランメンバーとは家族と同義だと思う。
戦場では背中を預け、寝食を共にし、日々の出来事を共有する。そんな存在を家族と言わずして何と呼ぶのか。家族を家族たらしめるものは、決して血の繋がりだけではないと、この世界に来てからは特に強くそう思う。
もちろん、冒険者であるからには依頼中の死も覚悟の上だっただろう。だとしてもやっぱり、家族を失って悲しくないはずはないのだ。
だというのに、最後まで感情を抑え対応しきったミカエル達は、本当に凄い。イズミだったら感情のままに大暴れしていたことだろう。
何なら、こんなヤツは自分の手で――とすら考えたかもしれない。
そもそも、わざわざ高価な奴隷を引っ張り出してまで高貴な百合を襲撃したのは、やはり一年半前にあった奴隷の違法取引、その相手が子爵であったかららしい。
とっくに金も払い、待ちに待った愛玩用の奴隷達を購入直前で奪われたことに腹を立てた子爵は、虎視眈々と復讐の機会を狙っていたという。
今回襲撃に利用された奴隷達は、その事件後にコツコツと購入してきた違法奴隷達らしい。子爵が散々楽しんだ後で私兵達へおさがりとして下賜され、そこでも用済みになったことで最後は高貴な百合への意趣返しとして利用したのだと、騎士団にて子爵は語ったのだそう。
高貴な百合なら奴隷に手出しできないと分かっていたから、と。
あまりのゲスっぷりに、イズミはやはりあの場で鉄槌を下しておくべきだったのでは? と悶えたほどだ。
が、理性を総動員してグッと堪えた。
というのも、王国で禁止されている奴隷――それも違法奴隷の所有と、王弟である公爵の覚えも目出度い高貴な百合、そして一般人への襲撃だ。貴族と言えど身に余る罪であり、犯罪奴隷堕ちは免れない。
しかも、刑は確実にもっとも重い鉱山送りとなる。
法により奴隷の人権もきちんと保障されている王国では、鉱山送りになっても手厚い支援によって簡単には死ねないらしい。酒も女も娯楽もない、日本の刑務所が天国に思えるような過酷な環境で、何年、何十年と人々のために身を粉にして働くことになるのだ。
そう考えると多少は溜飲も下がって、何とか顛末を聞くことができた。
「ふふ、そんな表情をしないでください、イズミ嬢」
「! ラファエルさん」
複雑な胸の内が顔に出ていたのだろう。
ミカエルと同じく、ワインらしき酒の注がれたグラスを手にラファエルもやって来て、イズミの周りにはついに騎士と高貴な百合それぞれのトップが集まった。
必然、衆目が集まって、目立つことに不慣れなイズミは何だか居た堪れない気持ちになる。
こんな時に心の拠り所である部下は、テーブルに居座り料理にがっついているものだから、イズミは救いを求めて一人であわあわしてしまう。
そんなイズミの心の内を知ってか知らずか、ラファエルと顔を見合わせたミカエルが、不意に掲げた指をパチンと鳴らした。
すると、高貴な百合の面々が瞬時にミカエルの元へ集い、一糸乱れぬ動きでその場へ片膝を突く。それはまるで、主人への忠誠を誓う騎士のごとき振る舞いだった。
そんな彼女達の視線が集う先は――イズミだ。
「えっ!?」
突如、十名近くの面々に跪かれたイズミは訳がわからず固まる。
何事かと呆けていると、先頭で跪いたミカエルが顔を上げて口を開いた。
「イズミ・サイガミ嬢。此度の協力、心より感謝申し上げる。我ら高貴な百合は、決してこの恩を忘れない。貴女のためならば、例え火竜が火の粉を振り撒く灼熱の火山へでも、水竜が大渦を起こす凍てつく海底へでも駆け付ける事を此処に誓おう」
「!? み、みなさん! 頭を上げて、」
イズミは慌てて先頭のミカエルを立たせようと手を伸ばす。
しかし、イズミの肩をポンと優しく叩いたクレインが、首を緩く左右に振って止めた。
「イズミさん」
「! クレインさん……」
優しく見つめる青の瞳に、イズミは僅かに落ち着きを取り戻す。
と同時に、クレインの言いたいことが理解できて、イズミは迷った。
術技創造により大した苦もなく事を成したイズミには過剰なほどの謝意だが、一方でミカエル達の気持ちもまた分かる。
ただ、これまでは何をするにも世話になる側でしかなかったイズミは、感謝されることに慣れていないのだ。こうして仰々しく頭を下げられる(どころか跪かれているが)と、どうしても焦ってしまう。
自分はそんな大した人間ではないのに、と。
しかし、相手の気持ちを無碍にすることもまた、本望ではない。自分でも面倒な性格だなと内心苦笑しつつ、イズミを優しく見守るクレインに微笑みかけると、しっかりとミカエル達に向き合った。
「ありがとうございます、みなさん。それじゃあ……もしもの時は、よろしくお願いしますね」
「フフ。ああ、任せてくれ」
「その“もしも”がないよう、我々も益々励まなければなりませんね。そうそう、増設予定だった新チームは街の治安維持に回しましょうか? ミカエル」
「お、それはいいね!」
「あ〜……高貴な百合にそこまでされると、いよいよ我々騎士の立つ瀬がないので、どうかお手柔らかに」
クレインが苦笑いを零しながら告げた途端、成り行きを見守っていた騎士達からドッと笑いが起きて、みなつられて笑ってしまった。
◆
翌朝。
いまだに心の片隅に残る暗い気持ちを吹き飛ばすような、晴れ晴れとした青空の下。ダンジョン都市へ戻るため、一行は宿を出立した。
入る時こそ検問でのやり取りが必要だったが、帰りはクレイン達第七支団が一緒であるため検査も不用だ。コペールの騎士達とギルドの面々に見送られながら徒歩で門を潜ると、少し歩いたところで馬へ乗るために立ち止まった。
サブマスに頼まれたこともあり、今日も今日とてイズミの隣りにはミカエルがいてくれる。そのため帰りも乗せてくれるのだろうと、ミカエルとその愛馬らしい白馬へ歩み寄ったイズミはしかし、彼女の意外な反応に目を瞬かせた。
「済まない、イズミ嬢……」
「え、どうしたんですか? ミカエルさん」
いつになく――それこそ、襲撃直後の晩に見た時よりも深い絶望を湛えた表情で、ミカエルが呟く。その尋常ではない様子にイズミの不安は一瞬にして膨れ上がったが、
「私が不甲斐ないばかりに、君のエスコート権を……奪われてしまったんだ……」
「???」
いや、エスコート権とは?
と、サッパリ訳が分からず首を傾げていたところ、後ろからポンと優しく肩を叩かれた。何の気なしに振り返れば、そこには王子様もかくやという爽やかな笑みを浮かべたクレインが白馬を引き連れ立っており、イズミは再三目を瞬かせる。
「クレインさん、どうしました? 何か問題でもありましたか?」
「いえ、何も問題はありませんよ。ただ、昨晩ミカエルと交渉をしまして、帰りにイズミさんと相乗りする権利を譲って頂いたんです」
「あ、そうだったんです――ん?」
サラリと告げられた言葉に、イズミの頭の中は真っ白になった。
AINORI? アイノリ? 相乗り?
意味は重々分かっているはずなのに、脳が理解を拒む。
「くっ、済まない、イズミ嬢……! 私があそこでダイヤの4を引けていたら……!」
「え、いや、あの、」
いや、「くっ、」じゃないですから。
そもそもなに遊んでるんですか。
イズミは内心突っ込んだ。
つまるところ、昨晩一足先に寝たイズミは知らぬ間にカードゲームの景品にされていて、その結果、勝者であるクレインと帰路を辿らねばならないらしい。当然帰りの移動手段も馬なので、相乗りとなる。
相乗りとなると密着せざるを得ないわけで、同性であるものの見た目は完全なイケメンであるミカエルとですら緊張したのに、二十一年間まともに触れたこともない異性との相乗りなど、イズミに死ねと言っているに等しい。
子爵さながらの焦りっぷりで回避策を模索していたイズミはしかし、
『こっちのお馬さんに乗るのー? よろしくね!』
「!?」
頭上にいたワラビがクレインの馬へぴょんと飛び乗って、言葉を失った。
拒否権とか選択権はないらしい。
というか、身内から裏切り者が出た。許すまじ。
どことなく嬉しそうで、楽しそうな笑みを浮かべながら手を差し出すクレインに抗う術を、長年引きこもっていたイズミが持ち合わせているはずもなかった。
「というわけで、帰りは私がエスコートさせていただきますね。さあ、お手をどうぞ?」
「あ、はい……」
道中の記憶は全くない。
気付いたらサブマスの家のリビングで、何だか生暖かい目を向けるアリア達に介抱されていたイズミだった。
これにて二章は完結です。
ちょうどストックも切れたので、三章からは一章ごとに書き終えてから投稿したいと思います。(文量的には結構書いたはずなのに、いまだ二章な謎。)暫しお時間をいただきますが、ブックマークはそのままにしていていただけますと幸いです…!
また、気分転換に短編も投稿できたらなと思っておりますので、よろしければそちらも覗いていただけますと泣いて喜びます。(予定は未定。)
それでは、ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
これからもよろしくお願いいたします。
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